第32話 家族は迷惑をかけるものです!
「ん? つ、月姉? どうしたの?」
「サクラ様の言うとおりだよ、凪ちゃん。私たち、とっくに本当の家族です!」
満面の笑みを浮かべる月音。それに両親の二人も続いた。
「やれやれ。まーだそんな他人行儀なことを考えてたのか、凪。オレは最初っからお前を本当の息子だと思って育ててきたぞ。じゃなきゃ修行なんてつけてやらんし、大事な娘を預けるはずがない。――ん? 娘を息子に預けるっておかしいか? HAHAHA!」
「お母さんも同じ気持ちだよ。凪ちゃんはこの家の一員で、私たちの大切な家族です。だから……もうそんなことは言わないで。もしも私たちのために神社を継ごうなんて考えてるなら、それはいけません。凪ちゃんは、もっと自分のために生きてほしいの。凪ちゃんのご両親も……汐ちゃんも、そう思っているはずだよ」
「朔太郎さん……初音さん……」
朔太郎はニッと悪ガキのように笑い、初音は温かい笑みでそう言ってくれた。
最後に月音が言う。
「ずっとわかってたよ。凪ちゃんは優しいから、いつも私たちのことを気遣って、どこかで線を引いてた。お姉ちゃんはその線を越えたくて、いろいろしてきたつもりだったけど、それが逆に凪ちゃんを追い詰めちゃってたかな? だとしたらごめんね、凪ちゃん」
「月音……や、そんな、違うって! 俺はただみんなに迷惑かけたくなくて――」
慌てて立ち上がる凪。
月音はふるふると首を横に振って笑う。
「家族は迷惑をかけるものです!」
「え――」
「お姉ちゃんは凪ちゃんにたくさん迷惑かけてるし、これからもかけるよ。だから、凪ちゃんもお姉ちゃんにい~っぱい迷惑かけて、甘えてください! お互いに支えるのが家族なんだから、それでいいの。ねっ?」
「……月姉」
「ふふっ、お姉ちゃんの包容力に惚れ直したでしょう! お姉ちゃんならいつだって告白を受け入れてあげるからねっ。この大きな胸に飛び込んできなさーい!」
両手を広げて、凪を迎え入れるようなポーズを取る月音。それを見て朔太郎と初音も揃って笑った。
「みんな……」
凪は、大きな間違いに気付いた。
三人は、親戚だから自分を受け入れてくれたのだと思っていた。特に六年前の凪は他人の気持ちを考える余裕などなく、自分がこの家に迎えられたのも義務的な理由なのだと、どこかでそう感じていた。そんな気持ちのまま、今までやってきてしまった。
三人が本心から自分を受け入れてくれていることは、わかっていたはずなのに。
三人の気持ちが本物であることを、ちゃんと知っていたはずなのに。
それを受け入れる勇気がなかった。
迷惑をかけてもいいのだと気づけなかった。
距離を置くことが自然であり、当たり前だと思い込んでいた。それが月音たちを傷つけているとわからなかった。
「……あーっ! 何やってんだ俺は! ごめん月姉! 朔太郎さんと初音さんも、すみませんでした!」
ゴン、とテーブルにぶつかる勢いで頭を下げる凪。三人は驚いたように大きく目を開いて凪を見た。
凪は頭を上げ、自分の頬を両手でパンと叩く。その額はちょっぴり赤くなっていた。
「よし! 月姉の言うとおり、これからはもっと迷惑かけるようにします! って口にするとなんか失礼だけど! あと、月姉は俺にかける迷惑をもう少し考えてくれると助かるかな。特に学校ではね。言っとくけど、一部では結婚秒読みとか言われてるんだぞ!」
重くなっていた空気を晴らすようにあえておどけてみた凪に、月音はパァッと顔を明るくして嬉しそうに抱きつく。
「だー月姉くっついてこないで! ――あっ、それから朔太郎さんと初音さんの呼び方は、もうちょっと今のままでいい……かな? そのかわりじゃないけど、敬語はちょっとずつやめようかなと。家族だし、そっちの方が自然だよね」
凪がまだ慣れない話し方でそう言うと、両親は揃って満足そうに破顔してくれた。
そのとき凪は、自分がようやくこの家の本当の一員になれたように感じた。
サクラが笑う。
「すごいね! とってもキラキラしてる! ナギとツキネたちの間には、ちゃんとキレイな家族の縁があるんだよ! サクラにはわかるの。とってもいい家族だって!」
「サクラ……そっか、ありがとな。サクラのおかげだよ」
凪は思う。サクラと出逢って新たな御朱印巡りを始めていなければ、今、『ここ』にたどり着けてはいないと。だから、心からサクラに感謝した。
サクラはそんな家族の温かな輪を――強い縁を、外から眺めてまた微笑む。
そして自分もまたその輪に入ろうとして、凪のもとへ駆けつけた。
「サクラも凪にメーワクかけたい! 一緒に桜餅食べておフロはいろ~~~!」
「ちょ、サクラ!? うわ! カレー! 口にカレーついてる! ギャー白シャツが!」
「なんでサクラ様までくっついてくるんですか~! 今すっごく良いシーンでしたよね! 私と凪ちゃんが結ばれるチャンスだったんですよ! 離れてくださ~い!」
「月姉は何言ってんの!? さ、朔太郎さん! 初音さんも見てないで!」
「うちはあまり貯金なんてないからなぁ。お前がしっかり神社と家族を守ってくれよ凪。それと、子供を何人作るかは事前にちゃんと話し合っておくんだぞ!」
「神様に愛される人は誰からも愛される人、と言うものね。サクラちゃん様にここまで懐かれる凪ちゃんなら、きっと月音ちゃんを幸せにしてくれるね」
「違うよお母さん? 私が、凪ちゃんを幸せにするの! 凪ちゃん、お姉ちゃん頑張るからね! だから……子供のことは、ゆ、ゆっくり考えていこうね?」
「ツキネずるい~! じゃあサクラもナギの子供つくるー!」
「全員何言ってんの!? だあああっ! まともな人いないのかこの家はー!」
家族での食卓はもうごっちゃごちゃとなり、ひどく騒がしくあまりに迷惑な状況だったが、凪はそんな空気をとても愛おしく感じていた。
そのとき、近くから妹の笑い声も一緒に聞こえたような気がして。
だから凪は心の中で妹に誓った。
今の家族を、大切にしていくことを。
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