第38話 期待しないで
凪たちは困惑し、サクラは信じられないといったように驚愕していた。
「ククリ? ど、どうしてそんなこと言うの? 何があったのっ?」
「サクちゃん……わたし……」
すがるようにサクラへと抱きつくククリ。
「わたし……学校を卒業して、ここの祭神になって……がんばろうって、思ったけど……。でも、うまく、いかなくて……。失敗、ばかりして……。何の、役にも立てなくて……。だから……もう、みんなに、呆れられてるの……」
ククリは、本をぎゅっと強く抱えてつぶやく。
「そ、そんなことないよククリ! みんな、ククリに会いたくてくるんだよ? それって、ククリがすごいってことだよ! だから――」
「違うのっ!」
必死に励ますサクラに、ククリは大きな声で否定した。
それから、ふるふると弱々しく首を横に振る。
「ちがう、の……。それは、わたしの前の『ククリヒメ』が、すごかったから……。わたしは、なにもできなくて、いつも、本に逃げてばかり……。なのに、みんな、わたしに優しくしてくれて……。わたしを信じて、お参りにきてくれて……。お祭りだって、してくれるのに…………わたしは、わたしには、力がないから、なにも、してあげられない。それが、こわくて、つらくて……寒くて……」
「ククリ……」
「毎日お参りに来てくれる女の子だっているのに……わたしは、何も……もう、やだよ。こわくて……寒い、寒い……寒いよ……」
ククリはサクラにしがみついたまま、声を震わせながら言う。
「わたしは……すごい神様なんかじゃ、ない。臆病で、弱くて……学校でも、落ちこぼれで。サクちゃんやイコちゃんたちが、助けてくれた、から……。わたしは、何も出来ないの……! だから、だから……」
小さな背中がさらに縮こまり、弱々しく漏れる嗚咽が物悲しげに響く。
「もう、やめて。期待しないで。持ち上げないで。わたしに、お願いしないで……!」
絞り出されるような声は、しとしとと降り始めた冷たい雨にかき消される。
「こわくて……わたしには、出来ません……出来ない、の、です……! こわい、こわい、寒い、寒いの……! サクちゃん……たす、けて……!」
そのとき、暗いもやのようなものがククリの身体を包みこむのを凪は見た。
さらにククリの胸元――そこに浮かび上がっているククリの『神紋』が、ぐにゃぐにゃと奇妙に動き始め、形を変えようとしている。
「――ダメっ!!」
サクラが、叫んだ。
「ダメだよククリ! 〝それ〟だけはダメっ!!」
「……サク、ちゃん……?」
サクラはククリのことを強く抱きしめて声を上げる。
「ククリは悪くないよ! ちょっぴりこわがりかもしれないけど、やさしくて、いつもみんなのためにがんばってるすごい神様だよ! そんなククリが自分を責めちゃダメ! ダメなの! ククリはずっと、ククリのままでいて!」
懇願するように、頭をククリの胸元に押しつけるサクラ。
その必死な説得に、ククリは一瞬だけ表情を和らげたが――
「――っ! は、離れてっ!!」
突然顔色を変えると、思いきりサクラを突き飛ばした。凪と月音が慌ててサクラの元へ駆け寄る。
サクラが呆然と顔を上げると、ククリを覆う暗い光が強まっている。
ククリは自分の身を抑えるように抱えこみ、言った。
「もう……ダメなの。神通力が、勝手に、膨れあがるようになって……。わたしは、わたしは……物語の中みたいに、うまく、できないの……っ。だから、やっぱり……わたしのことは、構わない、でっ」
「ク、ククリ? でもサクラ――」
「帰ってっ! いますぐここを離れて! このままじゃ、きっと、みんな…………だから、もう、わたしのことなんて――忘れてっ!!」
叫んだククリが素早く拍手を打つと、彼女の身体は水滴が弾けたかように霧散して消えてしまった。
「待って! ククリっ! …………ククリ」
虚空に手を伸ばしたまま、雨に濡れて立ち尽くすサクラ。
雨は勢いを増し、雲の向こうから雷の音まで聞こえ始める。参拝客らは傘を広げ、足早に神社を後にしていった。
サクラはゆっくり歩き出し、ククリが落としていった水濡れの本を拾う。
本のタイトルは――『しろいまち』。永遠に降り止まない雪の世界で、離ればなれになった少年と少女が、再会を願って困難を乗り越えるファンタジー小説だ。
「……ナギ。ツキネ。おねがいがあるの」
サクラが振り返り、真剣な顔で二人を見つめる。
「サクラ、ククリを助けたい。このままじゃダメなの! どうしても助けたいのっ! このままじゃククリは……ずっとひとりぼっちになっちゃう!」
大雨の中で、サクラの瞳は決意の光を宿していた。
「だから……御朱印のことは後回しになっちゃうけど、ククリを助けるのを手伝ってください! きっと、サクラだけじゃ、何も、できないから……おねがいしますっ!」
大きく頭を下げるサクラ。その長い髪が揺れ、鈴の音が響く。
凪と月音はアイコンタクトを取り、それから微笑する。
「そんなの当たり前だろ、サクラ」
「え?」
「俺たちだって同じ気持ちだよ。今のククリから『神朱印』をいただくことなんて出来ないし、何よりもあんな状態のククリを放っておけない。そうだろ月姉」
「うんっ。昔から神様のお世話は私たち神職のお役目だからね。あ、でもサクラ様のためじゃないですよ? お姉ちゃんは、凪ちゃんの力になりたいだけですから!」
「……ナギ……ツキネぇ……」
サクラは今にも泣きそうにうるうると大きな瞳を潤ませて、それから両手を広げて凪と月音へ同時に抱きついてくる。
「ありがと~~~! やっぱりナギもツキネも大好き! 一緒にがんばろーね!」
「そうだな。だけどここじゃ濡れるから、どっかに避難して作戦会議でもしよう」
「もう~っ! だから私はサクラ様のこと好きじゃないですからね~~~!」




