第51話 ククリヒメの世界
そこでずかずかと踏み出していったのは、普段よりも眉をつり上げたイコナだった。
「甘えるのもいい加減にして」
底冷えするような声。
その場で二人を強引に引き離したイコナの冷たい視線に、ククリはびくっとその身を縮こまらせる。
「ククリ。あなたはもう独り立ちした神よね。いつまであたしたちに頼るつもり? あたしたちがいなきゃ何も出来ないの? なら、おしめでも替えてあげましょうか」
「ひっ……ご、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……!」
「ちょっとイコナっ! 何言ってるの! ククリ怖がってるよ!」
真っ青になってさらに怯えてしまうククリ。サクラはそんなククリを守るように前に立って手を広げた。
「サクラ、それ以上ククリを甘やかさないで」
「なんでっ? だってククリこんなに弱ってるんだよ!? 神様だって一人じゃできないこともあるよ! 追い詰めたらかわいそうだよ!」
「かわいそう、ね。だからあなたはなんでも助けてあげるわけ?」
「な、なんでそんなこと言うの? イコナ変だよ! このままじゃククリがかわいそうだよ! ねっ、ナギたちもそう思うでしょっ!」
そこで凪と月音に視線が向けられる。
月音は「ど、どうしよう凪ちゃん」とあたふたするが、凪は冷静に考えていた。
イコナは、なぜあんなことを言ったのか。
すぐに答えが出る。
「……ごめん、サクラ。俺も、今はイコナと同じ意見かな」
「えっ……」
サクラはその返答を予想していなかったようで、ひどく困惑したように固まった。
「ナ、ナギ? なんでそんなこと言うの? ククリのこと、どうだっていいのっ!?」
「違うんだ、落ち着いてくれサクラ。ククリはさ、サクラとイコナの大切な友達だろ? だからこそ、イコナはああ言ったんじゃないかな」
「……へっ? ともだち、だから?」
サクラは目をパチパチさせてイコナの方を見る。
するとイコナは、少し気まずそうに目を逸らした。
「ああ。俺が見ててもよくわかるけど、ククリはサクラやイコナのことをすごく信頼してるみたいだ。けど、だからこそ二人に頼りすぎてるのかもしれない。イコナはきっと、そんなククリをちゃんと内面から自立させたいんだよ。違うかな? イコナ」
凪が尋ねてみると、イコナは視線を合わせずにはぐらかす。その頬はわずかに赤い。
そこでククリもまた、イコナの真意に気付いたようだった。
「……イコちゃん。わたしの、ために……」
おどおどしたククリの発言に、イコナは少し長めのため息をついて話す。
「あなたの性格はよく知ってる。内気で臆病で、いつも誰かの目を気にする。言いたいことは言わないし、だから学校ではよく他の神にからかわれたわね。そのたびあたしやサクラがどうにかしてきた。今と同じね。ククリヒメとしてはまだまだ修行不足よ」
「うぅ……」
言いたいことが言えないククリに、言いたいことをズバズバ言うイコナ。
ククリがまた涙をこぼしそうになったところで、イコナは口調を強めた。
「けどね、『ククリヒメ』はあなたにしか務まらない」
「……え?」
「あなたはこの一ノ宮の祭神、『菊理媛命』の名を継ぐ松風水月なる神なのよ。それだけの力があり、それだけ人に愛されてるの。ちゃんと〝あなたの世界〟を見なさい」
イコナに言われて、下を向いていた顔を上げるククリ。
凪や月音、サクラ、イコナがいて、沙夜と色葉はまだ楽しそうに話し合っている。
境内では多くの氏子が悪天候の中で準備をし直しており、神職たちも懸命に働いている。先ほど一時的に雪が突然止んだことを「ククリヒメさまのお力だ!」と崇める者たちもおり、皆、士気を上げて祭りを成功させようとしていた。
凪が一歩踏み出して言う。
「ククリ。俺さ、この雪の中でククリの心の世界を見たんだ」
「……わたし、の……?」
「うん。ククリがどれだけ頑張ってきたのか、どれほどの人の縁を結んだのか、そして、どんな気持ちでいたのかよくわかった。ククリはみんなの期待に応えようとして、一所懸命に力を使ってきたけど、それで不幸になる人が出てしまうのが怖かったんだよな。だから、力を使えなくなった」
「あ……う……」
「責めてるわけじゃないんだ。俺は、それが悪いことだと思わない。失敗したら落ち込んで、自信をなくすなんて当然だと思う。自分のためじゃなくて、誰かのための行動ならなおさらだよ」
ゆっくりとククリの方に近づいていく凪。ククリは、逃げることはしなかった。




