第55話 ハッピーバースデー
ククリの神社から戻ってしばらくが経ち、夢の大型連休も終わりを迎えて、世間はすっかり元の慌ただしさを取り戻していた。
そして今、月乃宮家でも騒がしい催しが行われている。
『本日の主役』と書かれたタスキを掛けた凪の前には、月音お手製の豪華すぎる三段のバースデーケーキ。ロウソクの火を消せば周りから拍手が起きた。
『誕生日おめでとう!』
サクラ、月音、朔太郎、初音、イコナ、ククリが声を揃えてクラッカーを鳴らす。
「ええと、みんなありがとう。何歳になっても照れるもんだね」
本日は、凪の十六歳の誕生日。そして、家族の誕生日には全員揃ってお祝いするのが月乃宮家のルールの一つだ。本日は、そこに神様たちも駆けつけてくれたのである。
既に気持ちよくなっている酔っ払いのグラサン神主、朔太郎がビールをあおった。
「yeah! オイ凪! もう高校生になったんだ、十六歳の抱負を語れぃ!」
「えっ、抱負ですか? そりゃあやっぱり思い出の子と運命の再会を――」
「はぁい! お姉ちゃんは凪ちゃんと二人の愛娘と一緒に公園デビューしたいです!」
「そんな抱負を語るJKがいるか! つーかそれ一年じゃムリだよね!? 月姉の妄想どんどん先に進んでるからそろそろどっかで止まってくんない!?」
どっと笑いあう一同。騒がしくも楽しい時間はあっという間に過ぎ、お酒を楽しんでいた朔太郎とサクラが仲良く居間で寝入り、初音も部屋で就寝することに。残されたメンバーで後片付けをすることになるが、イコナが掃除好きの本領を発揮してしまうからもう大変。すべてが終わったのは、深夜近くにもなってしまったのである。
パーティーが終わった後、凪はイコナとククリを連れて自室へとやってきた。
最近は少しずつ慣れてきた『天耳通』を用いてイコナやククリとも連絡を取り合うようになっており、頭の中で会話だけをすることもあれば、この日の晩のように二人を自室に招くこともあった。そのため、イコナもククリもほとんどお酒は飲んでいない。
部屋の襖を閉めたところで、イコナが口を開く。
「――さて。それで? あれからサクラに何か変化はあったかしら」
「サクちゃん……大丈夫、そう、ですか?」
「ああ、今日見てもらった通り元気いっぱい。もういつものサクラだよ」
凪がそう答えると、二人は表情を和らげて安堵する。
――先日のククリの神社での一件から、どうもサクラの様子が少しおかしい。
そう感じた凪が二人に相談を持ちかけ、こうして話し合いをするようになったのだが、それは以前イコナから受けたあの〝相談〟も大きな理由だ。だから、まずはサクラの友神であるイコナとククリにだけ、こうして話を聞いてもらっていた。凪の誕生日に二人が来てくれたのも、そんな付き合いがきっかけである。
イコナはいつもの『神御衣』の上からエプロンを着けたまま、頭に三角巾を被ったお掃除モードで畳の拭き掃除を始めた。その姿は、まるで母親か甲斐甲斐しい新妻だ。
「そもそもね、あの直球娘が隠し事をするなんてよっぽどのことなのよ。刺激せず、もうしばらく様子見を続けた方がいいかもね。ま、相変わらずナギくんにべったりなとこ見ると、問題なさそうにも思えるけど」
「うん……。サクちゃんは……とっても優しい、わたしの憧れ、です。でも、自分が困っているときは……何も、言ってくれないので……」
ちょっぴり寂しそうに目を伏せるククリ。凪はうなずいて腕を組んだ。
「サクラが自分から話してくれるといいんだけどなぁ……。ともかく、二人とも話を聞いてくれてありがとう。俺だけじゃどうにも考えがまとまらなくてさ」
「別にあなたやサクラのためだけじゃないわよ。祭神が力を失ったままじゃその土地に〝穢れ〟が溜まり続ける。神としてそれは見過ごせないだけ」
「イコちゃんはつめたいことも言いますけど……本当はあったかいんです……」
「だな。知ってるよククリ」
二人の微笑ましい視線を受けて、イコナがこそばゆそうに口をむずむずさせた。
「それより! 万が一があるなら、予定通りあたしたちも動くわ。あたしたちはナギくんと繋がってるから、いつでも呼びなさい。二人とも、それでいいわね?」
イコナの結論に、凪とククリが同時にうなずく。
「はい。じゃあせっかくの誕生日なんだから硬い話は終わり。さっさと済ませるわよ」
なんて言いながら、せっせと凪の部屋を掃除し続けるイコナ。話は片付いたが、部屋の片付けはやめてくれない彼女である。
「えーっと、あの、イコナさん? もうこんな遅い時間ですし、さすがに俺も毎回こうやって部屋を掃除してもらうのは恥ずかしいというかですね」
「気にしないで。あたしが落ち着きたくて掃除してるだけだから。ナギくんの部屋、片付いてはいるけど甘いのよね。ちゃんと年末に大掃除している?」
「あー……年末は神社の方が忙しいから、こっちまでは手が……」
「やっぱりね。いい? 大掃除は『大祓』の大切な行事の一部なのよ。そこで手を抜くのは神として褒めてあげられないわね。こういうの放っておけない性分なの。あ、なんならそっちのクローゼットや押し入れも全部まとめて片付けちゃうけど」
「いやいやそこまではいいって! そっちは自分でやるから!」
軽く慌てた凪の反応に、イコナはいつもよりちょっぴり妖しい笑みを浮かべた。
「……ふぅん? ま、安心なさいな。あたし、そういうの理解ある方よ」
「え? いやいやいやいや変な意味じゃないからな! 別に見られて困るものがあるわけじゃなくて! そ、そこまでされるのは悪いというか!」
「はいはい。ですってククリ。気をつけなさ……って、あなた何してるの」
イコナが呼びかけたククリは、いつの間にか凪の電子書籍端末をいじって目を輝かせていた。頬はじんわりと紅潮し、吐息も熱っぽく、どこか興奮している様子だ。
凪が慌ててそちらへ向かう。
「おわぁ!? ちょ、ククリさーん!? 確かに部屋の本は好きに読んでもいいとは言ったけども! それはNO許可ですよ!」
「え……? あ、ご、ご、ごめんなさいナギさん勝手に! あのあのっ! だ、誰にも言わないので、だ、だいじょうぶ、です、から……っ」
「何を!? 何を見たのククリさん! いややっぱり言わないでくれ!」
「ふぅん……なるほどね。そうよね、最近は電子書籍が一般的だものね。月音さんみたいな子と暮らしている以上、物理的な本は置いておきづらいか。これも時代ね」
「イコナさん理解が早いすねっ! ああ~なんでこんなことに!」
「ふふ、注意不足だったわねナギくん。ククリは昔から人一倍知識欲が強い子でね、大人しい顔してそっち方面にも詳しいわよ。お子様なサクラとは違ってね」
「ほわぁっ! イ、イ、イコちゃんのばかっ! な、な、な、何言ってるのっ!」
「そろそろ俺が悶え死にそうなのでこの話ストップしてくれませんか!」
懇願する思春期少年を見てイコナがニヤニヤと妖しい笑みを浮かべ、ククリは火照った頬に手を当てて呼吸を整えていた。
そんなとき、今度はククリが机の上に置いてあった凪の御朱印帳に目を向けた。




