第36話 隠れる神さま
凪と月音が疑問に思いながら近づくと、サクラは一人の幼い少女を見つめていた。
「――ひめさまひめさま。しらひめさま。今日はおこづかいで絵馬もホーノーしました。どうかおねがいを叶えてください。また明日もきます!」
背筋を伸ばした少女はパンパンと熱心に手を叩き、礼儀正しく絵馬にまでお辞儀をして、キラキラした眩しい瞳で駆けていった。
凪は少女の背中を見送りながらサクラに近づく。
「サクラ、今の子は?」
「あ、うんっ。あのね、毎日お参りにきてる子みたい。えらいなぁって思って!」
「へぇ~、あんなに小さな子が熱心だなぁ。たぶん地元の小学生だよな」
「ゴールデンウィークなのに感心だね~。やっぱり縁結びのお願いをしてたのかな。今時は、小学生くらいの子でも彼氏さんとかいるもんね」
「そうなの月姉!? すごいな今の子って……。サクラ? まだ何か気になるのか?」
いつもならすぐ二人の間に割り込んでくるサクラが、まだじっと絵馬の方を見つめており、それからキョロキョロと周囲に目を巡らせていた。
「う~ん……あのね、こんなにたくさんの人がお参りに来てくれてて、毎日来てくれる女の子までいるのにね、なんだか、ククリの力がとっても弱くなってる気がするの」
「「え?」」
「神社のまわりがぼや~ってしててね、神通力もあんまり感じないの。この辺りの天気が不安定なのも、そのせいだと思う。祭神の力はね、神社のまわりにも大きく影響するの! ってイコナが言ってたことある!」
予想もしなかった言葉に困惑する凪と月音。
サクラにはその異常が見えているらしいが、凪にも月音にも視認出来ない。どうやらサクラにも詳しいことはわからないようで、むずがゆそうな顔をしていた。
「うぅ~ん……サクラじゃよくわからないから、一度ククリに会わなきゃ!」
「なるほど……わかったよサクラ。それじゃあククリ様を捜そうか」
こうして凪たちは祭りの準備に忙しい境内を歩き回ったが、目的の祭神様はなかなか見つからない。サクラいわく、彼女は昔からかくれんぼが抜群に上手かったらしい。
そして、探索開始からおよそ一時間後。
「――あっ! ククリ見つけましたぁ~~~~~~っ!」
サクラの声を聞いて駆けつけた凪と月音は、その場で驚きに目を見開いた。
なにせ、ようやく見つけた可憐な少女の姿をした神様は、本殿の裏という暗闇で膝を抱えて丸まっており、しかも折れた枝葉を使って自然に擬態している本格ぶりである。その姿はまるでレンジャー。かくれんぼが上手いというレベルではなかった。
「ククリ~~~会いに来たよ~~~~!」
「ぴゃっ!? ど、どどどどどなたですか!?」
両手を広げながら駆け出したサクラが、しゃがみ込んでいた彼女へと覆い被さるように抱きつく。その勢いで擬態用の枝葉がすべて吹き飛び、彼女が持っていたらしい大漁の使い捨てカイロがバサバサと音を当てて落ちた。
「ひゃわぁああぁあぁあ~~~~! ごめんなさいごめんなさいお仕事が上手くいかないからってこっそり読書しちゃってごめんなさい食べないでくださぁい!」
抱きつかれた方はいきなりのことに仰天して悲鳴を上げ、混乱から持っていた本を手放し、小動物のように震えながらサクラの顔を見て、ようやく動きが止まった。
何度もまばたきをして、ゆっくりと口を開く。
「…………え? サク……ちゃん…………?」
「うんっ! ひさしぶりだねククリ! 会いたかったよ~~~!」
笑顔で頬ずりをし、そのまま頬にキスをするサクラ。しゃがみ込んで暗い顔をしていたククリは、やがて安堵したように表情を明るくし、サクラと手を取り合った。
「サクちゃん……ほんとに、サクちゃんだ……サクちゃぁん……っ! うん、ひ、ひさしぶり、だね? わたしも、と、とっても会いたかった……のでっ!」
喜びを分かち合うようにぴょんぴょんと飛び跳ねる二人。ククリの特徴的な呼び方からしても、二人の仲の良さが凪たちにもよく伝わった。
「えへへ、いっぱいさがしちゃったよ~! こんなところにいたんだねっ!」
「ご、ごめんねサクちゃん。でも、どうしてここに……。それに……その、姿は……」
「えーっとね、話すとちょっと長いの。とりあえずこっち! きてきて! まずは紹介したい人たちがいるの!」
「紹介……したい、人……?」
不安そうに表情をこわばらせたククリの視線が凪と月音へ移る。
二人が丁寧に頭を下げると、ククリは怯えたようにサクラの影に隠れたが、そこからおずおずと顔を出し、小さく頭を下げた。そしてみんなでククリのカイロを拾った。




