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12.

「あの夜、お前に何があった。『ピッグ・ザム』とはどういう意味だ!」


 ピッグ・ザム。後に圭二から教えてもらったことなのだが、おそらく一世代前に一躍ムーブメントを巻き起こした『モバイル戦士 ガンギャム』というロボットアニメに出てくる、足が細くて図体がでかいアンバランスなロボットのことではないか、とのことだ。ちなみにロボットというと圭二は怒る。モバイルアーマーというのが正式名称らしい。

 信吾の表情がキリリと真剣味を帯びる。


「そんなに知りたいか」

「あんな変なメッセージだけ残されて気にするなという方が無理だ」

「オレも知りたいね、信吾君。理由もなく居なくなられて、こちとら消化不良なんだよ。わりかし寂しかったんだぜ?」

「わしらは麻雀という細い繋がりじゃが、仲間ではないか」


 圭二と空也の語り口に、俺はなるべく表情を崩さないように努める。こいつらいけしゃあしゃあとよくもそんなことを。我々の中で失踪した信吾を探そうとした奴なぞ一人もいないではないか。寂しかったとか仲間とかよく言えたものだ。


「仲間、か」


 そんなこととは露と知らぬ信吾は儚げな表情でぽつりと呟いた。


「よかろう。教えてやろう。あの日、何があったか。私が何を見たのか」


 一年前の謎が明らかとなる時がきた。否が応でも場の緊張が高まっていく。そして、それに伴って空也(ピザ屋のすがた)が破壊力を増すのだ。あまり面白エピソードを語ってくれるなよ。そうなったら俺は最後まで笑わずにいられる自信がない。


「私は貴様達と別れた後、金を握りしめておっぱいパブの門戸をくぐった。出来たばかりだけあって、店の中は奇麗だった。店内にかけられた下品な音楽により、胸は否応なしに高まっていったよ。私はもちろん受付に言った。『一番デカイおっぱいを頼む』と。それが……間違いだった」


 信吾が歯を食いしばり、握り拳をつくる。


「私の、前に、出てきたのは……」


 そして、苦虫を噛み潰したかのように顔をくしゃくしゃに歪め、


「肉の化け物だった」


 そう吐き出した。

 手を胸を押さえ、はぁはぁと過呼吸気味になる信吾。辛い思い出なのだろう。身を切るような思い出なのだろう。


「風船につまようじが二本刺さっているような、まさしく『ピッグ・ザム』体型! こんなのは、こんなのは私の知る巨乳ではない! 私は必死になって「チェンジ!」と叫ぼうとした。だが、その言葉ですら圧殺された。あの、巨大な、肉塊によって……」


 その時の恐怖を思い出したのか、信吾は自分の身体を抱きしめブルブルと震える。


「私は! 私は……生まれて、初めて、おっぱいに……恐怖をした……」


 彼の頬を伝う一筋の涙。悲しき涙であった。


「それから、女性の胸、とりわけ巨乳を見る度、脳内にはその時の光景が浮かぶようになってしまった。私は今までの人生を全否定されたほどに絶望し、自分自身を見失った。もう誰とも会いたくない、外にも出たくない。私は引きこもったよ」

「そ、それが、信吾君が失踪した、理由なのか……」


 おい、圭二。声が震えてるぞ。

 絶望の男がしかと頷く。


「あぁ。そして、やっとのことでこの体験を克服し、外の光を浴びることができるようになった頃には……もう元の私に戻ることはできなかった。いや、悟ったと言った方がいいか」

「悟ったじゃと?」


 眉をひそめる空也(ピザ屋のすがた)。

 信吾は力強い瞳で我々を見返す。最早恐怖に打ち震えていた彼の姿は無い。堂々と胸を張り、その姿は自信に満ちていた。


「あぁ。女はおっぱいじゃない! 顔とスタイルだ!」

「「……はぁ!?」」


 我々三人全員が同時に吹き出した。信吾は前々から『巨乳至上主義』というわりと最低レベルの考え方をしていたが、ここにきて別方向に最低な発言をサラリとかましやがった。世の女性達が聞けば、道端に落ちている小石をこぞって投げつけてくることだろう。人としての最低レベルをひょいひょい乗り越えてくるコイツは、やはり魔人と呼ぶに相応しい。

 最低魔人は唾を飛ばして熱弁を振るう。


「その点、榊原薫は最高だ! あの全てを射抜くような眼差し! クールな唇! 引き締まった身体に控えめな胸! 例えるなら、そう! ヴァルキュリア!! 彼女こそ私の伴侶にふさわしい!!」


 数々の面白発言を楽しませてもらった俺であるが、流石にこの発言は看過出来ない。


「は、は、伴侶だと!? どこまで図々しいのだ! このストーカー野郎!」


 お前がいうか? という腐れ縁二人から呆れかえった視線がこちらを射抜くが、そんなことはどうでもいい。この不届き千万な発言だけは撤回させねばならぬ。彼女と幸せな家庭を築くのは俺なのだ! 断じてそこは譲れない!!


「第一、まだお前と榊原さんがどういう関係なのか答えていないぞ!」

「もう言った! 私は彼女の将来の旦那様だ!」


 ぬぅぅ! 話にならんぞコイツ!


「これは確定した未来! 約束された成功なんだよ、田中総一郎! もし、私の恋路を邪魔すると言うのなら……アレにて決着をつけるしかあるまい」


 腐れ勘違い野郎が不敵に笑った。

 アレ? アレとは?

 困惑する俺をよそに圭二が目を丸くする。


「まさか! アレだと!?」

「そう、アレ……『砂丘泥酔デスマッチ』だ!」


 さも当然知っているかのように提案されたそれに、首を捻る。アレの正体を聞いても何のことだかさっぱり分からなかったのだ。


「さ、砂丘……何だ?」

「負けた方は金輪際彼女に近寄らないというのでどうだ!」

「む。望む所だ! それより砂丘なんたらについて……」


 持て余し気味とはいえ、こちとらまたぐらに一物を持つバリバリの男だ。売られた喧嘩は買う! 買うが、どういう商品内容なのかは説明をしてほしい。

 そんな気持ちを嘲笑うように信吾はクルリと踵を返し、手を軽く上げた。


「明日の正午、砂丘にて待つ! 逃げた時は私の不戦勝だ。詳しいことはそこで驚いている奴にでも聞くがいい!」


 そう言うと、「ハーハッハッハッ!」と高笑いをあげながら、信吾は足早に去って行ってしまった。

 残された俺は圭二を見る。


「おい、砂丘なんたらってのはなんなのだ」

「知らん」


 圭二は表情一つ変えずに即答した。その抑揚の無さたるや、思わず「そうか、知らないか」と納得しかけた程だ。


「し、知らんって、お前、物凄く驚いていたではないか!」

「まぁ、何というか。ノリで」


 ノリだとぅ!? では俺はどうすればいいのだ。何も知らないまま決戦に赴くというのか! 無謀にも程があるぞ!

 圭二の胸倉に掴みかかろうとすると、空也に「まぁ落ち着けい」と制される。


「えぇい、邪魔を、いや、お前まさか知って」

「わしも知らんわい。じゃが知ってそうな奴はおるじゃろ?」


 あ、と思う。


「彰……か」


 そうか、コイツがいた。問題は協力してくれるかだが……

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