第37話 ククリヒメ
凪と月音はまずククリに自己紹介をして、サクラと共に御朱印巡りの旅をしていること、イコナに紹介されてこの神社を訪れた経緯なども説明した。
「そ、そうだったのですね。わたしは、此所の祭神である『菊理媛命』と申します、ので。みなさまには、『ククリ』とも、『ヒメ』とも呼んでいただいていて……その、わたしなんて、ご遠慮なく、なんでもお好きにお呼びください……なので」
「それじゃあククリって呼んでいいのかな。よろしくお願いします」
「は、はいこちらこそっ」
凪が頭を下げると、顕現神であるククリもペコリとお辞儀をしてくれる。
その際に揺れたククリの長い髪は銀雪のように綺麗な色をしており、そこにくるくるとリボンが巻き付けられている。サクラやイコナと同じように肩や腋の開いた和装の『神御衣』を着用しているが、ククリのものは袴が少し長めで、腰骨の辺りに大きなスリットが入っていたりと、多少の変化が見られる。寒がりなのか、色んな場所にほかほかのカイロが隠されているようである。
身長はサクラよりも高いが、モデル体型のイコナよりは小柄。容貌は幼く、儚げな雰囲気を纏う。美しいガラスのような瞳は目尻が凜々しく上がっているものの、その腰の低さとおどおどした仕草、サクラの影に隠れて挨拶をするところからも控えめな性格が見てとれた。一方で、月音にも匹敵するほど見事な主張の胸元が大変なギャップとなっており、『神御衣』の横から覗く柔肌は大変に色っぽい。
「あっ! 凪ちゃんククリ様のおっぱい見てる! 腋のところから見てる!」
「ぶっ!? ちょ、何言ってるのさ月姉! み、みみみ見てないってぇ!」
突然の指摘に挙動不審になる凪。
ククリは胸を抑えながら赤面し、またサクラの影に隠れてしまった。長めの前髪によって瞳さえも隠れてしまう。
「あ、あんまり、見ないでっ、く、くださひ……」
「凪ちゃん! 神様に失礼なことしちゃダメだよっ! 見るならお姉ちゃんのにしよっ? 私の方が大きいし、触ればきっと気持ち良いよ!」
「月姉こそ神様の前で何言ってんの!? ククリ様ホントに見てないですから!」
「あはは、だいじょうぶだよ~ククリ。二人ともすっごくやさしくていい人なんだよ。だって、イコナが『神朱印』をくれたくらいだもん!」
「え? イコちゃんが……『神朱印』を……っ?」
神聖な場所でしょうもないやりとりを繰り広げる凪と月音。
ククリは、しばらく不思議なモノを見るように目をパチクリさせていた。
それから一同は場所を変え、境内端のご神木近くにあったベンチに並んで腰掛けた。大勢の参拝客がひっきりなしにやってくるのがよく見える場所である。たまにククリの方を見て頭を下げていく神職もおり、どうやらこの神社には何人かククリの姿を視ることの出来る者がいるようだった。
しかしここでも変わらずサクラの影に隠れていたククリは、凪たちの話をじっと聞きながら、どこか悲痛そうな面持ちで読みかけの本を抱えていた。
そんな彼女に、説明を終えたサクラが言う。
「――だからねっ、ククリにも協力してほしいなって! ククリにも『神朱印』をもらえたら、きっとナギもずいぶん神通力を扱えるようになるよっ!」
「……そう、なんだね。うん。わかったよ、サクちゃん……」
「ほんとククリっ? ありがとー!」
「でも……ごめんなさい。神朱印は……お渡し、できません……ので……」
「「「えっ?」」」
思わぬ返答に唖然とする凪たち。
ククリは申し訳なさそうにしゅんとうつむき、弱々しい声で続けた。
「せっかくお越しいただいたのに……本当に、ごめんなさい……。でも……わたしはもう、神通力を使うことも、縁結びを、することも、したく、ない、ので……」
今にも消え入りそうな、そよ風にも運ばれてしまいそうなその言葉。
ただならぬ様子の彼女に、凪たちはそれぞれ顔を見合わせる。
サクラは心配そうに寄り添った。
「ククリ、やっぱり何かあったの? ククリの力が弱まってるのは、そのせい? サクラに出来ることある? 悩みごとなら一緒に考えよっ! ククリが元気じゃないと、みんなも明日のお祭りを楽しめないよ!」
「サクちゃん……お祭りだって、知ってて……?」
「えへへ、イコナが教えてくれたんだけどね。学校でサクラが困ってたときは、いつもククリが心配してくれたから、サクラもククリのこと助けたいの!」
「サクちゃん……うぅ……」
サクラは明るく微笑んでククリの手を握った。おそらくは、不安そうなククリを少しでも楽にしてあげられるようにと。
それには凪と月音も続く。
「何か悩み事があるなら俺たちも協力するよ。あまり役には立たないかもだけどさ」
「ククリ様。お困りでしたらなんでも仰ってください。私たちがククリ様とお話出来るのも、きっと何かの縁ですから。ね、凪ちゃん」
「ナギさん……ツキネさん……」
「二人の言うとおりだよ、ククリ! それにククリは学校での成績もすごかったよねっ! きっとすごい神様になってるだろうなって思ったの!」
すべてを照らすようなサクラの笑顔に、ククリはきゅっと胸元を押さえた。
「……ちがう、ちがうの、サクちゃん…………」
絞り出すような声。
ククリは苦しそうにぼそりと言葉を漏らす。
「わたしは…………みんなに、慕われるような神じゃ、ないので…………」
「「「……え?」」」




