第50話 主人公にはなれない
そんな二人を見つめていた神様――ククリもまた、泣いていた。
沙夜のことは、よく知っている。いつも自分に温かい信仰をくれた。どうにかしてあげたい。彼女の縁を結んであげたい。いつもそう思っていた。けれど、未熟な自分ではどうすることも出来なかった。ククリにも、結べない縁があった。
「わたしは…………きっと、主人公には、なれない、ので…………」
ククリがよく読む本の世界では、主人公は勇気を持って困難に立ち向かい、最後にはそれを打破する。みんなが笑顔になる。幸せになる。ハッピーエンドが好きだった。自分もそんな勇気ある主人公になりたいと願ってきた。
そして願うたびに、現実の自分が嫌いになる。
神様なのに。
みんなを幸せにしたいのに。
「サクちゃん……イコちゃん…………たすけて……」
ククリは自らを恥じた。
自分は、あの頃から何も成長していない。
弱く、惨めで、力が無い。そのせいで悲しい思いをする人たちがいる。
「寒い……寒いよ……たすけて、たすけて……たすけてよぅ…………」
立派な主人公になりたくても、情けない自分を変えたいと思っても、何かあれば友に頼ってしまうだけの自分が、一番、大嫌いだった。
ククリの胸元の神紋がまた変化を始め、乱れた神通力がさらに天候を急変させ、猛吹雪が世界を白に染めていく。月音は沙夜を守ろうと必死に抱えていた。
ククリは叫ぶ。
「もうやめてっ! やっぱり……わたしなんて、わたしなんて、いらない……!」
『自分なんて、要らない』
ククリがとうとう自らを完全に否定してしまおうとした、そのとき――
「――沙夜ちゃぁんっ!!」
女の子の高い声が響いた。
その声にククリと月音――沙夜も振り返る。
瞬間、吹雪が止んで視界が確保された。
月音はそっと沙夜にマフラーを巻き返し、微笑んで軽く背中を押す。
沙夜は月音の顔を見てうなずき、ゆっくりと、歩き出した。
「色葉……色葉ぁっ!」
走る。
「沙夜ちゃん……沙夜ちゃん!」
色葉もまた走り出して、二人は転びそうになりながら抱き合う。
沙夜はぽろぽろと涙をこぼし、声を詰まらせながら言った。
「いろはぁ、ごめん、ごめんね。ごめんねごめんねごめんね! ごめんなさいっ! サヤがバカだから、ケンカしたままで、もう、会えないって、思って」
「わたしもごめんねっ! 沙夜ちゃんにもっと早く相談して……それで、また一緒にお祭りこようねって約束すればよかったのに……嫌われるのが怖くて、何も話せないまま引っ越しちゃったの。ごめんね、ごめんね沙夜ちゃん」
抱き合う二人は身を離し、お互いに泣きながら笑った。降り積もる雪や寒さなどまったく気にせず、長い間離れていた距離を埋めるように話し始める。
一方、色葉を無事に送り届けた凪とサクラ、そして帰り際に合流したイコナの三人は月音の元へと駆け寄る。
「月姉っ、沙夜ちゃんを見つけてくれたのか!」
「うん、おかえりなさい凪ちゃん。サクラ様も。それに、イコナ様まで?」
「途中で助けてもらってさ。サクラとイコナのおかげだよ。それより月姉、体調は?」
「大丈夫! 凪ちゃんのお守りのおかげかな、本当に元気になったんだよ!」
「はいはいツキネさんも無茶しない。これ着て休んでなさいな!」
その場でイコナがもう一着分の羽織を用意し、月音にかけてくれる。
「まったく。それで? これからどう責任取るつもりなのよ――ククリ」
『え?』と凪たちの声が揃う。
イコナの視線はある木の方に向いていて、そこからククリがそっと姿を現す。
彼女の存在に気付いていなかった凪や月音が驚愕した。
ククリの胸元――浮かび上がる彼女の『神紋』が不安定にうねり、形を変えようとしている。そしてまた空から大雪が降り始めた。
ククリは何度も目元をぬぐい、嗚咽を漏らしながら口を開く。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……。ぜんぶ、わたしのせいなので……」
その切ない泣き声を聞いて、サクラが駆けた。
「ちがうよククリっ!」
サクラはククリの手を強く握りしめ、目を見つめて伝える。
「ククリが悪いんじゃないもん! ククリはいつもみんなのためにがんばってて、みんなもそんなククリが好きなんだよ! だってサクラがそうだもん! たくさんの縁を結んで、みんなを幸せにしたんだよ! なのに、そうやって自分を悪く思ったらダメなの! ダメなんだよっ!」
必死に語りかけるサクラに、ククリはまた涙をにじませる。
「でも……わたしは、だめなの。みんなに、すごく迷惑をかけて、もう、むりだよ……。わたし、わたしなんて…………サクちゃん……イコちゃん……たすけて……」
「ククリ……」
サクラはただ、震えるククリを優しく抱きしめた。安心させるように。ククリが心身共に弱り切っているのは、誰の目にも明らかであった。




