第47話 日の光
「こんの――バカァッ!!」
飛んでくる平手の衝撃。
以前よりもずっと重い痛みに、凪はリアクションすら取ることが出来ない。
「あたしが言ったのはむやみやたらに頼るなってこと! なのに倒れるまで無茶して……どこまでバカ真面目なのよ! こういうときは真っ先に頼りなさいな! もしあたしが来られなかったら、あなた死んでたかもしれないのよッ!? 命を粗末に扱うな!」
「イコナ……」
「サクラあなたもよ! どうせいっつも勝手やってあたしに尻ぬぐいさせるんだから、それなら最初からがっつり迷惑かけなさいよ! 遠慮するような性格じゃないでしょうに変なところで気を遣ってんじゃない! ナギくんを守るのもあなたの役目よッ!」
「ひゃい! ご、ごごごめんなさい!」
声を張り上げるイコナの怒気は凄まじいものであったが、だからこそ、凪は彼女の言葉に込められた優しさを強く感じ取ることができた。
「……ごめんイコナ。ありがとう、来てくれて!」
反省した凪が素直に頭を下げると、イコナは少し意外そうに目を丸くした。それから居心地悪そうに視線を逸らしながら自分の髪を弄る。
「わ、わかればいいわ。……本気だったから痛かったでしょう。ごめんなさい」
「めちゃくちゃ痛かった。けど、おかげで気合いが入ったよ!」
そう返すと、イコナは目をパチパチさせてから笑い、気を取り直して話す。
「さて、ともかくまずはこの雪だけど、ひどいわね。あたしでも頭が痛くなるくらいだし……このままじゃククリの神域が壊れて、他の地域にまで影響が広がるわよ。ククリの力なら、日本列島の半分くらいはいけるでしょうね。氷河期到来かしら」
「そ、そこまでになるのか!? それじゃあ、ククリはどうなるんだっ?」
「このまま神通力を暴走させ続けたら、いずれククリの印は壊れるはず。……そうなれば、待っているのは神滅よ」
「そんな……なら早く俺たちでなんとか――あっ、そうだ俺! ククリが悩んでる理由がわかったんだ! さっき、ククリの神通力からククリの心の世界を見た!」
凪の言葉に、二柱の神は「えっ?」と固まって驚愕した。
「間違いない。ククリは、自分の強すぎる力に悩んでた。けど違うんだっ。神様だけが責任を負うべきものじゃない! 俺たちの縁は、俺たちが自分で守ることが大事なはずなんだ。俺は、そのことをククリに伝えたい!」
「ナギ……」「ナギくん……」
サクラとイコナが顔を見合わせて、それからお互いにうなずいた。
「うんっ! わかった! サクラたちでククリを助けようっ! 神滅なんてゼッタイさせない! ナギのことは、ゼッタイサクラが連れてく!」
「わかった。なら、あたしはこの雪をなんとかするわ。さっさと行きなさい」
「サクラ……イコナ……ありがとうっ!」
それから周囲の状況を分析したイコナは目を閉じ、再度両手を合わせて、綺麗な高音の拍手を打った。最後に両手を左右に広げる。
『――《祓・風花天陽》!』
するとイコナの身体が発光し、竜巻のような風が発生して上空へのぼり、厚い雲を貫く。わずかに覗いた青空から太陽の光が差し込むと、地上の雪が輝くように溶けていき、吹雪の勢いも弱まっていった。
「この光は……イコナの神通力、なのか? すごい……!」
イコナを中心として温かな風が吹き、それは周囲の雪を払い、優しく包み込んでいく。まるで魔法のような光景に凪は感嘆としていた。温かな日の光は、凪の心すらも晴らすようだった。
だが、厚い雲はすぐにわずかな青空を塞ごうとして、イコナはそれに対抗するように苦い表情を見せた。
「ククリは水の力が強い神だけど、あたしの力でもっ、ある程度抑止することくらいは出来るわ。けど、それだけ。根本的な解決じゃないし、あの子の方が地力は強い。大した時間は、持たない、わ。だから……さっさと、やることやってきなさいな!」
額に汗を流しながら進言するイコナ。
凪とサクラは視線を合わせ、うなずきあう。
「ありがとイコナっ! よぉ~し! 行こーナギっ!」
「ああ!」
イコナが作ってくれたわずかな時間をチャンスに、二人はまた走り出す。
地上の雪や吹雪がなくなったことで格段に進みやすくなり、駆ける足も軽快だ。それにイコナ特製の羽織のおかげか、はたまた彼女が神通力を分けてくれたおかげなのか、凪の身体は温かな力に満ちあふれている。もう寒さに震えることもない。
凪は走りながら振り返って叫ぶ。
「イコナっ! 必ずこのお礼するから! なんでもいいから考えといてくれっ!」
そのまま手を振って去っていく凪。
イコナはパチクリとまばたきをして、それから軽くふきだしてつぶやいた。
「とんでもないお礼考えちゃうから覚悟しときなさいよ。っていうか、このバカみたいな神通力……ククリのやつ、どんだけため込んでたのよ……! ナギくんもサクラもククリも、もっと周りに頼りなさいっていうのよ……ああもうどいつもこいつもっ!」
文句を言いながらククリの力に抗うイコナは、うっすらと笑みを浮かべていた。




