第44話 雪の孤島
祭りの時期にこの町へと戻ってきて、神社にもほど近いあの旅館に泊まっているのは決して偶然ではない。彼女もまた沙夜との再会を望みながら、沙夜に嫌われたことを怖れて連絡を取れずにいた。それでも、祭りでなら会えると思いやってきたのだろう。
沙夜と彼女との縁はまだ途切れていない。凪はそのことを強く確信した。だから上手くいくと思った。二人を引き合わせる場面をククリにも見てほしかった。
しかし、この天候で既に交通機関は麻痺しており、旅館近くからのバスも当然止まっている。さらには、スマートフォンなどの電波すらも乱れた神域によって遮断されており、神社の周囲は異質な『雪の孤島』と化していた。
「凪ちゃん、これからどうしよっか。まだお祭りは中止と決まったわけじゃないみたいだけど、このままじゃ沙夜ちゃんたちが……」
「うん、旅館からなら歩ける距離ではあるけど、さすがにこの雪じゃ小学生の女の子には厳しいな。何もしないで待ってるわけにもいかないし……よし、俺は旅館まで戻ってあの子を捜してみるよ。もしもこっちに向かってるなら途中で見つけられるはずだ。サクラはここでククリを探しておいてくれるか? 分かれた方が効率的だしな」
「うんっ、まかせて! サクラ、かくれんぼでククリ見つけるの得意だから~!」
「そうだね凪ちゃん。それじゃあお姉ちゃんも一緒……に……」
腋を締める可愛らしいガッツポーズで応えようとした月音。
だが――その身体がふらりと崩れるように倒れてしまう。
「! 月姉っ!?」
慌てて彼女を受け止めた凪。
「あ、あれれ? どうしたんだろう。ちょっとだけ、ふらついちゃった」
そう言う月音は足に力が入らないほど弱っており、頬は赤く、全身が火照ってしまっている。さらに、身体が不思議な青白い光に包まれていた。
「月姉、やっぱり体調が……って、なんだこの光っ」
「あう、きっとツキネもククリの神通力を受け過ぎちゃったんだ。この雪そのものがククリの力だからね、ふつうの人が長く触れるといろんな影響が出ちゃうことがあるのっ。ツキネは巫女さんだからだいじょうぶだと思ったんだけど、たぶん、寒さで身体がすこし弱ってたから……」
「それでみんなあんなに体調を崩してたのか……! 月姉、とにかく休もう」
「うんうんっ、しっかり休まないとダメ! ナギにはサクラがついてくから!」
慌てる凪とサクラ。それでも、月音はいつもの笑顔を保ったまま答える。
「だ、大丈夫だよ~凪ちゃん。サクラ様も大げさです。お姉ちゃん、ぜんぜん元気♪」
「元気なわけないだろ。いいから休んでてくれって。後は俺たちでやるから」
「ほ、本当に大丈夫だよ? ほら、お姉ちゃんは丈夫なのが取り柄なんだから! 心配ご無用! 凪ちゃんと一緒に行けるよっ、うんうん!」
改めてガッツポーズを取る月音に、サクラはホッと表情を緩ませて安心する。
しかし凪は違った。
「――やめてくれ、月姉」
発せられた凪の低い声に、月音の表情が凍りつく。
「ほんと、月姉はいつもそうだったな。俺が小さい頃から、いつも俺のためになんでもやろうとして、頑張りすぎてさ。風邪を引こうが怪我をしようがどれだけ疲れてようが、俺の前ではいつも笑ってて、次の日にはなんでもなかったみたいにまた俺の世話を焼こうとした。俺がどれだけ言っても聞こうとしなかった」
「……凪、ちゃん……」
「頼むから、もう無理はしないでくれ。もしも、月姉までいなくなったら……」
月音を抱える手に力がこもる凪。サクラはおろおろと戸惑っていた。
無言だった月音は……やがていつものようにふんわりと微笑み、凪の手を握った。
「ごめんなさい凪ちゃん!」
「おわっ。つ、月姉?」
「そうだよね、お姉ちゃん無理しないっ。ここで凪ちゃんを待ってます。でも旅館には戻らないよ。ここで凪ちゃんの帰りを待ちながら、ククリ様を捜してみる! それでククリ様を落ち着かせることが出来たら、天候も良くなるかもしれないもんね」
「だ、だけど月姉」
そこで、月音が人差し指でちょんと凪の口を塞いだ。
「ありがとっ。でも本当に大丈夫。ちょっとふらっとしただけだよ。何より、凪ちゃんを悲しませちゃうようなことはしないよ。だから無理しない。凪ちゃんは、あの子を迎えに行ってあげて。沙夜ちゃんも、きっとどこかで待ってるはずだよ! ね?」
月音はめいっぱいの笑顔で凪の背中を押す。
彼女はこういう女の子だ。そのことがよくわかっていたから、凪も少しだけ間を置いて、大きくうなずいて応える。
それから凪は、いつも持っている桜の刺繍のお守りを月音の手に握らせた。
「これ、月姉が持っててくれ。きっと守ってくれると思う」
「え? でも、これは凪ちゃんの大切なものだよ」
「だからだろ。月姉にしか預けられないからさ。絶対、返してくれよ」
そう言って笑う凪に、月音は何も言えずに呆然といた顔を向ける。
凪は、両手で気合いを入れるように自分の頬を叩いた。
「よし、行こうサクラ。俺たちも、自分に出来ることをやらないと!」
「うんっ! ツキネ、ほんとーにムリしないでねっ!」
「月姉はちゃんと休んでなよ。また無理したらいい加減マジで怒るからな!」
「は、はぁい! えへへ、でも叱ってくれる凪ちゃんも素敵だよ♥」
月音の軽口に凪は安堵し、そのままサクラと共に駆けていく。途中サクラが雪に転びかけたが、凪がサクラを支えて二人はまた進んでいく。そんな二人の背中を、月音は笑顔で見送った。
やがて一人きりになった月音は、手元のお守りを両手でそっと包み込む。
しんしんと降り積もっていく雪は、世界をさらに白く染めていた――。




