第30話 また次の神社へ
すべての用事を終えた凪たちは、神社入り口のバス停で帰りの便を待つ。
時刻は十八時過ぎ。見送りに来てくれていたイコナが口を開く。
「ところでナギくん、次はどこの神社に向かうか決めてるの?」
「ああいや、まだそこまでは考えてなくて」
「うんうんそーなの。ねねイコナっ、次はどこ行ったらいいかなぁ?」
「そうね……そういうことならアメかウサ……いや、あの子たちはクセが強すぎるから却下。……うん、なら次はククリのところへ行くと良いんじゃない」
いくつか挙がった名前の内の一つに、サクラが嬉しそうに顔を明るくして言った。
「そっかそっかぁ! ククリもすごい縁結びの神様だもんね! もうずいぶん会えてないけど元気かなぁ。久しぶりに会いたーい! ねねナギ、どうかないいかなっ?」
「ああ、サクラとイコナ様が勧めてくれるならそうさせてもらうよ」
「わーい!」と両手をあげて喜ぶサクラ。
そこで月音が慌てて口を挟む。
「ちょ、ちょっと待ってくださいサクラ様! あの、イコナ様。ククリ様というのは……ひょっとして北陸の……?」
「ええ。よく勉強しているわね、ツキネさん。加賀一ノ宮に祀られる神格高い顕現神こそがククリ――『菊理媛命』よ。ちょっと大人しくて内気な子だけど、縁結びの力は別格だから、きっとナギくんの力になってくれるはずよ。それに、ククリのところは例大祭が近いからサクラの神通力を回復させるのにも良いでしょ。あたしやサクラの古い友神でもあるから、紹介しやすかったのもあるけどね」
「なるほど、それなら俺も訪問しやすそうだ。ただ、加賀ってことは石川県か。ずいぶん遠いなぁ。月姉が慌てたのもそういうことだね」
「うん、ちゃんと計画しないとだね。でも、お給金があってよかったね凪ちゃん」
「確かに。早速使わせてもらうことになりそうだ」
「わーいわーいククリに会えるのうれしーな! たのしみたのしみ~!」
よほど仲の良い相手なのか、その場でくるくる回って喜びを表現するサクラ。
そうこうしているうちにバスがやってきて、他の参拝客に続きサクラと月音が先に乗り込む。それから凪が最後に乗車口のステップに足をかけたところで、後ろから呼び止められた。
「ナギくん」
振り返る凪。
イコナの柔らかな髪が風にふわりと揺れる。彼女は真っ直ぐに凪を見つめていた。
「サクラのこと、お願いね」
「……イコナ様?」
「あたしたち神の役目は、神職と共にその地域を守ること。だけど、今のあの子にはそれが出来ない。もうわかってるだろうけど、あの子、危なっかしいのよ。だから、あなたがちゃんと見ていてあげてくれる? それならあたしも安心だわ」
凪は車内のサクラに目を向ける。
サクラは月音と一番後ろの席におり、月音にじゃれついて叱られていた。
古くから人々や神様たちに愛されていたというサクラが、なぜ信仰の力を失って〝神滅〟したのか。サクラはあえてそのことを黙っているようにも思えた。イコナがそんなサクラの身を案じているだろうことは、凪にも容易にわかる。
「……実は、サクラって俺の会いたい人にどこか似てるんですよね」
「え?」
「俺を引っ張っていってくれるところとか、笑った顔とか。そういうのもあるのかな。俺も、サクラのためにできることがあれば力になりたいって思うんです。だからイコナ様も安心してください。お任せあれ!」
明るく胸を叩いてみせるイコナ。
するとイコナは、一拍置いてぷっと笑いだし、肩の力が抜けたように表情が柔らかくなる。それは、常に気を張っていた彼女が初めて素を見せた瞬間だった。
「ん、ありがとっ。サクラと出逢ったのがあなたで良かった。こうしてあたしたちが出逢えたことも、きっと何かの〝縁〟ね。嬉しいわ」
イコナの純粋な笑みに、凪は思わず惹かれる。
「安心なさい。あなたが今の誠実な心のまま、清く正しくいれば、その神通力は必ずあなたに応える。その先で、きっと思い出の子に再会えるでしょう」
「イコナ様……」
「ま、会えたところで結ばれるかどうかは別だけどね。そこまでは保証しないわ」
「ええーっ!? 縁結びの神様がそれ言います!? でもまぁそこは自力で頑張ります!」
「良い心がけね」
からかうように笑うイコナ。彼女が自らの胸元にそっと手を当てると、優しい光が糸のように伸びて、それは凪の胸元と繋がっていた。
「困ったことがあれば、あたしの『神朱印』から呼びなさい。あたしとあなたの縁がこうして繋がっている限り――あなたの『神朱印帳』にあたしの朱印がある限り、どこからでも意思疎通が出来るし、なんならあなたの元へ駆けつけることも出来るから」
「そ、そうなんですか? なんかすごい便利ですね」
「電池も電波も要らないから今時の携帯電話より便利よ? あ、だからって好き勝手に呼ばないこと! こっちもいろいろ忙しいんだから。と、特にお風呂中とかやめてよ!」
「いやそれこっちからわかんないですけど!? あ、もうバスが出そうなのでまた!」
「ええ。それと最後に一つ」
「はい? ――あっ」
運転手から出発の声をかけられ、凪は慌ててステップを上る。
ドアが閉まる寸前に、
「『イコナ』でいいし、敬語も要らない。それじゃあね」
イコナはそれだけ告げて、扉が閉まる。バスはプシューと音を立てて出発した。
凪は急いで後方に移動。こちらを見送るイコナと神社が徐々に遠ざかっていく。
「イコナ~またね~~~!」
「イコナ様には本当にお世話になったね、凪ちゃん。何かお話してたの?」
「ん? ああ、連絡先の交換、かな。でも、最初にここに来て本当によかったよ。イコナを紹介してくれてありがとな、サクラ」
「あっ! 凪ちゃん今イコナ様のこと呼び捨てにした! どうして急に呼び捨てなのっ? それに連絡先の交換ってどういうこと? お姉ちゃんに詳しく話して!」
「ちょ、月姉近い! 近いって!」
「みんな仲良しがいちばんだよね! サクラもくっつくー!」
「サクラ様はお邪魔です! これはお姉ちゃんと凪ちゃんの! 夫婦の問題ですから!」
「いつ従姉妹から夫婦に!? だーもう! 月姉もサクラも離れてくれぇー!」
――やがて凪たちの乗るバスが視界から去っていき、小さく手を振っていたイコナがその手を見下ろしてつぶやく。
「……ちょっと怖かったけど、初めてって、こんな感じか……」
そっと、自らの唇に触れるイコナ。
すぐにハッとなり、急激に頬が赤らんでいった。
「な、何言ってるのよあたしは。さ、仕事仕事! やること残ってるんだから!」
長い髪と大きなリボンを揺らしながら、慌てて神社の方へ戻っていく。
その表情は、穏やかな海のように澄んでいた。
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