6.
ここで昔の話をしよう。
驚くなかれ。14年前、なんと俺は小学4年生であった。一人称も『僕』であったし、クリクリとした瞳と幸せな頭脳を持った子供らしい子供であったと記憶している。
自分の初恋はそんな小学4年生の時である。お相手は隣のクラスのマイちゃんだ。それは熱気渦巻く蒸し暑い夏の季節であった。
マイちゃんの夏のスタイルは、薄いTシャツに膝くらいまでのひらひらのスカートである。そのため、蒸し暑い日には汗によってTシャツがしっとりと濡れ、秘境地帯が透けて見えた。……鈍い諸君のためにはっきりと言おう。乳首だ。乳首が透けていたのだ。当時、珍しい程の純朴少年であった俺はその乳首に惑わされた。寝ても覚めてもマイちゃんの乳首が頭からこびりついて離れない。何故、乳首にここまで心奪われるのか当時の俺には分からなかった。試しに自分の乳首を鏡に映してみたり、いじくりまわしてみるが、何も感じない。いや、感じるには感じたがそれは新しい快感の扉であり、マイちゃんへのそれとは違うのだ。マイちゃんの乳首だからかくも惑わされるのだと俺は悟った。これが恋なのだと思った。小学生の恋など、今考えればいい加減なものだ。現在の俺ならば、これは少し早めにきた二次性徴期における然るべき性的興奮の一種に過ぎない、と切って捨てるのだろうが、何分この頃は何も知らなかった。多分、『恋愛』という響きに酔いしれたかったのだろう。愚かなことだ。それから俺は徹夜で恋文をしたため、マイちゃんの下駄箱に祈る思いで放りこんだ。しかし、その恋文は稀代の珍文として衆目に晒され、電子のスピードで拡散されることとなった。マイちゃんはぎゃんぎゃん泣いた。そして、俺のあだ名は『チクビ』となった。もう絶対恋なんてしない、と小学生ながらに誓った。それからの小、中学校時代のことは思い出したくもない。俺が語るまでもなく、『チクビ』とあだ名された子供の辿る顛末など、容易に想像がつくだろう。
固い誓いは今の今まで守られてきた。しかし、それも過去の話だ。榊原さんの前ならば、どんな誓いも約束も灰塵となる。彼女になら俺の全てをかけても惜しくはない。悪鬼悪霊のような彼奴等めとの出会いも、これまでの不幸な人生も、きっと彼女と出会うためにあったのだ。当然のように俺はそう確信していた。