第63話 サクラの記憶
それから、小さく口を開いた。
「……ごめんなさい。ナギ。ツキネ。イコナも、ククリも……。もう……知られちゃったから、ちゃんと話すね。サクラ……少しだけ、思い出したんだ」
「思い出した……?」
「うん。サヤちゃんとイロハちゃん、ナギとツキネを見ていたら、思い出したの」
そのとき凪の頭によぎったのは、ククリの神社から宿に戻るとき、一瞬だけサクラの様子がおかしくなったときのこと。
サクラは、無残な姿に変わった自らの神社を切なそうに眺め、話した。
「サクラね、ずっとここで縁結びの神様をやってたの。毎日たくさんの人が来てくれて……みんなが次々に素敵な縁で結ばれていくのを見るのが、好きだったよ。みんなの笑顔が見られて、サクラも毎日笑顔でいられたの。でも……それも終わっちゃった」
「……終わった?」
サクラは辛そうに逡巡し、それでも話してくれた。
「八年くらい前からかな。『縁結びをしたのに叶わなかった』って、報告をする人が増えてきたの。それでね、その人たちは願ったの。自分が縁を結べなかった相手が、誰かと結んだその縁を、切ってくれって」
「えっ」と驚愕する凪。月音は悲しげに口元を押さえていた。イコナは腕を組み、ククリは目を伏せている。
「サクラね、その人たちのことも元気にしたかった。みんなに幸せになってほしかった。そう思ったらね、サクラの朱印が変わって、縁切りの力になったの。サクラは、それでもよかったんだ。この力でみんなの役に立てたらいいなって。だけど……」
サクラの胸元に反転した『神紋』が浮かび上がる。そして彼女が小さく拍手を打つと、淡い光が境内全体へと広がっていき、やがてそれは映像となって再生される。
「これ……前に、ククリのところで見たのと似てる……」
サクラがうなずく。
そこで凪たちが見たのは、サクラの神紋が持つ、古き記憶。
縁結びの神社だった頃、ここには多くの笑顔が溢れていた。縁切りの神社へ変わってからも、参拝者は訪れた。縁切りの神社として新たなスタートを切ろうとしていた。
しかし――縁切りの願いには、縁結びよりもずっと強い意志が込められていた。
その強い意志は、縁切りだけではない〝負〟の感情を持つ人々を集めてしまう。やがて〝呪い〟の場所として使われたり、動画投稿者が遊び半分に聖域を乱したり、社そのものを汚す問題行為まで増えてきてしまった。それらがSNSで取り上げられることで、人々はこの社を恐れ、離れていった。神社を護ろうとする人々もいたが、年配だった神主が心労により倒れたことが終焉の合図となった――。
「これが……サクラの神社の記憶、です」
サクラが弱々しく微笑む。
過去の記憶を見終わった凪は、大きなショックを受けていた。
自分が今までに巡ってきた神社には、前向きな明るい願いを持つ人ばかりがいるものだと思っていた。しかし、そうではなかった。人の願いは千差万別。善も悪も、すべて人の抱える感情。そこに優劣はなく、神は、そのすべてを目の当たりにしてきたのだ。
イコナが肘を抱えながら長い息を吐く。
「〝神は人の敬により威を増し、人は神の徳によりて運を添ふ〟。古くから云われているように、神と人との繋がりは密接なものよ。だからこそ、人々の想いが神の力さえ変化させる。想いが途絶えれば、信仰の力は失われる。それが、自然の理なのよ」
「サクちゃんは……それで、〝神滅〟を……。だから、此所も……この世界から……」
――祭神と神社は繋がっている。
祭神が力を失えば、神社もこの世界から消える。凪は、この場所で初めて会ったときにサクラが言ったことを思いだしていた。
そして、凪の目が大きく開かれる。
「……そうか。たぶん、俺はずっと前にもここに来たことがある……。いや、俺だけじゃない。月姉も、この町のみんなも、サクラの神社のことを知ってたはずなんだ! あの『縁結びルート』にだって本当は載っていた! けど、サクラが神滅したから……!」
「うん……私もそう思う。何も覚えてはいないけど、ここ、すごく懐かしい感じがするの。お隣の山にある神社なんだよ。私たちが知らないはずないよっ」
凪と月音の言葉に、サクラは笑みを浮かべて言った。
「そうかもしれないね。サクラは、もう、そのときのことはよく覚えてないけど。ちゃんと、夏祭りなんかもしてたんだよ。もし二人が来てくれてたなら、うれしいなぁ」
微笑むサクラの瞳に、涙がにじむ。
凪は――すべてを受け入れた上で足を踏み出した。




