第43話 祭り当日
いよいよ翌日、祭り本番を迎えた凪たち。
ククリの神社で年に一度の例大祭が催されるその日は、昨日からの雨が今朝からはなんと雪へ変わっていた。昼過ぎには、すっかり地面を覆いつくすほどになる。
北陸とはいえ、五月にこんな異常気象が起こることは稀で、それもククリの神社を中心とする一部地域のみの特異現象であったため、テレビの緊急ニュースで全国に流れるほどだ。神社でも、多くの神職や氏子たちが天候の心配をしながら動いている。
当然、その雪と寒さは凪たちにも大いに影響を及ぼす。
「はふぅ……冷えるねぇ凪ちゃん。大丈夫? お姉ちゃんの人肌であったまる?」
「俺は平気だよ。月姉こそタイツはいてるけどスカートだし、朝から風邪気味っぽいんだろ? 無理せず休んでなって」
「んふふ、このくらいでへこたれてられませんよ。だってだって、今晩こそ凪ちゃんと一緒にたくさん温泉入るんだから~♥」
「入らんて。ま、それくらいの元気があるなら安心か。ほら、月姉も飲みなよ」
境内でホットカフェオレの缶を開け、ホッと一息つく凪。昨日のうちに帽子や手袋、カイロなどの簡易防寒具を用意しており、今はそれらが存分に役立っていた。
現在は祭りを始めるための準備中で、本来ならもうすぐ祭りが始まる時間であったが、さすがにこの雪と寒さで体調を崩す神職、氏子たちが多く、開始時間が延長されることが決まっていた。これには神職や舞を奉納する『舞女』たちも動揺していたが、それでも皆、お互いを支え合いながら支度を進めている。それはすべては、祭神のため。
さらに問題は続く。
「うわ~んダメ~! ククリ、やっぱりどこにもいないよ~~~!」
「おかえりサクラ。俺たちもまだ見かけてないよ。どこ行ったんだろうな……」
パタパタと駆け寄ってきたのはサクラ。
なんと、今朝から祭神たるククリの姿がどこにも見当たらなかった。凪たちは宮司に話を聞いてそのことを知り、手伝いをしながら捜索を続けていたのである。
ただ凪には、彼女が姿をくらました理由の想像がついた。
例大祭は祭神のための祭り。一年で最も重要な祭祀と云われる。そんな大切な祭りだからこそ、ククリは今の自分を祭られることが心苦しかったのではないか、と。
「ククリ様、やっぱり落ち込んじゃってるのかな? 雪もすごいし、お祭りどうなっちゃうんだろう……けほっ」
「うう~、昨日、サクラがちゃんとお話聞けてたらよかったのに~!」
「サクラのせいじゃないって。けど心配だよなぁ……あ、どうもお疲れ様です!」
三人が悩んでいると、四十歳程度の恰幅の良い男性が「よっ」と声を掛けてきた。彼は氏子総代の一人で、凪と月音の手伝いを受け入れてくれた人物である。
「おう兄ちゃん姉ちゃん、朝から手伝いお疲れさん! しっかしすげぇ雪だよなぁ。どうも、このままじゃ祭りが中止になる可能性があるらしいぜ。参ったよなぁ」
「やっぱりそうですか。さすがにこれじゃ近所の人すら来られないですしね」
「そうなんだよなぁ、スマホすら通じねぇなんて前代未聞だぜ。ま、オレらは今回もククリヒメ様を信じて待つだけよ。こういうときゃ水の神に任せな! ワハハ!」
笑いながら凪の背中をバンバン叩いてくる男。凪はそこで疑問を投げかけた。
「えっと、今回もってどういうことですか?」
すると、男は「ん?」と不思議そうに目を見開いた。
「ああ、お前さんたちは余所から来たから知らねぇか! いやな、オレがガキの頃にもこういうことがあったのよ。夏前だってのにすげぇ雪が降ってなぁ。ほれ、あっちに白山の伏流水を使った禊場があんだろ。あそこでオレら若い衆が『エーイ』と水行をしてククリヒメ様に捧げてなぁ。そしたら嘘みたいに止んじまったのよ! さっすがククリヒメ様だってことで、定番の信仰話になってんのさ!」
「へぇ~すごいね凪ちゃん! あっ、それじゃあ今回も禊ぎを……って、さすがにこの寒さだと無理ですよねぇ」
「ワハハハ! 姉ちゃんくらい美人さんの禊ぎは見物だがそりゃ無理だな! ま、中止になるときゃまた連絡に来るわ。準備も済んだし、お前さんたちも休んでな!」
それだけ言って、ひらひらを手を振って去っていく男。
「中止か……せっかく沙夜ちゃんが友達と会えるチャンスなのに、このままじゃマズいな。サクラ、ククリの神通力を追うこととかって出来ないかな?」
「うう~ごめんね、雪がいっぱいで無理なの。この雪自体がククリの神通力だから」
舞い落ちる雪を手に乗せるサクラ。顕現神である彼女はあまり寒さは感じないらしく、普段の格好でも問題はないようだった。
「この雪にはね、ククリの不安な神通力がこもってる。きっと一人でさみしがってるよ。ククリね、昔からそうだったのっ。何かあると一人でどこかに隠れちゃって、自分の気持ちをあんまり言わない子なの。だからきっと、今も辛い気持ちをかかえてるよ!」
「そっか……なんとか一度ククリと話がしたいな。けど見つけられない以上はどうしようもないし、沙夜ちゃんの件もあるからな。さて、どうするべきか……」
なかなか想定通りにはいかない展開を危惧する凪。
昨日は、サクラのおかげで沙夜の親友の子のところまで無事に辿り着くことができたのだが――結局、凪たちが彼女と話すことはなかった。
というのも、なんとその子がいたのは引っ越し先の関東ではなく、この町にある老舗の旅館。それも凪と月音が泊まっているのと同じ宿だったからだ。




