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第9話 ミルクフィーバー

この頃になると漠然とだが

探し求めているものがどの方向にありそうか

なんとなくわかってきた


大切な鍵を失くした時

どこで失くしたか見当をつけるのと同じだ



そしてしばしば

思いがけない所でそれは見つかるものなのだ




僕は窓際の席で

机に落書きをしていた


【男として】


うーん

我ながら良いデキだ‥



「男として、なあに?」


「え?」



顔をあげると右京早苗が

ニコニコ笑いながら立っていた


「な、なんだよ」


どうしてここに居るのだ

教室が違うだろ‥

シッシッ!


「今日はどうするん?」


「何が?」


「一緒に帰るん?」


あー、そのことか‥



僕と斉藤広美は

行きはM駅から一緒に登校し

帰りは早く終わった方が相手の教室まで

“お迎え”に行った



このやり方には多少問題があって


僕が迎えに行くと

そばには右京や分倍河原がいて

いつまでもダベっているから

僕はずっと廊下で待たされる羽目になる


その間僕は

斉藤のクラスメイト達の

さらしものになってなきゃなんない



中には僕を見て

笑いながら通り過ぎる奴がいる


だから厭なのだ

他の教室は‥


失礼にもほどがある



斉藤が僕の教室に来る場合

これはこれで

非常に感じが悪い


彼女はあからさまにふて腐れた様子で

廊下に突っ立っている



足をぶらぶらさせたり

突然ぺっちゃんこの鞄を振り回したり


眉間にシワを寄せて

じーっと教室の中を見たり


僕は大慌てで

帰り支度をしなくちゃなんない



僕にだって

社交辞令はあるから

挨拶して帰る連中の1人や2人はいる


高杉はオンナができて

急によそよそしくなった

なんて言われたくない



何か良い方法がないかと困っている矢先だった



「今日も一緒に帰るん?」


「なんで?」


【男として】



「うちらも、広美といたいんじゃけど」


あくまでも笑いながら



やっぱりちょっと

可愛いな‥【男として】


「うーん」困った‥



「週1じゃダメなん?」


「週1いいい〜?」



右京は椅子を引いて勝手に座ると

両肘をついて身を乗り出した


「ねえ、どこまでイッとるん?」


「な、な、なにが?」



「広美、なあんも教えてくれんのじゃわ」


右京は笑みを絶やさない



やっぱりちょっと可愛い‥



「おおーい、何しとんならー!」


パアーン!

鞄を叩きつける音



「うげっゲッ、ゲゲエ〜〜」


誰かが後ろから

僕を羽交い締めに…


ち、力の加減をしろ

馬鹿者!



はっ!もしや‥




やはり甲斐だった



「何しよんじゃ、苦しかろうが!」


「お前らーこそ、何しよんじゃあ〜!おおー?」


声がデカイ

みんなが振り向く



で、

「ああ〜甲斐かあ〜、なあーんだ」

みたいな顔して

続きに戻っていく



チョッキみたいなすんごいちっちゃい短ランに

笑っちゃうような

ぶっかぶかのボンタン


頭はスーパーリーゼント

南国の鳥みたい(笑)



空手2段で

両の拳は空手ダコだらけ

おまけに最近は

ボクシングまで始めたらしい


誰のために

戦うつもりなんだろう‥



根は良い奴らしいが

とにかくうるさい


いっつもふざけてる


成績?

僕より低い ウシシ‥


数学以外は(泣)



彼のリーゼントは

明らかにパーマだが

自分じゃ天然だと言い張ってる


誰も信じちゃいないが

喧嘩が強いので

誰もいちいち突っ込んだりはしない


生徒指導部も了承済みだという

ホンマかいな‥



「ダーリン、何しとん?」

と右京


「アホウ!ここがわしのクラスじゃ!」



誰かがクスクス笑う



「ゴルアー!今ワロたんは誰ならあー!ぶちまわすけん、出て来おーい!」


一同、シーン…



冗談だか本気だか

わからないとこがこれまた凄い


でも僕も忘れてた

甲斐と同じクラスだということを



なぜか甲斐は

授業中はまったく目立たないし

休憩中もはほとんど教室にはいないので

同じ組だという気がしない


とにかく

パフォーマンスが凄い

手ぶり足ぶり、腰振り


だのに

必要に応じて見事に

気配をくらます男だった


それにしても

ダーリンちゅう顔か‥



「うっちょ〜(嘘〜)、ハイ、みんな楽にしてよおーし!」



ガヤガヤガヤ…


呆れた連中が

ぞろぞろと席を立つ


そりゃそうだわな‥



くるりと向き直り

「高杉チャーン、なあにしてるのお〜」


「話しだよ」


「おい高杉!」


「な、なんだよ」



「高杉チャンも隅に置けないでちゅねえ〜」


誰だよ

言い触らしてる奴は‥



「どこまでイッとんじゃ? うん?」


はあ〜

疲れる‥



「駅と学校だよ」


ピクピク…

甲斐のこめかみに血管が浮いた



「まあ ええわい、おい早苗 コレ持ってないんか?」


チョキを作って

開いて閉じて(リフレイン)


ああ、ソレか‥


「あ、ミルク?」と右京


「やめえーちゅうんじゃ、どーせならチチ言え、チチと〜」



「なあ、甲斐なんの用じゃ?」


「お!杉チャン(杉 良太郎か‥)コレは済んだか〜、コレは〜?」


そう言うと

ベロを突き出して

レロレロ〜と



ああ馬鹿らしい‥


「もうやめんさいよ」


右京が甲斐の背中をバシンバシンと叩いた


「ああーわかった、わかったわい」


「アンタと違うんじゃけん、この子は」



なんで“この子”なんだ

息子になった

覚えはない‥



「タカ!(適当な奴め‥)セックスのことなら、わしに任せとけよ!いつでも教えちゃるけんな!」



「ああ、そん時や頼むわ」


死んでも頼むものか‥



「ほんじゃあのー!早苗、行こかー!」



「ウン」



良いオンナだ

ちょっと羨ましい‥



「オース、高杉」


今日は客が多いな‥


園部と久坂浩之が来た



「甲斐は気にすんな」

と久坂


「何しに来たんじゃアレは、 あ、お前がゆうたんじゃな?」



久坂は尾道派閥だ

甲斐も尾道



「あんだけ一緒に歩いとったら、わかるわい」 



園部がでしゃばる


久坂浩之がヘラヘラと

笑いながら


「ええのお 高杉、彼女ができて」



「まだそういうんじゃないよ」


「何ゆうとんじゃ、ええ子じゃなあか」


ヘラヘラ〜


ニコニコではない

ヘラヘラである



久坂は優しい男だ

甲斐も180センチ以上あるが(ヘアスタイルで15センチはズルしてる)

久坂も身長は高い


中学時代はバスケを

していた


そのせいで(とは彼の弁)短足になった



素敵なスタイルになるためには

何部に入れば良いんだろう


たぶんバレーボール部だ

あそこは女子にモテる

少女マンガに出てくる様な足の長い奴が多い



あとは帰宅部だな

僕みたいに‥



「高杉、知っとるか、サタデー・ナイト・フィーバーちゅう映画?」


「知ってるよ、スクリーンに出とった」



「オモロイらしーで」


久坂も園部と同じ

大阪から引っ越して来た

小6の時だ



大阪と広島は

どこかでリンクしてるのかも‥


「ディスコゆうんじゃの」


「らしいな」


「どういう意味じゃ」



「わからん、豆タンには載っとらんかった」


「ダンスする場所のことじゃろ」


「それはそうじゃ、そういう話しじゃが」



「相変わらずアホじゃのー」


西郷だ

なんだ?今日は‥

バーゲンセールか?



「ディスコゆうんは、フランス語じゃ」


「ダーバンと同じか」

と久坂



どこが同じなんだよ‥



久坂の成績?

僕とどっこいどっこい

(爆)


毎回補習のクラスメイトだ


ところがこの男

なかなかのハンサムである


ポール・マッカートニーに

似ている

いやマジで



ふわふわのパーマを

かけて

服装検査の時だけ耳を出す


制服もお洒落

私服はVAN


ロッキーが流行った年

普段着をグレーの

フード着きトレーナーだけで通した


思い込みが激しい点では

僕と同じだ



H町にしては山の手の

建て売りに住んでいた


去年つまり高2の時

親父さんが脱サラして一家は尾道に転出

お好み焼き屋を始めた


それ以来必然的に

久坂は尾道派となった



見た目は俄然良イイ男なのだが

さっぱりモテない


モテた試しがない



なぜモテないのか


ナンパ丸出しだからだ

今風に言うと“チャラい”

本人にそのつもりは

まったくない



だから余計モテない



「フィーバーゆうたら、風邪ひいた時の“熱”いう意味じゃろ」

と園部



「風邪は、キャッチ クールじゃろ」

と久坂


「コールドじゃ、コールド」

西郷



「どっちみち寒いの」

と僕



「過去完了じゃったかの?ほなら、風邪移す時はキャッチ変えて、ギブかテイクを使うんか?」



何を言ってるのか

さっぱりワカラナイ


「風邪をギブアンドテイクしてどうするんじゃ」

園部が笑う



話しを変えてやろう‥


「ギブゆうたらアンディ・ギブな、サタデー・ナイト・フィーバーはビージーズが曲作って歌っとるらしいぞ」

と僕


実は大好きなのだ

この手の話し(笑)



僕たち

僕、久坂、園部、西郷は

虚空を見つめ


そのディスコ音楽とやらを

想像してみた




小さな恋のメロディと

サタデー・ナイト・フィーバーは

どうしても

結び付かなかった




「おう!またの!」

甲斐が戻って来た


煙草くさい‥


「よう!デキの悪い諸君!最下位決定戦か?」



やかましい!

じゃ自分も入れ‥


西郷と園部が出て行く


「ふん」と甲斐



「右京は可愛いね」と僕


「まあ〜のお〜」



「笑顔がいい」


「うちがスナックやっとるけんな、仕事手伝うとるんじゃわ」



「そうか」


「お前とこと同じ片親じゃ」


片親か‥


あんまり良い響きじゃないな‥



「きったない机じゃのー、落書きすなよー、高杉い」


「ははは」



「【男として】か、ええ言葉じゃの」


「ああこれ?」



「あとは汚いけん、消せ」


「気が向いたらの」



「今度ジェイミーの映画見に行かんか?」


「ジェイミー?」はて‥



「理由なき反抗じゃ」


「ああジェームズ・ディーンか、やってんの?」



「サバイバルじゃ、秋頃来る」


「リバイバルだよ、まだまだ先じゃないか」




いきなり久坂の横腹を

殴る


「ウグッ…イッタあのお〜」


「久坂!よう覚えとけよ」



めちゃくちゃな奴だ‥


「久坂くん、パーマかかっとるよ」


「甲斐もじゃろうが」



「ボクはいいんだよ、大学には行かないから」


「関係あるんか?」

と久坂



聞くな聞くな‥



「あるに決まっとろうが、じゃけんお前らトロいんじゃわ、はあ〜あ」


久坂がまた何か言いかけた時

始業のチャイムが鳴った

いつ聞いてもシラケる音だ



「ほんじゃあの」

「おう!早うオンナ作れよ!」



「高杉、今日一緒帰ろうや」

と久坂



「なんで?」


「たまにゃあ、えかろうが」


「わからん、斉藤おるし」

「付き合い悪いのお」


それは久坂の方だ



彼とは中学3年間を同じクラスで過ごした


高校に来て

1年の時は一緒

2年で組が変わり

パタリと付き合いがなくなった


尾道に行ってからすぐ服装や髪型が変わって

付き合う連中も一変した



久坂はホントに良い奴で

心優しいというか

あまりに人が良いので

側で見ているとじれったくてしょうがない時がある


でも僕らは

間違いなく親友であった


なんでも包み隠さず

話し合えるという意味で



それに彼の

模倣グセには参った


僕の言うことなすこと

何の疑いも持たずすぐに真似をする


自分流に取り入れるというのなら

話しも解るが

そうではない



そうだな

たとえば本だ


僕が“限りなく透明に近いブルー”を読むと

彼は“スローなブギにしてくれ”を買った



僕が“クリスティー”を読むと


彼は“赤川次郎”を買った



僕が“ファニーヒルの娘”を読むと

“How to sex”を見せびらかし


僕が“エーゲ海に捧ぐ”を読むと


“ジュディ・オング”を買ってきた



この微妙な認識のズレに

僕はいちいち

イラッとした 



周りが眼鏡をかけてると

ついに伊達メガネをしてきたのには驚いた


「君、目悪かったっけ?」


「おお、少しの」

と言うので

かけてみると

視界はほとんど変わらない


「全然変わらんじゃないか」


「変わるわい」

と、ふくれる


一週間もすると

元の裸眼に戻った



僕はそんな久坂の態度を

優柔不断だと指摘


“優柔不断”

という言葉は仲間内で

しばらくブームになった



高1の頃

僕は親父が作ってくれた弁当を広げて食べるのが嫌でこそこそ食べていると


久坂がやって来て

一緒に食べるようになった


何ヶ月かして

「なんで隠すんじゃ」

と聞くので中身が地味で

恥ずかしいのだと前置きして

中を開いて見せた



「変じゃないわい、美味そうじゃ、取り替えよう」



それからおかずを

分け合って食べるようになった



途中から食堂を利用するようになり

親父は弁当を用意する手間から解放されたが


僕は久坂が

ちっとも変な弁当じゃないと言って

一緒に食ってくれたことがとても嬉しかった



僕は久坂の

なんとも言えない

自然な優しさが好きだった


ヒゲもないのに

アフターシェーブローションを使う奴だった




オカンに頼んで

高杉の分の弁当も作らせるという申し出があったが

さすがに断った


久坂も

久坂のお母さんも

優しい人だった



もう何年も久坂のお母さんには会ってない




久坂と入れ違いに前から

古典の鬼塚が入って来た


「キリーツ!」

「礼!」


「着席!」



軍隊か‥


こいつは生徒指導部のNo.2だ



「おーし、今日は授業を始める前にー、悲しいお知らせがある」


始まった‥


「この3年の最も大事な時期にー(書類をトントン…)またしてもー(トントン…)校則違反者が出たー

もといー 喫煙じゃからー犯罪じゃのー(トントン、バサッ!)

まあ本人もー 重々反省しとるようじゃしー その辺は先生方とよう相談してー処分が決定されるじゃろう」



ざわざわ…


「何組の誰それとかー そういうー 詮索はせんことー(ツカツカ…)

恥ずかしいことじゃのお

もうお前らは、あとがないんぞー

この夏から勉強しようゆーんはー もう遅いぞー

そういう奴はのおー

他の奴の足を引っ張るな」


大丈夫か、こいつ‥



「ええかー やる気ない奴は好きにせえー

わしらは関係ない お前らの人生じゃー」




バカバカしい‥



僕は窓の外を見た


知らないうちに

春が過ぎようとしていた

木々は青々と繁り

鳥たちは恋に夢中だ


【男として】


煙草かあ‥


旨いのだろうか‥



甲斐の方を見る


教科書を立てて

机にへばり付いていた


カリフラワーみたいな

リーゼントだけ出ている


甲斐じゃないな‥



「…チャラした恰好してー」


まだやってやがる‥



煙草かあ‥


ぷかぷか白い雲




広美‥ふふふ‥


どうしよう

帰り?



久坂は変わったの‥


なんの話しじゃろ‥




ミルクねえ〜


【ミ、 ル、 ク】と書く



なんでミルクなんだ?


フィーバーかあ‥

フィーバーねえ‥



フランス語で

どういう意味なんだろ


西郷はいっつも

最後まで言わん



西郷は、サイゴーまで‥


ププ‥



「男として、なんじゃ?高杉いー?」


ガタタターン!!



ゲラゲラゲラ〜


「ハイ」(起立)



「何を書いとるんじゃ、お前はあー」


「あ、あの」



「こんな落書きばあしてからにー、いつの間に書いたんじゃ 馬鹿者」



「あの…つれづれなるままに…」



「バカタレえー!」



ドッと湧く




僕の勝ちだ




結局、久坂と

帰ることになった


10メートルほど先に

斉藤と右京、分倍河原が

歩いてる



「久しぶりじゃの」と久坂


「うん」



「志望校決まったか」

「まあ、なんとなく」


「関西か?」

「関東」



「よおう〜」甲斐が来た

なぜかチャリンコだ


「高杉い、お前アホじゃのー! けどオモロかったわい!」



「サンキュー」

「お前と一緒じゃと、卒業までオモロそーじゃ!」



「甲斐、卒業できんの?」

「まかしとけえー!ほいじゃあのー!」



親指をニュッと突き出す


「久坂あ!留年せんようにせえよお!」



そして立ち漕ぎで

あっという間に行ってしまった



途中で分倍河原に

殴られていた…



「元気じゃのお」と僕


「補導の話し聞いたか?」

「うん」



「甲斐のダチゆうとったわ、チクった奴がおるらしいわ」

「誰?」


「わからんけん、探す気じゃわ」



「ふうーん、ンデどうすんの」

「さあの…」


「君も探すのか」

「イヤじゃな、頼まれたけど」


「やめといた方がええ」

「せんわ」




「おう〜 バイよ〜 今日は斉藤と帰らんのか〜」



シャー!とチャリンコが

何台か、通り過ぎた



「高杉」

「うん」


「煙草吸うとるんか」

「いーや、なんで」


「斉藤は?」

「吸うよ」


「吸うてみようか」

「は?」


「吸いとうないか」

「べつに」


「みんな吸うとるぞ」

「だから吸うの?」


「いけんか?」

「いけんことはない」


「どうしようかの」

「無理に吸う必要ないでしょ」



「まあの」

「店はうまく行ってんの?」


「わからんわ」

「手伝ったりしないのか」


「やらんでええ言われる」

「ふうーん」


「1回も来たことないの」

「遠いしな」


「オカンが高杉のこと、たまに聞くわ」

「なんて?」


「なんで呼ばんの、ゆうて」

「好きなんかな」


「お前のことは好きやぞ」

「へえー」


「あの子はええ子や、アンタも見習いてよう言われた」

「ふうーん」


「しっかりしてるて」

「片親だから?」


「片親でもダメな奴はダメじゃろ」

「どうダメなんだ」


「ひねくれとるじゃろ」

「そういう風に見る奴がおるからじゃないか?」


「かもの」

「いくつくらい受ける?」


「大学か」

「うん」


「8つか 9つ」

「そんなにか!」


「滑り止めじゃ」

「金あっていいな」


「ないよ」 



「あるだろ」

「ないって」


「なあ」

「おお?」


「女とはどう付き合うたらいい?」

「今の感じでええのちゃうか」


「君に聞いても仕方ないか」

「うまいことやったの」


「何を」

「羨ましいわい」


「君じゃったらホンマはもっとモテるはずだよ」


「なんでかのう」

「ウジウジしてるからだよ」


「しとらんわい」

「そうか」


「自分で付き合うてくれ、ゆうたんか」

「うーん、ま、まあの」


「よう言えたのお」

「す、好きな奴おらんのか」


「ようけおる」

「そういうのがダメなんじゃないか」


「ほうかものうー」



駅が見えてきた


自転車置き場に

尾道の連中がたむろってる


「待ってるぞ」

「おお、斉藤らもおる」


「うん」

「そのうち来いや」


「そのうちな」

「キスしたら教ええよ?」


「馬鹿言え」

「せんのか?」


「うるさい」

「ええの〜」


「ほんじゃあの」

「おう バイよ」



おどけながら

尾道の輪の中に入ってく久坂を見送った



右京と分倍河原も

斉藤から離れたようだ



「誰?」と広美

「久坂、前の親友」


「今は?」


「今は君がいるから」




キマッタ!



広美がガクッと肩を落とした


「好きじゃね、そういうん」


ははは‥


「ね、アタシ思うんじゃけど、もっと自然にならん?」


「えーと“君がいるから”じゃなくて“君しかいないから”トカ?」


「そうじゃのうて、学校の行き帰り」

「はあ?」


「なんて言うの、もっと自然に一緒になったら?」


「とゆーと?」



人差し指を突き出して

「毎日2人じゃのうてもええんじゃない?」



「つまんない?」


「いや、そうじゃなくて、なんて言うの…ホラあー、悲しそうな顔しないでよ」


ペタ。


僕の頭をさわる


「すぐ顔に出るんじゃけん」


「大丈夫、君に任せるよ」


「ありがと、あと“君”トカやめない?」


「じゃナンテ?」



「“オマエ”は早いわね、“ヒロミ”とか?」


「それはなんか言えない」



「“斉藤さん”」

「ええーっ!」



「うーん」

「う〜ん」



「じゃあさ“オタク”もやめようよ」


「じゃあ何? “孝一”“孝チャン”?」



「いやあー、アハハハ〜」


「うーん」

「う〜〜ん」



「とにかくもっと自然によおー」


「なんとなくわかるよ」



「ウフフ…」

「何?」


「オタク、良い旦那さんになるわよ」


え!

それはどういう‥


「あ、深い意味はないから!深い意味は、アハハ…」


「わかってるよ、アハハ…」




僕は浮かれていた

そして何も見ていなかった


見えていなかった

と言うべきか


うちに帰ると

初期のビートルズばかり聴いていた



ねえ聞いて

プリーズ・プリーズ・ミー

ボクをどうか

ラヴ・ミー・ドゥ


恋する二人は

キャント・バイ・ミー・ラヴ

涙の乗車券で

イエスタディなんて

ああー神様ヘルプ!


夢の人よ

アンド・アイ・ラヴ・ハー


ヤア!ヤア!ヤア!

そうさ!

イッツ・オンリー・ラヴなのさ〜


ん〜

P.S.アイ・ラヴ・ユー



てな具合だった




僕の中で“広美”と

“ミルク”が

ひとつになっていった



まだキスはおろか

手も握ってなんかない


それでも全然平気だった

僕は十分満たされていた


不思議な充実感だった


あとからあとから

溢れ出して来るような

それまでに

味わったことのない感覚だった



僕は広美という

流行り病にかかったのだ



僕は“熱”を出してたのに

まったく気がつかなった



その“熱”は



決して冷めることがなかった

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