第22話 修行開始
それから凪たちは、この神社で唯一イコナを視認出来る宮司から許可を得て、作務衣に着替えさせられると、イコナの指導の元で働き始めた。明日は日曜日ということもあり、時間はたっぷり残っている。
ここからはイコナの本領発揮であった。
「まずは掃除! とにかく掃除! 神社で一番の仕事は清掃よ! 穢れを払い、神の住まいは常に清潔に保たれなければならない。隅々まで目を配りなさい!」
「「「は、はいっ!」」」
本来一般の参拝客には開放されない本殿の中、元々綺麗だった場所をこれでもかと清掃していく凪たち。イコナは埃一つ見逃さないレベルで厳しく指導した。
「神通力を操るためにはただ朱印を集めたって意味ないわ。神社や霊山のような神域で、こうやって身も心も鍛え上げることが必要なの。神職や巫女だって大概はそうやって力をつけていくのよ。わかったら手と足を動かす! ナギくんはこっち! ツキネさんはあっち! サクラはさぼるなァ!」
「はいーっ!」「凪ちゃんのためならいくらでもやるよ~!」「わーんごめんなさい!」
こうしてとにかく懸命に働く凪たち。ちなみにサクラやイコナの姿が見えない者にとっては、掃除用具がひとりでに動いているように見えるらしく、宮司の申しつけで様子を見に来た若い神職がギョッとしていくのだった。
そんな中で凪たちが特に驚いたのが、イコナがたくさんの〝お掃除グッズ〟を貸し出してくれたことである。
例えば職人手作りの最高級箒に、どんな汚れも落ちる魔法のぞうきん、回転式モップクリーナー、窓ふき専用ワイパー、電動お掃除ブラシ、天然成分由来の高級洗剤。さらには最新のサイクロン掃除機にロボット掃除機、高圧洗浄機などなど、イコナはあらゆるお掃除グッズを所持していた。今時の神社は掃除の仕方も現代的である。そんな道具をフル活用する彼女の掃除ぶりはまさに徹底的であった。
休憩中、凪はそのことが気になって尋ねてみた。
「イコナ様、ほんとなんでも持ってるんですね。これってもう業者クラスなんじゃ」
「あたし、通販番組でこういうの買うのが趣味なの。現代の掃除グッズはいいわよ。とっても気持ちよく汚れが落ちるもの。ふふ、本当に掃除はいいわ……心まで洗われる実感があるわよね。あなたたちもそう思うでしょう。ね? ねぇ?」
掃除グッズを握りしめながら、初めて笑顔を見せるイコナ。その饒舌ぶりと笑みから彼女が本当に綺麗好きであること、決して掃除の手を抜いてはいけないことがよくわかり、凪たちはいっそう励むようになった。
一カ所が終われば別の部屋、屋内が終わればさらに大変な屋外へと。神社は人手が足りないため、ボランティアで奉仕する凪たちの存在は神職らにも喜ばれた。ともかく三人は時間も忘れ、必死にイコナの修行をこなしていくのであった――。
午前中の掃除が終わるといったん昼食時間となるが、忙しい神社では長い休憩を取る余裕はなく、おにぎりと味噌汁などで手早く済ませ、その後はすぐに仕事へ戻る。
この慌ただしさには、さすがに凪も汗を拭ってちょっぴりの弱音をもらした。
「ふへぇ……こんなに忙しいとは思わなかったな。うちよりずっとキツイぞ」
「あら、それならもう修行は終わる? いつでも自由にしてあげるわよ」
微笑を浮かべてそう言ったイコナに、凪も同じような微笑を返した。
「いえ、キツイだけで辛くはないですよ。こんくらいでへこたれてたら、あの子と再会するなんて夢のまた夢ですからね! 次だ次! よっしゃあーーーーっ!」
「そ、そう……。じゃあ次はこっちね、来なさい」
それから祈祷の見学を済ませた凪たちは、神職らと共に参拝客を集めるための『企画会議』へ参加。凪たちも意見を出したり、御朱印巡りに来る人たちのため、新しい御朱印帳のデザインを考えることとなった。
神社で手伝いをしてきた凪にとって、掃除や雑用仕事は慣れたものだが、このデザイン仕事だけは難航した。しかも若い女性向けというのだからなおさらである。
「うーん、デザインと言われてもなぁ……って月姉すごっ! もうできたの!?」
「ふふーん! うちの御朱印帳だって、私がデザインしたんだもん。存分にお姉ちゃんに惚れ直してくださいっ!」
えっへんと大きな胸を張る月音。
縁結びの神社らしく、小さなハートマークを散りばめたポップでキュートな甘い色合いと、海辺の爽やかな景色が溶け込んだデザインは凪だけでなく神職たちも驚く出来映え。サクラやイコナも大きな関心を示して、その場ですぐに採用が決定するのだった。