第31話 家族の食卓
翌日から、凪は次の神社に向かう準備を進めつつ、月音と両親から神職としての正式な修行をつけてもらうことになり、神や寺社、御朱印のことを自主的に勉強し始めた。
朔太郎曰く、現代は神職不足にもかかわらず社家や収入面など様々な問題で奉職することが難しく、神道の大学を出ても“コネ”がなければ就職先が見つからないこともよくあるらしい。そのため、既に奉職先のある凪は恵まれているのだとか。とは言っても、まだ神職になることを決めたわけではない凪だが、今のうちに興味のあることを学んでおこうと考えていた。
そんな生活の中で、凪には改めて見えてくるものが多かった。
「凪ちゃん、今日もお疲れ様。凪ちゃんの好きなシーフードカレー、いっぱい作ったからね。デザートにアイスもあるよ。あ、お姉ちゃんがデザートでもいいんだよ~♥」
「ありがと月姉。デザートはともかく……いただきます!」
夕食の席。神社の仕事を終えた凪は、早速カレーを空腹に詰め込む。絶妙なスパイス加減と豊富な魚介類で旨みを引き出した月音のシーフードカレーは凪の好物の一つであり、海に近い町ならではの贅沢な料理だ。サクラも早速一皿目を完食していた。
家族の中で月音だけはまだ料理に手を付けず、凪の食べる様子を嬉しそうに眺めていた。彼女はいつも、凪が食べるのをしばらく見届けてから食べ始める。
「美味しいよ、月姉」
感想を伝えると、月音はとても嬉しそうに笑う。これは凪にとって大切なことだった。
そこで凪はいったんスプーンを置く。
「――あのさ、月姉って本当にすごいな」
「ほぇ?」
思いがけない言葉だったのか、月音は両手で頬杖をついたまま目を点にする。
「毎日学校に行って、生徒会長やって、家では巫女で、いつもこんな美味しいものを作ってくれて、俺の世話まで焼いてくれる。改めて尊敬してるんだ。俺も、もう少し月姉の手伝いをするよ。もちろん、朔太郎さんと初音さんの手伝いも」
月音たちは一瞬キョトンと呆けたが、すぐにまた明るい雰囲気に戻る。
「や、やだどうしたの凪ちゃん? すごく嬉しいけど、これくらいなんてことないよ~。お姉ちゃんは大丈夫だから、凪ちゃんは自分のやりたいことをやってね!」
「HAHAHA! ようやくうちを継ぐ――いや、月音を貰う覚悟が出来たようだな凪! 就職先が決まってラッキーじゃないか! ねーママ!」
「気が早いですよ朔ちゃん。いずれにせよ、凪ちゃんが前向きに自分のことを考えてくれてお母さん嬉しいな。もちろん、月音ちゃんと一緒になってくれたらもっと嬉しい」
「もぉ~お母さんこそ気が早いよぅ~♥」
「うんうん! ナギもツキネもがんばっててエライよね! サクラもそう思う!」
頬を染めてくねくねするエプロン姿の月音と、笑顔で食卓を彩る両親。話はよくわかっていないものの凄まじい食欲で二杯目を食い尽くしていくサクラ。
この結婚の話は、月乃宮家の食卓においては定番のネタである。そのため、普段なら軽く話をスルーしていたはずの凪だが、この日ばかりは違った。
「ああ、そっか。俺、この神社を継げる可能性もあるんですよね」
『え?』
「最近将来のことも考えるようになったけど、はは、そうだよなぁ。もしも本当に月姉と結婚なんてしたら、俺も三人の本当の家族になれるのか」
特別な意図はなく、ぽろりと漏れた言葉だった。
だから、そのあまりにも自然なつぶやきが月音たちの心に深く刺さったことに凪は気付けず、平然とカレーを食べ進めていく。
サクラが口端に米粒を付けたまま言った。
「ちがうよナギ。ツキネたちは、ナギの本当の家族だよ」
「え?」
サクラは「んふふ」と明るく笑う。
そこで月音が椅子から立ち上がると――凪のそばへ近づいてきて、凪の手を強く握った。




