第24話 雨の夕暮れ
後片付けを済ませた頃には、空はもう真っ赤に染まっていた。
「はい、ご苦労様。じゃあ夕食とお風呂を済ませてから休んでいいわよ。ただ、修行の一環としてすべて自分たちだけでやること。食材は自由に使いなさい。最後に一つ、お風呂だけは必ず入ること。身体はいつでも清潔に!」
「はーい! それじゃあお姉ちゃんが夕ご飯作ります! イコナ様、お台所お借りしますね。えへへ、凪ちゃんとお泊まりお泊まり~♥」
「あ、うん。月姉は元気だなぁ」
パタパタと廊下を歩いていく月音。既に天乃湯神社の両親には連絡を取って事情を説明してあるが、月音はどうやら凪との外泊がとても嬉しいらしかった。
そこで凪は、外縁に立っていたイコナがずっと境内の方にいるサクラの観察をしていたらしいことに気付く。
凪もイコナのそばに行って境内を見てみると、まだ小雨が降る中、サクラは次々やってくる参拝者に寄り添って一緒にお参りをしてしたり、口に出たお願いでも聞いたのか一喜一憂していたり、中には妙にイライラした様子でやってきた女性をなだめようとしたり、おみくじを引いた後で突然ケンカを始めてしまったカップルもいて、今は二人の間に入ってなんとか仲を取り持とうとしていた。
イコナはそんな光景をじっと眺めつつ、穏やかに語り出した。
「もう付き合いも長いけどさ、あの子はずっと変わらない。自由気ままで子供っぽくて。そして、誰よりも純粋だわ」
「純粋……」
「今だって、自分のとこの参拝者でもない人間をあんな熱心になんとかしようとしてる。裏表がないし、打算もない。そんなの神様でもなかなかいないからね、学校でもサクラは特に目立ってたわ。いろんな意味でね」
呆れたように言いつつも、どこか優しい瞳をしているイコナ。
そんな彼女の姿から、凪はイコナとサクラの関係性をより深く知れた気がした。
「イコナ様は、ずいぶんサクラと仲が良いみたいですね。そういえばサクラも学校のことを話してましたけど、神様の学校なんて初めて聞いた時はかなり驚きました」
「そう? あたしたちだって生まれた頃からなんでも出来るわけじゃないわよ。神名を継ぐためにいろんなことを教わって、知識と経験を得る。そうして担当の社を任され、人と手を取り合うようになって、ようやく一人前になれるの。結婚だってするし、子供も出来る。人間と何も変わらないわよ。ま、神話はやりすぎなところあるけどね」
「そうなのか……『神人和楽』ってやつでしょうか」
「あら、そんな言葉よく知ってるわね。そう、人も神も同じようなものよ。サクラはそれを本能的にわかっているから、人にも神にも、どんな相手にも実直だった。それがあの子の一番の強さで、同時に一番大きな弱点でもある」
どういう意味かと疑問を持った凪に、イコナは一拍を置いて話す。
「ねぇナギくん。あの子の怒ったところ、見たことある?」
「え? ……いや、そういえばないですね。サクラっていつも笑ってるので」
「あたしも。一度だってあの子が怒ったところを見たことがない。たったの一度も。それって普通じゃないのよ。純粋さは周囲を惹きつけるけれど、時にひどく危ういわ」
「それは、純粋すぎる……ってことですかね」
「そうね。だからあたしも、その、なんか、放っておけなくなるっていうか」
イコナの言うことは、凪にもなんとなく理解出来た。
サクラはボロボロの神社でたった一人〝神滅〟して、今でも神の力は失っているというのに、それでも凪の役に立とうと御朱印巡りを提案してくれた。日常生活でも凪や月音に手伝いを申し出て、自分の知らないこと、慣れないことでもこなそうとしてきた。そして今も、見知らぬ誰かのために懸命になっている――。
「……イコナ様。俺、ちょっとサクラのとこ行ってきます」
「え? きゅ、急に何よ」
「ここに来て良かったです! イコナ様に会えてよかった! 俺、必ず最後まで修行こなしてみせますから! 見ていてください!」
「ちょ、ちょっと……あっ!」
そのままイコナに手を振った凪は会館施設を出てサクラの元へ向かい、小雨の中で一緒になってカップルのケンカを止めようとする。
残されたイコナは、そんな光景をしばらく一人で眺めていた……。




