第68話 約束の女の子
刹那、凪のお守りが発光し、サクラの胸元から『神紋』が浮かび上がる。かつて反転し、元の形を失っていた縁切りの印。
それはひとりでに動き出し、再反転して、なんと元の『神紋』へと回帰していく。
さらにイコナやククリの朱印と同じように、凪の中へと吸収されていった。
凪とサクラが身を離したところで、今度はサクラ自身がキラキラと光り輝いていき、その輝きは神社全体へと広がっていく。光を浴びた社はみるみるうちに綺麗な形へと復元されていき、枯れ果てていた桜の木たちが満開となって美しく咲き誇る。
だが凪は、それよりもはるかに驚くモノを見た。
「……っ!? サ、サクラ……その姿は……!」
目の前にいる、彼女。
「え? ……あーっ! 元に戻ってる!?」
凪に指摘されて、サクラ自身もようやく気づいた。
美しい髪はさらに長く艶やかに、身長や手足も一般的な女子高校生ほどに伸びている。童顔こそあまり変わらないものの、美麗な『神御衣』に包まれた身体はより起伏ある女性らしいものと成って、見事なまでに成長している。
サクラは、本来の姿に戻っていた。
その姿から、凪は目が離せない。
「……そうか。そう、だったんだ」
あの日。
あの夏祭りの夜に出逢った、凪が心から再会を望む女の子。
『約束』を交わした、思い出の少女。
その人が――今、目の前にいた。
「……サクラが……サクラが約束の子だったのか……!」
凪の言葉に、サクラも大きく目を見開く。
「あ……あ! ああ~~~っ! そっか! ナギはあの夏祭りのときの男の子だったんだねっ! だからサクラがあげたお守りをずっと持っててくれたんだっ!」
「サクラ……わかるのかっ?」
「うん! たぶん元の姿に戻れたから、神滅しちゃったときの記憶も戻ったみたい!」
「それじゃあ……あのときの、あのときの『約束』も、覚えてるのか?」
凪が尋ねる。
サクラは――満面の笑みで答えた。
「うん! いつも一緒にいるよ!」
凪の脳裏で、あのときの記憶と今とが重なり合う。
凪は、潤む視界の中でサクラを思いきり抱きしめた。
「良かった……本当に良かったっ! 俺、ずっと君に会いたかったんだ!」
「わぁっ! ナ、ナギ? わぁ~!」
凪はずいぶん大きくなったサクラを抱きしめたまま、思わずその場でくるくると回転。サクラは尻もちをついて倒れてしまい、凪が慌てて手を差し出す。
「あっ! ご、ごめんサクラ! つい嬉しくって!」
「だ、だいじょうぶだよ。えへへ……あのときとは逆だね」
六年前。サクラはひとりぼっちでいた凪に手を差しのばしてくれた。
六年後。凪はひとりぼっちでいたサクラに手を差しのばしている。
凪とサクラは共に笑い出した。
ずっと二人を見守っていた月音たちが、ようやくそこで声をかける。
「え、え? ええ~~~っ? そ、そそそれじゃあこのとっても綺麗な女の人が、サクラ様が、凪ちゃんが会いたかった人なの~!」
ショックのあまり固まる月音。
一方で、イコナとククリはそれぞれ納得したようにうなずいていた。
「二人はサクラの本当の姿を知らなかったものね。ただ、なんだか小さいサクラを見慣れていたから今度は逆に違和感あるわ。小さい方が中身とよく合っていたもの」
「ええ~ひどいよイコナ~! サクラ、こっちがほんとの姿なんだよー!」
「うふふ……とっても驚いちゃったけど、よかったね、サクちゃん。それに……小さかったサクちゃんも……とっても、可愛かったので……♪」
「えへへへ、ククリはありがとー!」
「あっ。そういやイコナ、サクラと再会したときからおかしかったって言ってたけど……それってこういう意味だったのか!」
うなずいて肯定するイコナ。彼女は続けて話す。
「これでようやくわかったわ。二人がかつて縁を結んでいたからこそ、サクラのお守りがナギくんをここへ導いたのね。それに、ナギくんがこの神社で神滅したサクラを見つけることが出来たのも偶然じゃない。全部、必然だったんだわ」
「うん……サクちゃんが神滅して、それでも帰ってこられたのは……きっと、ナギさんが縁をあったかく保ち続けてくれていたから、なので……。その約束が、二人を……」
続くククリの言葉。それは運命めいた再会だった。
そこで凪が突然どっと笑い出し、サクラが目を点にする。
「ほえっ? ど、どうしたのナギ?」
「いや、なんかおかしくって。だって俺は、この六年間ずっと君に会いたくて御朱印巡りをしてきたけど、もう君とはとっくに再会してたなんてさ」
「あ……そういえばそうだね!」
「だろ? 当の本人と一緒に旅してたなんて笑い話だよ。はははっ!」
「そっかぁ。サクラも、ナギが会いたい人に会えるようにお手伝いするぞって思ってたのに、それはサクラだったんだぁ……あはは! なにそれ!」
二人してまた笑い出し、それを見て月音たちも表情を緩めていった。
凪は心を落ち着けると、少し真剣な面持ちでサクラと向かい合った。




