第62話 矛盾
凪と月音があのボロボロの廃社へと辿り着いたとき、そこでは既にイコナとククリが待ってくれていた。
サクラは、今にも崩れおちそうな社の前で座り込み、こちらに背を向けている。
凪は静かに歩み寄り、口を開いた。
「……サクラ。どうして、俺と月姉の縁を切ろうとしたんだ?」
サクラの背中はわずかに動いたが、何も答えてはくれない。
凪は、サクラが自分と月音の縁を切ろうとしたことを察していた。なぜなら、それこそが以前からイコナたちと話し合っていたことであったからだ。
イコナが横目でサクラの方を見つめ、ため息をついてから腰に手を当てた。
「サクラ。あなたがいずれこういう行動に出るかもしれないってことは、なんとなく予想がついた。だってあなた、ナギくんに強く執着してるでしょう」
その言葉に、サクラがようやく振り返る。
「誰でもわかるわよ。あなたは神でありながらナギくんに特別な想いを寄せている。だから、ナギくんとより親しくなっていくツキネさんへ嫉妬し、あんなことをしようとした。違う?」
「……? サクラが? ナギに……? ……ツキネに、しっと……?」
「ま、自分じゃ気付いてないとは思ったけどね。ククリだってわかったでしょ」
「うん……。甘くて、切ない、縁の匂いが……したから……」
照れたようにうなずくククリ。
サクラは自分では何も気付いていないようで、困惑したように目を伏せる。凪もその理由に驚いていたが、月音はわかっていたように静かな表情で聞いていた。
「動機はわかったけど、それよりも重要なのはこっちの件。サクラ、あなた『神性変質』したのね? あなたが本来持つ縁結びの力が反転し、表裏一体の縁切りに変わった。隠していたのはそのことで、神滅したのもそれが原因なんでしょう」
「『神性変質』は……神たちの持つ性質が、何かをきっかけに大きく変化すること……。学校でも、習ったよね、サクちゃん……」
イコナの言葉を補足するククリ。
サクラがその状態に陥っているだろうことは、凪もイコナたちの話を聞いて事前にわかっていた。そして、おそらくそれは当たっている。
「サクラ……それじゃあやっぱり、イコナが前に言ってたことは当たってたのか」
「みたいね。サクラが力を失っていたのは間違いないと思うけど、凪くんに『神朱印』をあげられるくらいはとっくに回復してるはずよ。さっき神通力を使ったのがその証拠」
「それでも……サクちゃんが、わたしなんかを頼ったのは……きっと、自分が縁切りの神様になったことを、ナギさんに知られたくなかったから……だよね?」
イコナとククリの発言に、サクラは何も答えない。その沈黙こそが、答え。
黙っているサクラにイコナは続けて話をする。
「一応、どうしてわかったのかきっかけをサクラにも教えといてあげる。サクラ、あなたがうちの神社で修行したときよ。あなたは、修行を抜け出して参拝客の願いを叶えようとした。そのとき、こっそり隠していた神通力を使ったわね」
「え……? ど、どうして……!」
ようやく反応を見せるサクラ。イコナはわずかに微笑んで続ける。
「あの参拝客の女性が後々お礼参りに来たからよ。『無事にストーカーと縁を切って、恋人と結婚出来ました。ありがとうございます』――ってね」
「あ……」
「これは縁結びでありながら、同時に縁切りを内包した願い。あたしに縁切りの力はないし、すぐに予想がついたわ。サクラ、あなたのおかげであの人は喜んでいたわよ。本当なら、もっと早く伝えたかったんだけどね」
そこまで言われてようやく理解したらしいサクラは、ふっと口元を緩める。こんなときでも、サクラは参拝客の心配をしていた。
そして、凪が以前にイコナから受けた相談というのはこのことであった。
「他にもあるわよ。ククリ」
「……うん」
イコナに促されて、今度はククリが小さな声で話し始めた。
「わたしの神社で……サクちゃんたちが、がんばってくれたときに……。わたしは、なにも、できなかったの……。それは、ね? イロハちゃんが……他の、強い縁に引っ張られて、街を離れることになっていたから……。わたしの力じゃ……縁結びの力だけじゃ、何もしてあげられないと、思ってて……」
ククリは両手を組み、瞳を潤ませて言う。
「でも……二人はまた、結ばれたよ。もっと強い縁で、再会出来た。それは、イロハちゃんが引っ張られていた悪縁が……切れていたから、なの。それも、きっと……」
凪と月音にもわかる。それもまた、サクラの力だったのだ。
そこでイコナがまとめるように告げる。
「ま、そもそもうちの神社で|再会した瞬間からおかしかった《・・・・・・・・・・・・・・》けどね。そんなこと、サクラ自身が一番わかってるでしょ? あなた、最初からこうなると知ってたはずよ」
「……」
黙り込むサクラは、じっと自分の身体を見下ろす。
「それでもあなたは、自身の問題が露見することを厭わずにナギくんのためを想ってあたしのところへ来た。あなたがナギくんに『神朱印』を渡せなかったのも、あなたの朱印が反転しているから。思い出の人との再会を望むナギくんに、まさか縁切りの力がある御朱印なんて渡せないものね。だからあたしたちに頼ったんでしょ」
ただ口をつぐむだけのサクラに、凪は自分の胸が苦しくなるのを感じていた。
さらに月音が口を開く。
「サクラ様は、だから料理やいろんなことに必死になって、縁結び以外のことで凪ちゃんの力になろうとしたんですよね。なのに……どうして、凪ちゃんと私の縁を……」
それは大きな矛盾だった。
そしてその矛盾こそが、サクラがいかに苦しんできたのかを凪に想像させる。同時にやり場のない悔しさを感じていた。
「サクラ。俺は、サクラがどんな神だろうと嫌いになんてならない。何も変わらない。今だってサクラのことを助けたいと思ってる。だから本当のことを教えてくれ! どうしてサクラは縁切りの神様になって……この神社も、こんなことに……!」
サクラはその場にへたり込んだまま、ようやく凪たちの方に向き直る。




