第64話 だから、さようなら
「……話はわかったよ。けどさ、サクラはサクラだろ」
「……え?」
「サクラ自身は何も変わらないはずだ。縁切りの神様になったって、俺のために頑張ってくれたじゃないか。イコナの神社でも、ククリの神社でもさ。それがサクラだろ?」
凪の言葉に、月音たちも続く。
「そうですよサクラ様っ。縁切りの神様になったのだって、サクラ様が参拝者のお願いを叶えようとした結果じゃないですか。何も悪いことなんてしてません」
「ナギくんたちの言うとおりね。そもそもサクラは純粋すぎるのよ。あなた、まだそこまで背負いきれるほど立派な神じゃないでしょう」
「サクちゃんは……やっぱり、すごいよ。だって、そんなことがあったのに……わたしのこと、あんなに、必死になってくれて……。今なら、わかるの。サクちゃんは、きっと、わたしが同じように『神滅』しないように……うぅ……っ」
ククリは零れる涙を拭い続け、イコナがそんなククリの背中に触れた。
常に誰かのために必死になれるサクラの優しさには、縁結びも縁切りも関係がない。そのことを凪たちは理解していた。
サクラが、小さく微笑む。
「あのね、サクラ……わかったの。ナギとツキネが、とっても強い縁で結ばれていて。サクタローとハツネも同じで。サヤちゃんとイロハちゃんの縁もキラキラしてて。そんなみんなを見てると、サクラも幸せになれたの。でもね、いいなぁって……うらやましく思うようになって。胸が苦しくなって。きっと、それが〝嫉妬〟なんだよね?」
「サクラ……」
「ナギならきっと、がんばって御朱印を集めて、思い出の人に会えるよ! でも……そうしたらサクラはいらなくなっちゃう。わかっちゃったの。誰かの縁切りを願ってまで、その人と仲良くなりたいって思う切ない気持ち。だからサクラ、こうなっちゃった」
「……そういうことだったのか」
「ナギ……ごめんね。ごめんなさい。ツキネも、ごめんね、ごめんね……」
目の前で泣き崩れるサクラを見て、凪にはわかったことがあった。
何も変わらない。
たとえ神様であろうと、サクラもまた普通の女の子と何も変わらない。
誰かとの『縁』を求めて、一緒にいたいと願う。そこに、人も神も違いはない。だから、サクラのこの神社にも『神人和楽』の神額が飾られていた。
サクラの苦しみを想像して胸が苦しくなる凪は、同時に、どこか嬉しくもあった。
「……ありがとうサクラ。よかったよ、話してくれて。俺、少し嬉しいんだ」
その言葉には、全員が「え?」と反応した。
「サクラは今まで自分のことを話そうとしてくれなかっただろ? いつも笑顔で俺のために頑張ってくれたけど、それがちょっと寂しかった。だけど、今はサクラの苦しみを少しでも共有することが出来たから、それが嬉しいんだ。みんなもきっと、同じだよ」
凪がみんなの方を見る。
月音は優しく、イコナは呆れたように、ククリは泣きながら、それぞれに微笑んだ。
凪はサクラと向き合って話す。
「俺は、サクラに出逢えて良かったと思ってる。じゃなきゃ……きっと俺はまだ月姉と、朔太郎さんや初音さんと〝本当の家族〟になれてなかった。イコナとククリにも出会えなかったろうし、沙夜ちゃんや色葉ちゃんと友達になることもなかったはずだ。それにさ、もしあそこでイコナたちが止めてくれなかったとしても、サクラはきっと踏みとどまったよ。サクラは人の縁を勝手に切れるようなやつじゃない。俺は、そう信じてる」
「ナギ……」
「サクラ、一緒に帰ろう。それでまた、一緒に御朱印巡りを続けよう」
手を差し出す凪。
するとサクラは凪の手をじっと見つめて――満面の笑みを浮かべた。
「……ありがとう、ナギ! サクラ、やっぱりナギのこと大好きみたい!」
その弾けるような笑顔に、全員が顔を綻ばせる。
「ナギだけじゃないよ。ツキネも、イコナも、ククリも、大好き。大好き! サクラの大切な友達! でも……サクラはサクラがきらい。自分が許せないの」
空気が変わる。サクラの纏う神通力が大きくざわめいた。
「ナギとツキネの縁を切ろうと嫉妬したサクラがきらい。みんなを幸せにできないサクラが許せない。縁を切るだけのサクラには価値がないの。必要としてもらえないの。こんなサクラじゃ、ナギたちのそばにはいられない。だから、さようなら」
チョキの形をしたサクラの左手が、ぼわっと光る。
サクラの中から、四本の縁が伸びている。どれも、美しく清らかな縁だ。
凪の背筋に冷や汗が流れる。
サクラの意図に気付いて手を伸ばしたときには――もう、遅かった。
「ナギ。約束……叶うといいね!」
「サクラッ!! 待っ――――――――」




