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かみさまのしるし~めくるめく御朱印巡り旅~  作者: 灯色ひろ
✿ 第八印 約束 ✿

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第66話 忘れない


 わからない。

 スッポリと穴が空いたように、大事な記憶が抜け落ちている。


 胸を強く掴む。とてつもない焦燥感に駆られた。


「……違う、おかしい! 忘れない……忘れるはずないんだ……っ!」


 凪にとって御朱印巡りは大切なものだ。大事な目的のために行ってきたはずだ。

 なのに、その〝大事な目的〟が何かわからない。

 だからおかしい。それを自分が忘れるはずなどない。それだけ大切な記憶だったということだけを覚えている。胸が締め付けられるほどの切なさがそれを訴えている。


「大切なことなんだ……忘れちゃいけないことなんだ! なのに……なんで思い出せないんだ! そうだろ!? こんなことありえないんだ! 絶対……!」


 いくら自分に問いかけても、答えは出てこない。

 徐々に視界が狭くなり、凪はすべてを失ってしまったような暗闇の中で震えていた。


『――凪にいちゃん』


 声がした。


 今でも耳に残っている、懐かしい声。

 うずくまる凪がまぶたを開くと、目の前でしゃがむ誰かの膝下だけが見えた。膝小僧に擦り傷があり、ピンク色の鼻緒が目立つ子ども用の下駄を履いている。


 その子どもは、お守りを拾って凪の方へと差し出す。


『へーきだよ。〝縁〟は、とぎれないんだから!』


 凪がお守りを受け取ると、子どもの足は凪の視界からふっと消えた。


「――っ!」


 顔を上げる凪。

 そこには誰の姿もなく、暗い山道だけが続いている。


「凪ちゃん……今、汐ちゃんの、声が……」

「……月姉。……うん、そう、だよな……」

「今の子……ひょっとして、ナギくんの……」

「ナギさんの……妹、さん……?」


 どうやらイコナとククリにも何かが見えていたようだった。

 幻では、ない。


 すると――凪が握りしめるお守りが突然淡く光り始めた。


 お守りの光は糸のように伸び、何もない目の前の暗闇に続いている。

 凪の脳裏で記憶が刺激され、霞が晴れていくように呼び覚まされていった。

 過去にも同じようなことがあった。

 この場所で。

 あの小さな崖から落ちて。

 糸に引き寄せられたその先で、出逢った。


『彼女』に。


「……そうだ、思い出した……!」


 凪は見た。

 お守りの糸と同様に、自分の胸――そして月音たちの胸からも同じ光の糸が出現し、それは一つになってお守りが示す場所と同じところへ伸びている。


 もう、凪の身体の不調は消えていた。

 頭はこれ以上ないほど晴れ、心は前を向いている。そっと誰かに背中を押された。


「……ありがとう、汐!」


 立ち上がり、凪は走った。



「今行くよ――『サクラ』!!」



 凪が一番に思い出したもの。それは思い出の少女ではなく――サクラの笑顔だった。


 そして凪が〝そこ〟に一歩踏み込んだ瞬間、世界が変貌した。


 朽ちた神社と、境内。灰色の鳥居。枯れた桜の木々。

 冷たい世界が、ぽつんと取り残されている。

 社の前に、ひとりぼっちで膝を抱え、泣いている女の子がいた。

 嗚咽を堪えずに泣き続け、物悲しい声だけが響いている。その少女の元へ、凪たちの糸は続いていた。


「――え?」


 少女が顔を上げてこちらを見た。

 涙に濡れた瞳が大きく開かれ、驚愕に揺れる。


 すぐに彼女の元へ辿り着き、その小さな身体を抱きしめる凪。


「よかった……サクラっ!」

「な、ぎ……? え? ど、どうして……」


 サクラは何が起こっているのかわからないようで、まばたきも忘れて呆然とする。


 そこへ月音、イコナ、ククリも駆け寄った。


「サクラ、様……そう、そうだよ。サクラ様! 私も思い出した!」

「あたしも、やっと頭がスッキリしたわ。はぁ。よくもやってくれたわね、サクラ」

「サク、ちゃん……サクちゃん! よ、よかったよぅ……おもい、だせた……!」

「ツキネ……イコナ……ククリ……」


 サクラは未だに目の前の現実に動揺し、頭がよく回っていないようだった。


 凪はそっとサクラから身を離す。

 次第にサクラの泳いでいた目が焦点を取り戻す。


「……ナギ。どう、して? どうして、ナギが……だ、だって……そう、そうだよ! サクラ、ナギたちと結んでた縁を切ったもん! だからもうナギはサクラのことわからないはずだよ! 見えないはずだよ! だって縁を切ったもん!」

「いや、切れてない。ここにある。見えるだろ?」

「違うもん! 縁を切れば記憶はなくなっちゃう! ナギは、もうサクラのことなんてわからないよ! ツキネも、イコナも、ククリも! サクラがそばにいちゃダメなの! ナギが思い出の子と会うためには、サクラはいらないの! だからもうサクラは――」

「忘れてなんかない」


 凪の断言に、サクラの声が止まった。

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