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かみさまのしるし~めくるめく御朱印巡り旅~  作者: 灯色ひろ
✿ 第三印 綺麗好きな女神さま(ほぼC) ✿

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第23話 光風霽月

 やがて軽い小雨が降ってきたこともあり、宿坊用の会館施設内で書道の練習を行うことに。こちらは一転してスラスラと筆を進めることが出来た凪である。


「へぇ、なかなか上手じゃない。さすが経験者ってところかしら」

「いえ、少し習ったことがある程度ですよ」

「結構なことよ。ツキネさんも巫女だというし、道理で二人ともなかなかへこたれないはずだわ。あなたもすぐに諦めてくれると思ったのに。サクラみたいにさ」


 イコナが視線を向けた先では、サクラが机の上に突っ伏しながら気持ちよさそうに涎を垂らしてぐーぐーと寝入っていた。


「今でも本気で思うんだけど、あの子、ホントに神なのかしら……」


 目を細めてげんなりするイコナに、つい笑ってしまう凪。月音は別の部屋で神職たちと新しい御朱印帳の会議を続けているため、現在この部屋にいるのは凪とイコナ、居眠り中のサクラのみだ。


「さーて、それじゃもう少し集中してやりますか!」


 そんな中で、しとしとと降る雨音をBGMに筆を動かし続ける凪。

 隣で凪の筆をじっと見つめているイコナが、しゃがみ込んだままで話す。


「――光風霽月(こうふうせいげつ)。文字にはその者の心が表れ、字にすることで心は晴れやかになる。字を書くことはね、神職にとってはとても大事なことなのよ。ああ、書きながら聞いてくれればいいわ。ほら集中して。ここ、崩れてるわよ」

「あ、はいっ」


 そばで前髪を耳にかけるイコナから、石けんのような良い香りがして緊張する凪。さらに書き方を指示してくる際に自称ほぼCカップが凪の身体に触れたり、吐息さえ聞こえてくるほどの距離感で緊張は増していく。


「朱印はね、今でこそ誰でも気軽に貰えるものになったけれど、元々は寺社に写経を奉納する参拝者だけが貰えたものなのよ。それは自分と向き合って、神と向き合って、心を清廉に保つこと。これを真摯に、どこまでも続けていくことが本当の修行であり、朱印巡りよ。だから原点に返って、あなたにも経験してほしかったの」

「イコナ様……そういうことだったんですか」

「ただしごいてるだけだと思った? ま、厳しくするのは当然よ。だって、あ、あたしの『神朱印』を授かりたいなんて、これくらいのことはしてもらわないと困るわ」


 少し照れたように視線を逸らすイコナ。なぜ彼女が恥ずかしがるのか凪にはよくわからなかったが、それでも、この修行がきっと自分の中で活きるものになると感じた。


 そのとき、イコナがぽつりと漏らす。


「……感謝と尊敬。そして罪悪感。あなた、下手に嘘がつけないタイプね」

「えっ?」

「字を見ればそれくらいのことはわかるわ。願いとは、過去から未来への飛躍。あなたはきっと、その『思い出の子』との約束で救われたのね。だから、そうまでして約束を守ろうとしているのでしょう」


具体的な過去の出来事までは話していない。しかし、イコナは凪の心を正しく見通している。そう思えたから、凪は神様の慧眼に驚いて言葉を失っていた。


 そこで凪は、ポケットにしまっていた桜の刺繍のお守りを取り出す。以前破れてしまったお守りは、器用な月音の手によってすっかり元の姿を取り戻していた。


「あら。それ、サクラの神社のお守りね」

「はい。俺の願いは……このお守りから始まったんです。あの子との『約束』があるから、サクラやイコナ様にも出会えて、本当に神様がいることを知れた。ほんと、今までは何にも知らなかったんだなって今頃になって気付きましたよ。神社に暮らしてたから、なんとなくそういうことも知ったつもりでいましたけど」

「そうね。身近なことほど気付きにくいものよ。だけどあなたはそのことを知った。それは素晴らしいことよ。できればもっと多くの人たちにも気付いてほしいものだけどね。ていうか……いい加減こっちの事情も知ってもらわなきゃ困るのよ!」

「え? イ、イコナ様?」


 突然立ち上がって拳を握りしめた神様に困惑する凪。

 イコナは眉をひそめた険しい顔で力説を始めた。


「ブームだからってみんな御利益御利益~って、最近は朱印だけを目当てに来る人も多いのよ? こっちがどれだけ苦労して神社を存続させてきたか! そもそも昨今の朱印ブームだって、あたしたち神が信仰不足に頭を悩ませてなんとかしようって辿り着いた結果なんだから! わかってんのかしら! いいえわかってないのよ!」

「な、なんかすみません!」

「ねぇ知ってる? 神無月にはあたしたち揃って出雲に行って、人間たちの縁結びを考えたりしてたんだけどさ、近年はもうそんなことしてる余裕もなくって、まずはどうやって各地の神社を存続させるかが一番の主題なのよ。あーでもないこーでもないってケンカしながら話し合いしてさぁ! 朱印の形変えたらどうかとか御朱印帳可愛くしたらどうかとか、何かとコラボしようってところも多いわね。そんな苦労に苦労を重ねてようやく今のブームがあるのよ! ハァ~~~ホントここまで来るの大変だったんだからぁっ! ねぇナギくんにはわかる? わかるわよねっ!?」

「は、はいわかりますッ!」

「即答結構! あなたはなかなか見所があるわね。将来はうちで神職になってもいいくらいよ。あ、だけど神朱印のことは別だからね。精々精進なさいな」


 可憐なウィンクをするイコナに、凪は少しだけドキッとする。

 凪は今まで、人が一方的に神を崇めるものだと思っていた。しかしきっと、神様たちも人と同じ場所に立って、同じ景色を見てくれている。お互いに寄り添い合ってこの世界を作り上げている。そんな関係が、なんだかとても好ましく思えた。


 だからこそ――彼女に認められたい。


「イコナ様。俺、諦めませんよ」

「え?」

「イコナ様の方が諦めて神朱印を授けてくれるまで、いくらでも修行を受けます。俺、一度決めたらしつこいと思うんで、イコナ様も〝覚悟〟お願いしますね!」


 腹をくくった凪の発言に、イコナは言葉もなく目をパチパチとさせる。


 と、そんなところでサクラがガバッと顔を上げて目を覚ます。


「――ツキネの特製桜餅三十個だ! ……あれ? さ、桜餅がないよ。はっ、夢だったの!? なぁんだそっかぁ。えへへ、でもそうとわかったらすごいお腹空いてきたなぁ」


 ぐう~と鳴るお腹をさすって笑うサクラ。


 イコナが長いため息をつきながらそちらへ向かい、がしっとサクラの頭を掴んだ。


「あんたってヤツは……なんでもするって言ったくせに何をぐーすか気持ちよさそうに居眠りしてんのよコラ!! 少しはナギくんとツキネさんを見習いなさい!」

「わぁ~ごめんねイコナ! サ、サクラじっとしてるのニガテだからぁ……」

「そうね昔からそうだものね。掃除はまともに出来ない、修行中に居眠りする、桜餅食べたいだのワガママ言う、狛犬の上に座って休む……まるで成長していないわね?」

「ひえっ、ごめんなさぁ~い! あっ、それじゃあ参拝客のおねがい聞いてくる! もしかしたら今のサクラにも叶えてあげられるものがあるかも! いってきまーす!」

「は? ちょ、あなたまた勝手に! コ、コラ逃げるなまだ話はっ!」


 そのままピューと部屋を飛び出していくサクラと、怒鳴りつかれたのかがっくりと肩を落とすイコナ。入れ替わりのように月音がやってきたところで、疲れた様子のイコナから本日の修行は終了との声がかかった。


 こうして凪たちは、ようやく長い一日を終えることが出来たのだった。


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