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第59話 告白

 その言葉が発せられたとき、場の空気が変わる。


 いつも二人の間に流れている、優しく、朗らかで、のんびりとしたものではなかった。


 凪の腕に伝わってくるのは、わずかな震え。


「私にとって、この六年間は特別だったの。本当にね、幸せだったんだよ」

「……月姉?」

「凪ちゃんはもう高校生になって、すごくたくましくなって。サクラ様に出会ってから、さらに成長してる。私が、置いていかれそうになっちゃうくらい」


 凪の脳裏に――月音と共に過ごしてきた日々の記憶が蘇っていく。


 初めて両親と妹と天乃湯神社へ遊びに行った、八月の夏休みのある日。

 月音は今とはまるで違い、初音の影に隠れ、物静かで人見知りで、年下の凪や汐にもおどおどしていた。それが、いつの間にか今のようになっていた。


 月音が変わったのは、六年前。独りになった凪が月乃宮家に引き取られてからだ。


 あのときから、月音は突然〝お姉ちゃん〟らしくなった。


 月音は凪に身を預けながら、ゆっくり語りかけるように話す。


「あのね、凪ちゃんはきっと……私のこと、お姉ちゃんみたいに思ってるよね」

「……へ?」

「そう思ってもらえるように頑張ったから、当然だよね。でもね、私は凪ちゃんのことを弟みたいに可愛がっていても、弟だって思ったことは、一度もないんだよ」


 どくん、と凪の心臓が跳ねる。


「本当はね、凪ちゃんがちゃんと私を見てくれるまで言わないつもりだったけど……今日は、特別な日だから。ずっと前から決めてたの。だって、私もそろそろ我慢の限界ですから。言っちゃう……からね?」


 月音は凪の方に向き直り、その瞳を潤ませ、頬を赤く染める。


 そして、今にもお互いの唇が触れそうな距離で彼女は言った。



「私……凪ちゃんのこと、好きだよ。好き。大好き。とっても。このまま、キス、したいなって、思うくらい……」



 甘く、ささやくような告白。


 凪は、自分の世界が一瞬で変化したような気さえした。


 ずっと姉のように思っていた月音。

 ずっと弟のように思われていると、そう思っていた。


 だからこそ一緒に過ごしてこられた相手からの告白に、凪の世界はやはり変わった。


 今、目の前にいる女性は〝月姉〟ではない。


 凪は焦った。ここで言葉を間違えてはいけないという焦燥感と責務に襲われ、必死に頭の中で返事を探した。しかし、そんなもの都合良くは出てこない。


 わかりやすく動揺してうろたえる凪を見て、月音が愉しそうに笑う。


「大丈夫、今は返事は要らないよ。それよりも……ふふっ。凪ちゃんが、こんなに立派な男の子に育ってくれて、よかった」

「……え?」


 月音はとても穏やかな目をして、凪の両手を優しく握った。


「私ね、小さい頃は自分の容姿がコンプレックスで、ずっと悩んでたの。どうしてお母さんや凪ちゃんや、汐ちゃんみたいに日本人らしくないんだろうって。だからね、自分に自信が持てなくて、いつもおどおどしてたんだ。凪ちゃんは、覚えてないかな?」

「……いや、よく覚えてるよ。特に、初めて会ったときはそうだったな」

「えへへ、ちょっと恥ずかしい。でもね、私、変わろうって思ったの。それはね、凪ちゃんがうちに来てくれたからなんだよ」

「俺が?」

「うん。凪ちゃんがうちで暮らすようになった日……凪ちゃん、すごく悲しい顔してた。誰も信じられなくて、何も必要としていないような、とっても寂しい顔、してた。だから私、〝お姉ちゃん〟になろうって思った。凪ちゃんの『本当の家族』になって、凪ちゃんを守るんだって決めた。そのために強くなろうって、変わらなきゃって。だからね、ちょっとだけ頑張ったんだよ」

「月姉……そんな風に思ってたのか……」


 今はもう、遠い日々。

 それでも凪は、あのときの自分を思い出すと胸が痛くなる。


「私、出来る限りのことをしたつもりだけど……凪ちゃんは、なかなか心を開いてくれなくて。覚えてるかな? あの年の夏祭りで、一緒に遊ぼうって誘ったら……凪ちゃん、私の手を払って、言ったの」


 凪は強く拳を握る。

 当然、すべて覚えていた。


「『本当の家族じゃないくせに、お姉ちゃんぶるな』」


 月音の口から放たれたかつての自分の言葉に、凪の胸はひどく締め付けられる。

 なぜあのときの自分はそんなことを言ったのか。今の凪にはとても理解出来ない。

 それでも、一度口から出た言葉は二度と消えない。言霊は魂に刻まれる。


「月姉……あのときはごめん。俺、ひどいこと言ったよな」

「あ、違うのそんなつもりじゃないよ! もうそのことはいいの。だって、凪ちゃんはすっかり元気になって、すくすく育って、今はこうして私と仲良くしてくれるもん。それでいいの。よかった。本当に……本当に。私、幸せなんだよ」

「月姉……」

「でも……だからね? 私、すごく悔しかったんだ」


 月音の手が、震えていく。


「……凪ちゃん。私が、どうして凪ちゃんのお手伝いをしてきたか、わかる?」

「え? そ、それは月姉が俺のために」

「もちろん、凪ちゃんの力になりたいって気持ちはあるよ。でもね、私は凪ちゃんが思い出の子に会えなくていいって思ってるの。だって、私はその子に嫉妬してるから」


 月音の思いがけない言葉に、凪は言葉を失った。


「凪ちゃんは、その子との約束を守ろうと頑張ってきたよね。けどそれは……本当に、その子のことが好きだから、なのかな? 私には、凪ちゃんがすごく必死に見えるの。まるで……汐ちゃんと守れなかった約束を、代わりに、果たそうとしているみたいに」

「……!」


 凪は、息を呑んで目を見開く。


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