第45話 純白の記憶
こうして、旅館へ向かって雪道を歩き始めた凪とサクラだったが……。
「くそ……これじゃ、進むのだけでも、精一杯だ……!」
降り積もる大雪にいちいち足を取られ、吹雪が行く手を遮るように強くなる。
周りを見れば、避難先を求める人々が神社へと向かったり、車中で吹雪が止むのも待っている者も多くいた。遠くの空では報道のヘリコプターらしきものが飛んでいたが、さすがにこの近くには来られないようだ。
「ふぇぇ~。う、上手く歩けないよぅ~」
「これは……やっぱ、先にククリを見つけて雪を止めなきゃダメか!」
雪と風に視界さえ奪われ、前に進むのも困難な状況に歯を食いしばる凪。
もしも沙夜の親友がこちらに向かっていたとしても、この状況で小学生の女子が到達出来るはずがない。だからこそ凪が迎えに行くしかなかったのだが、いくら体力のある凪でも、このまま進むのは不可能だ。
そこで、以前に旅をしたいと言ったときの月音の言葉を思い出す凪。
『……今までは、地元だったからよかったよ? だけど、知らない土地で何が起こるかわからないもん。凪ちゃんにも神様が視えるようになった以上、そっちの世界の問題だって降りかかってくるかもしれないんだよ。凪ちゃん、そういうことまで考えてる?』
今まさに、彼女が危惧した状況に陥っている。
イコナにも言われた。神の領域に踏み込むには覚悟が要るのだと。
凪は、自分がどれだけ甘い考えでいたのかを改めて思い知る。
ただ、それでも前に進むしかない。
すべてを乗り越えた先で、思い出の女の子の笑顔が待っていると信じて――!
「……あれ?」
小さな声を上げる凪。
自分が今、雪の上に倒れたことに当惑する。
体力はまだ残っている。なのに意識が切断されるように突如目の前が暗くなり、胸はざわざわと圧迫するような苦しさに襲われ、手足から力が抜けて崩れおちたのだ。
凪の身体は、青白い輝きに包まれている。
「ナギっ!? すごい神通力を持ってるナギまでどうして……あっ、そっか! あのお守りがあったから……!」
倒れた凪の傍に駆け寄ってくるサクラ。その瞳は動揺に揺れている。
「ナギ! サクラの声聞こえる!? 心をちゃんと保って!」
「ここ、ろ……」
「そうだよ! しっかりして! じゃないと、ククリの神通力にのみ込まれちゃう! ナギ! サクラの声きこえる!? ナギ、ナギ――――」
先ほどから、胸を締め付けるような感情が雪を通して凪の中へと流れ込んできている。そのたびに息苦しさが増し、周囲の音が消えて、頭の中がぐるぐるしていた。
『寒い、寒い……ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。どうか、みんな、ここから、逃げて……。もう、わたしのことは、放って、おいて……!』
ククリの感情が、直接凪の心に伝わってくる。
すると――凪の視界が突然雪のように真っ白になり、そこにぽつんとククリの姿が映った。まるで映画を観ているかのように、いくつかの場面が流れていく。
(……なんだ、これ?)
始めは、ククリが教室のような場所で表彰され、サクラ、イコナと共に笑っていた。
次の場面では、ククリがきゅっと口を結んで白姫神社の鳥居をくぐっていた。
さらに次の場面で、ククリが懸命に人々の願いに応えようと頑張っていた。
恋愛関係はもちろん、友人や仕事の関係まで、多くの人々が結ばれた。ククリへ感謝を伝えにきてくれた。神前式を開いてくれる者たちもいた。ククリはそれが嬉しかった。
『よかった……わたしにも、できるんだ……。前のククリヒメ様みたいに、わたしも、たくさんの人を、幸せにしたい……!』
ククリは笑っていた。神職たちも、氏子たちも、参拝者たちも笑っていた。すべて上手くいっていた。だから、それを見た凪も笑うことが出来た。
(そうか……これは、ククリの心の世界……!)
しかしあるとき、ククリが縁を結んだ者が〝独りになって〟戻ってきた。
その者が願ったのは――新たな良縁。新しい伴侶との出逢い。
一度縁を結んだ者が別れを経験し、新たな縁を望む。この世界に溢れている当たり前の出来事であり、同じような人々は昔から多くやってきた。
ククリは大変なショックを受けた。
自分が縁を結んだ人々が別れてしまったことに対してではない。
人々が別れたのは――自分の力が強すぎるせいだとわかったからだ。




