第58話 月音との混浴
こうして二人は、およそ三年ぶりに混浴へ。
元々、家族がみんなで入れるようにと設計された月乃宮家自慢の天然温泉は、二人で入るには十分な広さの湯船である。
「凪ちゃんの背中、おっきくなったね~。身長も、とっくにお姉ちゃんより高くなっちゃったもん。男の子はすごいなぁ。来年にはもっと大きくなるのかなぁ」
そんなことを言いながら、泡立てたボディタオルで手際よく凪の背中を洗っていく月音。凪が小学生の頃までは、よくこうして一緒に入っては洗ってもらっていた。
ただし、思春期ともなれば凪の意識も変化するわけで。
「ふ、普通だよ。月姉だって、その、いろいろ変わっただろ」
「え?」
具体的には説明出来ずに、言葉を濁す凪。
凪の眼前――鏡に映る月音の美貌は幼い頃の比ではなく、女性として見事に磨き抜かれた抜群のプロポーションを誇る。裸でこそないものの、自宅なのにスクール水着姿という非現実ぶりが凪をそわそわさせる。
すると、月音は嬉しそうにその目を輝かせた。
「そうかなそうかな? お姉ちゃんどこがどう変わったかな? ねぇねぇ凪ちゃん教えて? 身長かな? 髪の長さかな? 胸も大きくなったんだよ~!」
「だー! もうそうやってからかうのは禁止! もう先に入るからな!」
「え~? 凪ちゃんの口から聞きたかったのになぁ。いじわるぅ~」
適当に身体を洗い流し、そのまま浴槽へと入る凪。
月音は鼻歌交じりに自らの身体を洗い始めるが、水着のせいで多少洗いにくいのか、なんと凪の前で大胆に水着をずらして身体を洗おうとする。凪はひたすら己を律するのみだが、心臓のドキドキは増すばかりだ。
それから月音も長い金髪をアップにまとめて湯に浸かり、懐かしき混浴が始まる。
「はぁ~。まさか、この歳で月姉と一緒に入るなんてなぁ」
「え~? お姉ちゃんは、いつも一緒に入りたいって思ってるのになぁ」
「月姉の冗談はまったく冗談に聞こえないんじゃ」
「だって本気だもん。えいっ」
「うわっ!? ちょ、月姉!」
遠慮なく凪の腕に抱きつき、そのままぴたりと肩に頭を預けてくる月音。
大きな胸が凪の腕でむにっと潰れ、シャンプーの良い匂いが広がり、月音の吐息さえ聞こえる中、お互いの肌が密着する。
もはや恋人同士の距離感であり、いくら月音が一つ屋根の下で暮らしてきた姉のような存在であっても、すぐ隣にこんなにも無防備な美少女がいるという現実は思春期男子の凪にとってあまりに刺激が強い。このままでは、月音を今までとは違う目で見てしまうかもしれない。何より、今日の月音はどこかいつもと違う。
もう一緒に入る約束は果たした。ここは先に風呂を上がろう。
そう思った凪が口を開こうとしたとき――
「ねぇ、凪ちゃん」
「な、なに?」
そこで月音に腕を引かれ、脱出の機会を失う。
「今、ドキドキしてくれてる?」
「はい? いきなり何を言ってるのさ」
月音はさらにぴったりと凪にくっついてきて、耳元でそっとささやく。
「わかる? お姉ちゃんはね……とっても、ドキドキしてるよ……?」
「つ、月姉が? ほんとに? 嘘だろ?」
「本当だよ~。だって、自分からこうやってくっついて……その、胸とか……いろいろ、当ててるんですし……」
「……え? じゃあこれわざとっ!?」
「う、うん。だから、凪ちゃんも少しはドキドキしてくれてるかなぁって……」
腕に感じる月音の鼓動は早まっている。凪は、嘘をつくことなど出来なかった。
「……そりゃあまぁ、俺も健全な男子高校生なので……」
「本当? ふふ、よかったぁ! 凪ちゃん、神様たちとばっかりイチャイチャするんだもん。お姉ちゃんも嫉妬しちゃうよ」
「えっ」
不意の言葉にドキッとする凪。
思い起こされるのは、先ほど自室で起こした神様との全裸ハプニングである。
「ふふふ。あのね凪ちゃん? 女の子は、そういう〝匂い〟に敏感なんだよ」
妖しげな流し目でつぶやく月音。
皆まで言わずとも、どうやらバレているらしかった。
凪が姉の嗅覚に観念して先ほどの事情を説明すると、月音はすぐに許してくれた。
「事故ならしょうがないけど……うー、ついこの間までお姉ちゃんだけの凪ちゃんだったのに、急にモテモテになっちゃって、姉離れが進んじゃったらどうしよう!」
「姉離れって。もしかしてそれで急にこんなことしたのか? ったく、月姉だってもう十七なんだからさ、いい加減弟離れして、こういうのはちゃんと恋人と――」
「離れたくないもん」
「え?」
「ねぇ凪ちゃん。まだ、気付いてくれないの」
月音は顔を上げ、まっすぐに凪を見つめて言う。
「私は、凪ちゃんが好きだよ」




