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第60話 お姉ちゃんなら

 月音が凪の腕を強く抱きしめて、顔を上げた。


「もう、過去にとらわれなくていいんだよ。ちゃんと、私を、見て」

「……月姉……」

「ずっと凪ちゃんのそばにいたのは、私。凪ちゃんを一番好きなのは私だもん。だから私、凪ちゃんが私を見てくれるのを待ってた。凪ちゃんと二人で、前へ進みたかった。そのために、お手伝いをしてきたんだよ。打算的なの。でも、凪ちゃんは過去を想ってる。私、それが悔しい。何よりも、あの時、何も出来なかった自分が、一番、悔しい……」


 震える月音の言葉は、今にも泣きそうに怯えている。


「あのお祭りの後から、凪ちゃんは変わって、私とも、少しずつ接してくれるようになった。『月姉』って呼んでくれて、私のごはんを美味しいって言ってくれるようになった。すごく嬉しくて……でも、悔しかった。私には出来なかったから。凪ちゃんが一番辛いときに、私は何もしてあげられなかった。私に……もっと勇気があったら、あの時、私が強引にでも凪ちゃんのそばにいて、凪ちゃんをお祭りに連れ出せたら、そしたら……私が、凪ちゃんの一番に、なれたのかな」


 月音の瞳は揺らめき、その頬を涙が伝っていく。


「〝お姉ちゃん〟なら……〝家族〟なら、どんなときでもずっと一緒にいられる。でもね、それだけじゃ、嫌なの。ねぇ凪ちゃん。私じゃ、私とじゃ、いけないのかな。〝私〟は、凪ちゃんの特別な女の子には、なれないのかな。私は、置いていかれちゃうのかな」


 月音の青い瞳から、涙がぽたぽたと湯船に落ちて吸い込まれる。


 凪は思った。


 自分はきっと、何も気付かないふりをしてきたのだろうと。


 あの子との『約束』を求めて、いつもそばにいた月音の気持ちをないがしろにしていた。彼女が自分の大切な女性になることはないのだと思い込み、姉以上の存在として意識することを止めていた。彼女の従姉妹(おとうと)であろうとしてきた。

 それが一番自然な形だから。

 そうしている限りは、平和な家族の一員としていられるから。

 けれどそれは、自分の気持ちからも、月音の想いからも逃げていることになる。


 それがわかったから――凪は、彼女と向き合うことに決めた。


「……俺が初めて月姉のごはんを『美味しい』って言ったとき、月姉が泣いたのを初めて見てさ、俺は、もうこの人を泣かせちゃいけないって思った。月姉が俺を守ってくれたみたいに、俺も月姉を守らなきゃって思ったんだ」

「……凪、ちゃん……」

「置いていくわけないだろ。俺たちは、〝家族〟なんだからさ」


 その〝答え〟を聞いて、潤む月音の瞳に光が宿った。


 あの夏祭りの夜。凪が突き放した月音が、それでもずっと自分を見守ってくれていたことを凪は知っている。今、月音と共にいるこの時間の心地よさ、胸の高鳴り、手の温かさが、思い出の少女といた時間と比べて何ら遜色ないものであるとわかっている。月音もまた、凪にとってかけがえのない存在であることは確かだった。


 それでも――ここで、彼女に応えることはできない。


「月姉の気持ちは嬉しいよ。ありがとう。でも……」

「……うん。わかってるよ。『約束』が、あるんだもんね」

「ああ。けど月姉に言われて、なんか頭がスッとした。俺は、確かにあの子との約束に縛られているのかもしれない。だからさ……ちゃんとあの子に会って、俺の気持ちを確かめてみたい。それまでは、きっと本当の答えは出せない。ごめん、月姉」

「うぅん。わかっていたことだから。気持ちを伝えられただけでスッキリしたよ。それに……うふふっ。私、ぜんぜん諦めてないからね?」


 にっこりと笑った月音に、「えっ」と動揺する凪。


「だって、ずっと会えてない美化された思い出の中の女の子なんかより、ずっとそばのいた私の方が絶対好感度高いはずだもん! それに、こ~んなに尽くしてくれるお姉ちゃんママなおっぱいも大きいJKなんてそういないよ? 思い出の子にあっさりフラれてめそめそする凪ちゃんを励まして、そのときこそ私が凪ちゃんの一番になるんだぁ!」

「俺がフラれる前提! つーかたくましいね月姉!」

「うん! だって、お姉ちゃんには凪ちゃんを守り続ける覚悟がありますから!」


 大きな胸を張る月音を見て、凪はつい大声を上げて笑ってしまった。すると、月音もつられて一緒に笑い合う。


 それから、月音が目尻に浮かんだ涙を拭って言った。


「私を見てくれて、ありがとう。それから……お誕生日おめでとう、凪ちゃんっ!」


 本当に嬉しそうに笑うものだから。

 凪はなんだか気恥ずかしくなりつつも、改めてお礼を返すのだった。

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