第49話 少女の涙
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凪とサクラが少女を連れて神社へと戻っている頃。
イコナの力も限界を迎えており、止まっていた雪が再び降り始めた中、境内でククリを捜していた月音は、ククリではなく沙夜の方を発見する。
「……沙夜ちゃん?」
「! いろ――って、なんだ。昨日のお姉ちゃん」
素早く立ち上がった沙夜がいたのは、境内を外れた場所にある休憩所の小さな東屋。そこからは、真っ白に染まった山や街がよく見渡せる。
「ごめんね、お友達だと思っちゃったよね」
「別に。それより、こんな天気なのに本当に来てたんだね。お兄ちゃんは? それにどうしたの? なんか体調悪そうだよ」
「うん、ちょっと風邪を引いちゃったみたい。沙夜ちゃんは平気?」
「サヤは平気だけど……なのにお祭り来たの? もう、いいからこっち座りなよ」
「ありがとう~。でもね、お兄ちゃんにこのお守りを借りてから少し元気になったの。やっぱり愛がこもってるからかなぁ♥」
「小学生相手にのろけないでよ……」
沙夜は背伸びをして月音の頭や肩の雪を払い、さらに自分がベンチの上に敷いていたハンカチを月音に譲ってくれただけでなく、マフラーまでかけてくれた。
その気遣いに感動した月音は、腰掛けた後で沙夜にぴたりとくっつく。
「ありがとう沙夜ちゃんっ。ふぁ~温かいよ~~~」
「冷たっ。そんな薄着だから風邪引くんだよ。お兄ちゃんにはフラれたの?」
「ふふ、違うよ。お兄ちゃんはね、今、私たちのためにすごく頑張ってくれてるの」
「ワタシたちって?」
「私と、沙夜ちゃんと、沙夜ちゃんのお友達と、お祭りを楽しみにしてるみんなと、それにククリヒメ様のためだよ」
「? よくわかんないよ。変なお姉ちゃん」
沙夜は首をかしげた後に笑いだし、雪山の方を眺める。月音も一緒になってそちらを眺め、しばらくの間、二人はカイロを握りしめてたわいのない話をした。
そこにもう一人――小柄な少女が姿を見せる。
「……っ!」
わずかな声を上げてすぐに木の影に隠れてしまったその少女こそ、この神社の祭神――ククリヒメであった。
自身の乱れた神通力を抑えきれなくなり、凄まじい疲労感から足はふらついて、顔色も良くない。それでも、少しでも人の迷惑にならないようにと居場所を探していた。
ククリは月音と沙夜に気付かれないよう身を潜め、弱々しい声でつぶやく。
「どう……して? どうして、みんな、帰らないの……? もう、いいから……。早く、みんな……神社から、逃げて…………おねがい…………なので……」
決して二人には届かない、神様のつぶやき。
沙夜は、今まさにそのククリヒメのことを話していた。
「――お姉ちゃん知ってる? この神社のひめさまはね、ほんとにすごい神様なんだよ。パパもママも、ひめさまのところに縁結びに来たから結婚できたんだって」
「素敵なお話だね~。ククリヒメ様は、全国的にも有名な縁結びの神様だもんね」
「だからサヤもひめさまにおねがいしてみたんだけどさ。やっぱりムリみたい、ねっ」
沙夜は雪景色を眺めながら足をブラブラさせて、それからぴょんと前に飛んで体操選手のように両手を広げて着地。後ろに手を組みながら続けた。
「別に、おねがいすれば叶うなんて子供みたいに信じてたわけじゃないけど。そんなにすごい神様なら、なんとかしてくれるかなって」
「沙夜ちゃん……」
「それにこの雪じゃね。あーあ、もうお祭りもやらないのかな。そうなったらお姉ちゃんも早く帰った方がいいよ。せっかくのデートなのに、風邪、もっと悪くなるよ」
「……うん、ありがとう」
「これ以上ここにいても意味なさそうだし、サヤも帰ろっかなぁ。今度はサヤの方が風邪引いちゃうよ。もう来るんじゃなかった。どこかで温泉でも入りたいな」
月音も立ち上がり、沙夜が巻いてくれたマフラーを沙夜の首にもかけて寄り添う。
沙夜は月音の方を見ることもなく、ただじっと前を見つめていた。
音もなく、白雪が降る。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
「なぁに?」
「お姉ちゃんは、お兄ちゃんとケンカすることある? しちゃったら、どうするの?」
「う~ん……ケンカっていうほどのものはあんまりないかなぁ。たまにお兄ちゃんに叱られちゃうことはあるけど、すぐに仲直りするよ。それでね、お風呂で身体を洗ってあげようとするんだけど、いつも逃げられちゃうんだよ」
「ふぅん。お兄ちゃんとお姉ちゃんて、もう従姉妹っていうより夫婦みたいだね」
「えへへへへ。それほどでも~~~」
「お姉ちゃん、お兄ちゃんのことほんとに好きだね。なのに恋人じゃないんだ」
「こんなに一途なお姉ちゃんがいるのにね~? 凪ちゃんってば、他の女の子に告白しようとしていろんなところお参りしてるんだよ~?」
「えっマジ? ……お姉ちゃん、なんでそのお手伝いしてるの? おかしくない?」
訝しげに尋ねる沙夜に、月音はニッコリと微笑む。
「信じているから」
「え?」
「自分の気持ちが一番だって、信じてるの。誰にも負けない。お姉ちゃんの一番大切な人だから、ずっとそばにいたいんだ。たとえ、どんな結末になっても。後悔だけは、したくないから」
月音の力強い言葉を聞いて、沙夜の瞳が大きく開かれる。
「……お姉ちゃん、すごいね。それなら、すぐ仲直りも出来そう」
「沙夜ちゃんも、同じじゃないかな。きっと、会えばすぐに仲直りできるよ」
「……ほんと?」
「うん、本当。私は巫女だから、そういうのわかるんですっ。お友達も、沙夜ちゃんに会いたくてもうすぐ近くまで来てるかも! だから、もう少し一緒に待ってようよ!」
「お姉ちゃん、巫女さんだったんだ。……ありがと。でも、会えないよ」
「え?」
「こんな雪じゃこれないじゃん。毎年一緒にきてたけど、今年は、もうムリだよ。だいたい……サヤのことなんて、忘れてるかもだし」
「……沙夜ちゃん」
「サヤは、自分の気持ちも、よくわかんない。ずっと一緒にいたくても、ヘンなこと言っちゃうし。スマホのデータ消したのもサヤだし。最後までムシしたのもサヤだし。ぜんぶ、ジゴウジトクってやつ。叶わないことばっかり。知ってるよ。現実ってそういうものだもんね。サヤが…………サヤが、どれだけ、あいたく、ても…………」
沙夜の声は、震えていた。
「毎年ね、ここで、約束してたの。去年だって、また、一緒にって……。なのに、サヤ、なんで、あんなこと言っちゃったんだろ、って。わかっ、て、るの。もう……きっと、あえっ……う、ふぐっ、ふぇ…………ふぁぁあぁあぁあっ……!」
沙夜の瞳から、大粒の涙がぽろぽろと流れ落ちて雪を濡らす。凪と月音の前ではいつも平静として、どこか大人びていたように見えた彼女が、声を上げて泣いていた。
ずっと堪えてきた。
強がり続けてきた。
一人で、精一杯頑張ってきた。
そのことがよくわかる月音は、何も言わずに、優しく沙夜を抱きしめた。
凪から預かったお守りが淡く光り、二人を守るように輝いていた。




