第42話 いまどきのJS
およそ十分後。まだ冷たい雨が振り続けている外とは違い、暖かな店内で少女から話を聞いた凪たちは、既におおよその事情を理解していた。
「なるほど、そういう事情があったのか。ありがとう沙夜ちゃん。話してくれて」
「そっかぁ。沙夜ちゃんはそれで毎日お参りに来てたんだね。偉い偉いよ~」
「くすぐったいよ、お姉ちゃん」
もうすっかり打ち解けていた三人。その姿を見て女性の店員が笑っていた。
特に月音は少女――沙夜を妹のように可愛がって頭を撫でたり抱きついたりして、おはぎを食べようとしていた沙夜は困ったように眉をひそめる。幼いながらによく整った顔立ちの沙夜は、小学生にしては大人びた雰囲気を持つ女の子だった。
「てゆーか、お兄ちゃんもお姉ちゃんもおせっかいだね。せっかく恋人どーしで遊びにきてるんだから、サヤなんてほうっておいて二人だけでデートしてればいいのに」
「えっ!? な、ななな凪ちゃんと私、恋人同士に見えるかな!?」
「え? ちがうの?」
キョトンとする沙夜に説明をしようとする凪だが、そこへ月音が素早く割り込む。
「うぅん違わないよそうなのっ! 高校生のラブラブ新婚カップルで、イチャイチャハネムーン旅行中なんだよ~~~♥」
「おいこら月姉! カップルが新婚になってんぞ! そもそも俺まだ結婚出来る歳じゃないし!? 小学生の子に堂々とウソ教えないでよ!」
「でへへへへ~♥ そっかぁやっぱり恋人同士に見えるんだぁ~♥ 沙夜ちゃん素直なイイ子だから、食べたい物があったら何でも注文していいからね~」
「あーダメだスイッチ入ってる。ごめん沙夜ちゃん、ただの従姉妹だよ」
「そ、そうなんだ……ぷっ、あはは。変な人たち!」
最初こそ警戒していたものの、ようやく笑ってくれた沙夜に安心する凪。後ろでサクラが「サクラも食べたいものいっぱいあるのにずるい~!」と軽く拗ねていた。
沙夜はこの辺りに暮らす地元の小学四年生で、親友の少女と毎年のようにククリの神社の例大祭を楽しんでいたらしい。
だが、今年に入ってから突然に親友の引っ越しが決まり、祭りも一緒に行けなくなってしまったショックから沙夜は親友と大ゲンカ。仲直りする間もなく親友はいなくなってしまったとのこと。関東のどこかに引っ越したということくらいしかわからず、連絡先も知らないため、謝りたくても謝れないとのことだった。
だから沙夜は、せめてもう一度だけでも会いたいと、そのためにゴールデンウィークにも足繁く神社へ通い続けているのだという。唯一再会出来る場所があるとすれば、それは毎年一緒に行っていた例大祭だと思ったからだ。
そして――祭りはいよいよ明日に迫っている。
当然ながら、親友の子が来てくれる保証などない。
その話を聞いた凪たちは、沙夜のことをなんとかしたいと考えた。ククリは沙夜が毎日お参りに来ていることを知っていたし、祭りを成功させるためにもこれは大事なことだと感じたからだ。
凪が尋ねてみる。
「あのさ、沙夜ちゃん。今からでも、親友の子の連絡先を調べることは出来ないかな。ほら、例えば学校で訊いてみるとか」
すると、沙夜は湯気の昇る加賀棒茶をすすってから素っ気なく答えた。
「ムリだよ。ケンカの後でスマホのデータ全部消したし、ジョーホー社会の今は学校でもそういうのって教えてもらえないんだよ。それにサヤ、もうきらわれてるからいいよ」
凪たちが「え?」と驚くと、沙夜は平然と続ける。
「トーゼンでしょ。だってサヤの方からキレたんだし、あっちから連絡来たことないし。そーゆーことだよ。もうトモダチなんて思われてないから、あっちも向こうで新しいトモダチいっぱい作ってるよ。いまどきの女子小学生はドライなの」
話の合間におはぎを食べながら、沙夜は静かな顔で子供らしからぬことを語った。
「いいの、別に。会えないってわかってるし。サヤがバカなことしたせいだもん。でも、ひめさまならなんとかしてくれるかもってママが言ったから、いちおう来てるだけ。もうあきらめてるんだから、心配しなくていいよ」
幼くもどこか達観したような沙夜に、凪と月音は掛ける言葉を失う。彼女が本気でそう言っているようには見えないが、簡単に口を挟んでいいような問題にも思えなかったからだ。沙夜には姿が見えないサクラもおろおろしっぱなしだ。
そのうちに、沙夜は「ごちそうさまでした」と手を合わせて立ち上がる。
「そろそろママが迎えに来てくれるから、もう帰るね。お兄ちゃんとお姉ちゃんは、明日のお祭り来るの?」
「え? ああ、そのつもりだよ」
「沙夜ちゃんも行くんだよね。あ、もし時間が合えば、明日は一緒に遊ぼっか!」
「しかたないなぁ、いいよ。今日のお礼もしなきゃだし。じゃあね、ありがと」
沙夜はそのままひらひらと手を振って店を出ていき、再び三人が残される。
そこで会話を遠慮していたサクラが勢いよく口を開く。
「ねぇねぇナギっ! あのね、サクラたちであの子の友達――」
「連れてこられないかな、だろ?」
「連れてこら――え? ど、どうしてわかったの~~~っ?」
先読みした凪の発言にびっくりするサクラ。
そこに月音が続く。
「サクラ様の考えることなんてすーぐわかります! それに、やっぱり二人が仲直り出来たら嬉しいよね。沙夜ちゃんを気に掛けてたククリ様も、きっと喜んでくれるよ~」
「うんうんっ! サクラもそう思ってたの! ツキネすごい!」
「俺も同じ考えだよ。それに、沙夜ちゃんはなんとなく昔の俺に似てるっていうか、無理をして強がってるように見える。それってさ、自分の弱い心を必死にごまかしてる状態なんだよ。俺にはその辛さがよくわかる。だから、俺があの子に――みんなに助けてもらったみたいに、俺も沙夜ちゃんの助けになりたいんだ」
凪の言葉に、サクラも月音も大きくうなずく。三人とも気持ちは同じだった。
しかし、それを実行するには大きな問題がある。
「だけど沙夜ちゃん、お友達の引っ越し先も知らないって言ってたよね? そのうえ期限は明日までだから……う~ん、どうしよう。とにかく時間がないよ~!」
月音の発言に凪も「そうだよなぁ」と頭を悩ませる。なにせ時間もなければお金もない。それに親友の子が沙夜をどう思っているかわからない以上、会えたとしても説得して連れてくることは難しい。
そこでサクラが「ハイッ!」と大きく手を上げた。
「だいじょうぶですっ! あの子の縁はち~ゃんと見たから、今のサクラでも、繋がってる相手の場所くらいまでは縁をたどれるよ!」
「え? サクラそんなこと出来るのか!? すごいじゃないか!」
「サクラ様すごいです! たまには神様らしいこともできるんですね!」
「えっへん! もっとほめてほめて~~~!」
鼻高々に胸を張るサクラ。
「あ……だけど相手の居場所がわかっても、今から迎えに行くのは難しいかも。沙夜ちゃん、お友達は関東に引っ越したって言ってたから……距離が……」
月音の発言に凪も「あっ」と気付いて声を上げる。
今から関東に行き、ここまで戻ってくるにはかなりの時間が必要だろう。
だが、サクラはそれでも余裕綽々な態度を保ったままだった。
「安心して! サヤちゃんのお友達、けっこー近くにいるみたいだよ?」
「「え?」」
にへっと破顔するサクラに、凪と月音は顔を見合わせた。




