第40話 子どもの頃
――それは、凪が天乃湯神社に引き取られる前のこと。
この頃は家族と関東圏で暮らしていた凪だったが、毎年の夏休みには家族揃って親戚である月音の家へ遊びに行くのが恒例だった。そこで凪は月音と知り合い、他にも友達を作り、一緒に遊んでいた。特に夏祭りが一番の楽しみだった。
「あ! 夏祭り楽しいよね! サクラも好き! 食べ物いっぱいあるよねっ!」
「あはは。五年前のその年はさ、妹に祭りで好きなもの買ってやるって約束してたんだよ。妹はわたあめがいいってすごく楽しみにしてて、浴衣も新しく用意してた。あいつが御朱印に興味を持ったのも、そこからなんだ」
「シホちゃんのことだよねっ? この前ハツネが言ってた!」
「うん。でも俺は友達と行きたくて、妹も一緒になんて恥ずかしかったから、連れていくのをやめたんだ。強引についてこようとして転んで、めちゃくちゃ拗ねてさ。帰りにわたがし買ってきてやるからって言っても一緒に行くって聞かなくて、結局置いていった。俺は――汐との約束を破ったんだ」
どこか遠い目をして湯飲みに触れる凪を、サクラはじっと見つめていた。
「俺はその後のことを見ていないけど、父さんと母さんが代わりに妹を祭りに連れていこうとしてくれてたみたいでさ、でも妹はそれを拒否して、俺を追いかけて道路に飛び出した。父さんと母さんは妹を守るために……それでもう、三人とは会えなくなった」
「……ナギは、それでツキネのところに来たんだね」
うなずく凪。
今でも当時のことを思い出すと身がすくむ。サクラはそれをわかっているのか、凪の手を握っていてくれた。おかげで心が安まっていく。
今の自分は――独りじゃない。
凪は呼吸を整え、温かいお茶を飲んでから続きを話した。
「それから、月姉のところに来てもしばらくはふさぎ込んでたよ。その頃は月姉ともまったく話なんてしなくて、俺のために家事や料理を覚えてくれて、レシピを増やして、毎日いろんな物を作ってくれたのに……美味しいともなんとも言わずに無視してさ。ああ、今思うとほんと罰当たりだよなぁ」
「ふぇ~……ナギが? なんだか信じられないよ!」
「はは。そんなしょうもない子供だったからさ、学校でも友達なんていなくて、ずっと独りで過ごしてた。その次の年の天乃湯神社の夏祭りで……あの子に会ったんだ」
「あっ。その子がナギの会いたい子なんだね!」
うなずく。今でも彼女の笑顔はまぶたの裏にあった。
「あの子は言ってた。別れがあっても、必ずまた出逢いがある。どんな人とだって縁は結べる。縁は途切れないって。俺は、その言葉で立ち直れた。自分を守ってくれる人がいることに気付いて、月姉ともちゃんと向き合うことが出来るようになったんだ」
「縁は……途切れない……」
サクラは、その言葉を反芻するようにつぶやいた。
「そう。だからきっと、俺とあの子の縁もまだ続いてるはずなんだ。それから汐が御朱印集めを始めていたことを思い出してさ、あの子と会えるように願って、俺も御朱印を集めるようになったんだよ。サクラに会えたのもこれがきっかけってわけ」
「そうなんだ……すごくステキな人なんだね! サクラ、その子がうらやましいっ! だって、そんなにナギに想ってもらえてるなんて幸せだよ~!」
「はは。でも、俺が今でも頑張れてるのはサクラのおかげでもあるんだぞ」
「え? サクラの?」
こてんと首をかしげて自分を指差すサクラに、凪はうなずく。
「ああ。サクラに出逢えたから進むべき道が見えた。だから感謝してる。サクラが俺を手伝ってくれるように、俺もサクラの力になりたい。あとさ、サクラの笑顔ってなんとなくあの人に似てる気がするんだよなぁ……ん、それにしてもこのおはぎ美味いな!」
照れくささからなのか、凪は急に話を切っておはぎの感想をつぶやく。




