第21話 言葉の力
イコナはすぐに上半身を起こし、激しく眉尻を立てる。
「んがぁーーーー! いきなり突っ込んでくるのやめなさいッ! もう! また服が汚れたじゃないの! あたしがこういうの大嫌いだって知ってるでしょ!」
「ごめんなさーい! けど行かないでぇー! おねがいイコナおねがい~!」
「うるさい! さっさと離れなさいなっ! 何を言われてもっ、『神朱印』なんて、あげるつもりは、ない、わよっ! 諦めてカ・エ・レッ!」
「やぁだぁ~~~! おねがいイコナぁなんでもするからぁ~~~!」
イコナにグイグイと顔を押されながらも、決して離れようとしないサクラ。
その必死な姿に、凪の心は鼓舞された。
まだ自分は何もしていない。なのに、こんなところで諦められるはずがない。必ず約束を守る。そのために、前へ進む!
「イコナ様っ!」
「うわっ! な、なによ急に!」
サクラにくっつかれながら凪の方に顔を向けるイコナ。
凪はそちらに近づいて正座をし、イコナと目を合わせた。
「どうすれば覚悟を示すことが出来ますか」
「へ?」
「本当はこんなこと訊かないで、自分でどうにかしなきゃいけないんだろうけど、でも俺にはまだわからなくて、だから、教えてもらえませんか。諦めたくないんです。俺はあの子と約束したから。この『約束』は、果たさなきゃいけない!」
「……あなた」
「だから、お願いします! イコナ様に認めてもらうために、俺は今、ここで、どうやって覚悟を示せばいいですか!」
真剣な顔つきの凪を見て、サクラと月音の表情も締まっていく。
イコナはしばらく沈黙を保っていたが、やがて乱れた服を整えて立ち上がった。
「……そこまで言うなら、少し教えてあげる。だからまずは立ちなさい。ほら、目立つわよ。足の汚れも払って」
「あ、はいっ」
イコナから差し出された手を掴み、立ち上がる凪。
一同が近くの東屋に移動したところで、イコナが切り出す。
「無知な者に道理のみを示すのはフェアじゃない。まず、あなたは『神朱印』というものを正しく理解なさい」
「は、はいっ」
「『神朱印』は普通の朱印とはまったくの別物。神の……つまり、あ、あたしの大切なモノを分け与えるということなのよ。サクラだって学校でさんざん教わってきたでしょう」
「うんっ! だから、普通の御朱印みたいに参拝してくれた人みんなにあげられるわけじゃないんだよね?」
元気に返答したサクラに、イコナはうなずいてから続きを話す。
「そうよ。あたしたちが祭神と成るとき、その神通力を認められた証として受け継ぐ代々の印が『神紋』。『神朱印』は、その『神紋』を使った唯一の印よ。一般的な朱印はこれを人が模したものなの。そして『神朱印』は神にとって魂と同義。だからこそ、普通の朱印よりもずっと強力な御利益があるけれど、その効果の強さゆえ、特別に認めた人にしかあげられないものなの」
強気な瞳でそう語るイコナに、何も知らなかった凪は目を丸くしていた。
「そう……だったのか。だからイコナ様はあんなに……。すみません! 俺、そこまで大切なものを簡単に貰おうとしてたなんて」
「そ、そうなんだぁ……。『神朱印』自体は聞いたことがあったけど、うちの神社には顕現してる神様がいないから、お姉ちゃんも詳しいお話は初めて聞くよ~」
月音の発言に、初耳の凪はまた驚いてしまう。
「そうなの月姉? そもそも、顕現してる神様としてない神様がいるのか」
「うん。サクラ様やイコナ様みたいな神様は特別なの。|この世に本当に神様がいる《・・・・・・・・・・・・》ことは、ある程度位の高い神職ならみんな知ってることなんだよ」
新たな事実を知った凪に、そのままイコナが説明を加えてくれた。
「彼女の言う通りよ。全国にはたくさんの神社があるけど、そこで祭られている神のうち、あたしやサクラみたいに人の姿で現世に顕現しているのはほんの一握り。それを『顕現神』と呼ぶんだけど、そもそもほとんどの神社に顕現神はいないわ」
「そんなに少ないんですか……でも、神社は同じ神様を祭ってるところも多いですよね。そういう場合はどうなるんですか?」
「だから一握りなのよ。そういう神社は総本宮にだけ顕現神がいることがほとんどかしらね。後は、全国一ノ宮の神社には基本的に顕現神がいるけど、あたしみたいにそうでないところに顕現してる神もちょこちょこいるわね。それと、割と頻繁にあっちこっち遠征してる場合もあるから、一概にそこに行けば会えるってことでもないけど」
「遠征……ま、まるで出張みたいだ。神様も忙しいんだなぁ」
「そうよ。だからあたしみたいな顕現神に会えるのって本当に有り難いことなの。そんな顕現神から『神朱印』を授かろうなんてどれほどのことかやっと理解した?」
「は、はい!」
背筋を伸ばして返事をする凪。するとイコナは軽く胸を張って言った。
「いい? 『神朱印』は誰にでもあげられるものじゃない。ちゃんと神が認めた相手だけに与える、霊験あらたかなものなのよ。だからあたしは神として、朱印を授けるにふさわしい相手かどうか見極める必要がある。あなたに、その覚悟はある?」
少し口早に告げるイコナ。彼女の美しい瞳が、凪の心に覚悟を問う。
対する凪は――イコナから決して目を逸らさずに彼女の手を握った。
「ひゃっ!? ちょ、あ、あなたっ、あたしに触れるほど神通力が……っ!」
「俺は、どうしても思い出の人に会いたい。だから、自分の神通力をコントロール出来るようになりたい。そのために、イコナ様に認めてほしい! そのためならなんだってする〝覚悟〟です! だから改めて……お願いします!」
イコナの手を離して、また大きく頭を下げる凪。
凪の真摯な姿にイコナはしばらく無言だったが、やがて静かに口を開いた。
「……言葉は力よ。そこには想いが宿る。だから、あなたの言葉に本当の想いが宿っているのか、あたしが試してあげる。修行という形でね」
「え? しゅ、修行ですか?」
「そう。あたしがあなたに修行をつける。見事に最後まで修行をこなしてみせたなら、あたしの『神朱印』を授けましょう。それでどう?」
真っ直ぐに凪の目を見つめるイコナ。
だから凪は、大きくうなずいて答えた。
「――わかりました。修行、是非お願いしますッ!」
こうして、なんと凪は女神から直々に修行をつけられることになったのだった。




