第48話 縁は途切れない
イコナのおかげで、ようやく旅館が見える場所までやってきた凪たち。
だがイコナの力もここまでは及ばず、辺りは深い雪で覆い尽くされ、駐車場の車が埋もれかけているような状況である。当然、宿泊客は旅館で避難しているようだった。
「やっぱり誰もいないか。あの子も館内に……えっ?」
そのとき、凪の目に一本の光る糸が見えた。
糸は旅館の方向から緩やかに伸びており、今にも切れてしまいそうにか細い。それでも確かに神社の方へと向かって伸びている。
「ナギあそこっ!」
「ああ、俺にも見える!」
サクラが指を差した方向へ凪は駆け出していた。
見えたのは、旅館から飛び出してきた一人の幼い少女と、慌ててそれを追いかける母親の姿。懸命に一歩ずつ進む少女の胸元からは、一本の糸が伸びている。
少女の小さな身体は歩くたび深雪に埋もれ、何度もバランスを崩して倒れる。急な雪で防寒対策をとる時間もなかったのか、手足は少し赤くなってしまっていた。
凪がそっと手を差し伸べる。
「……えっ? ど、どなた、ですか……?」
「突然ごめんね。はじめまして。ええと、どこから話したらいいかな」
凪は少女の手を掴んで立たせた後、母親が追いついてきたところで自己紹介をする。そこで自分が沙夜の知り合いであること、少女を迎えに来たことを説明した。
最初こそ驚いていた少女と母親だが、沙夜の名前が出たことですぐに凪を信用してくれた。沙夜との祭りのことは、沙夜本人から聞かなければわからない話だからだ。
「お兄さんっ! それじゃあ、沙夜ちゃんは待っててくれてるんですかっ!?」
「今日はまだ会えてないけど、きっとあの神社で待ってるはずだよ。だって沙夜ちゃんは、どんな天気だろうと毎日欠かさずお参りに来てたんだから。今日、このお祭りでまた君に会えることを願ってさ」
「……沙夜ちゃん」
少女の瞳が潤む。
凪は改めて確信した。
沙夜も、この少女も、ちゃんとお互いを想い合っていて、再会を望んでいると。
沙夜はもう諦めていると口にしていたが、本当にそうならば熱心に参拝などしないだろうし、この子もこんな悪天候の中で母親を振り切ってまで神社に向かおうとはしない。二人は今も同じ想いでいる。なのに、ケンカをしたことでお互いに嫌われていると勘違いしてしまっている。
二人の縁を、こんなところで途切れさせたくはなかった。
「あの、お母さん。俺が責任を持ってこの子を背負って先に行きます。この雪を小さな子が歩いていくのは難しいでしょうし、そっちの方が安全だと思います。今は向こうの方だと雪も弱っているので大丈夫です。どうか任せてもらえませんか」
「お、お兄さん? いいんですか? ご迷惑じゃ……」
「ぜんぜん平気。俺はそのために来たんだからね」
彼女を不安にさせないため、凪は疲労を隠して優しく微笑む。
すると凪の気持ちを受け取った少女は、唇をキュッと締めて決意の表情を見せた。
「お母さん……やっぱりわたし行く。沙夜ちゃんに会いたいの! おねがい!」
少女の強い意志のこもった言葉に、傍らの母親はようやく首を縦に下ろした。
それから凪は羽織を被せた少女を背負い、走ってきた道をまた戻っていく。一度踏みしめたおかげで来るときよりはずいぶんと楽な道であり、少女の体重も軽い方ではあったが、それでも小学生一人を背負った雪道はいくら凪でも体力的に相当厳しい。
「はぁ、はぁ、はぁ……っとと! スニーカーじゃ滑るな……っ」
凍りかけの地面に足を取られそうになり、そのたびに踏ん張って力を消耗。普段とは比べものにならないほど体力を使い、息が上がる。それでも足を止めるわけにはいかない。普段の修行や御朱印巡りで培ったすべての力を、凪はここで使うつもりだった。
「お、お兄さん。へいきですか? わたし、やっぱり重いんじゃ……」
「むしろ軽いよっ。あまり時間がないから、少し急ぐね! しっかり捕まってて!」
「は、はいっ!」
言われた通り、凪にギュッと抱きつく少女。こうやって妹を背負ったこともあったなと思いだした凪は、少女をしっかりと背負い直して先へ進む。
今もククリの力を抑えてくれているだろうイコナが限界となれば、この辺りもまた激しい吹雪に見舞われ、凪は神社に戻ることが不可能となる。その前に急いで戻らなければいけなかった。沙夜が家に帰る可能性もあるため、とにかく時間がない。
「……ごめんね……ごめんね、沙夜ちゃん……」
背中で少女が不安げそうつぶやき、凪へと身を預ける。そこに不安、焦り、いろんな感情がまじっていることがよくわかった凪は、走りながら背中の少女へ言葉をかけた。
「あのさ、俺も、きっと君たちと同じなんだっ」
「……え?」
「俺も、君たちくらいの頃にある女の子と約束したんだ。また会おうねって。でも、その約束はまだ守れてない。もう五年近く前のことだよ」
「お兄さんも……同じ、なんですか?」
「そう! だからかな、君たちのことを、放っておけなくてさっ、なんとかしたいと思った。それに、約束した子が教えてくれたんだよ。縁は、途切れないって! 俺は諦めない。だから君も、諦めちゃダメだ。絶対、沙夜ちゃんのところへ連れていく!」
「おにい、さん……」
「ずっと会いたかった人に会えるんだ。元気出して、笑っていこう!」
軽く振り返ってニッと笑う凪。少女はぼうっとした表情をしていたが、やがて大きな声で「はい!」と返事をしてくれた。
「サクラも手伝うからねーナギっ! 地面に残った雪をどけておくぞーっ!」
サクラには笑顔だけで返事をする凪。何もしていないのに目の前から雪が散っていく不思議な光景に少女は目を丸くして、凪の耳元でつぶやいた。
「あのっ。お、お兄さんは、魔法使いさんか、神様……なんですか?」
「え? ――あははっ! どっちでもないよ。ちょっと渋い趣味の高校生です!」
凪は気合いを入れ直し、目の前で駆ける神様を追いかける。
そのとき、サクラの隣で一緒に自分を先導する妹の背中が見えたような気がしたが、それはまばたきの刹那に消えていた――。




