表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女の消えた世界  作者: 三食うどん
外伝
21/22

とある妃の懺悔と希望 4

 「私に何か御用でしょうか」


 彼は静かに尋ねます。呼び止めたはいいものの、直ぐに言葉が出てきません。すると再び頭痛が襲ってきました。私が顔を(しか)めて頭を抑えると、もう一人の侍女が慌てて駆け寄ってきます。


「妃殿下! いかがされましたか!」

「大丈夫よ。彼と話をしたいから少し下がっていてちょうだい」


 侍女は心配そうな顔をしながらも「承知しました、有事があればお呼びつけください」と言い残し、控えの間へ下がりました。

 侍女が下がると、再び彼に向き合います。


「失礼ながら、お顔の色が良くないように思います。侍医を呼ばれては?」


 頭痛と共に、また幻聴がやってきます。夜通し幻聴に悩まされるのですから、睡眠もそれほど取れていません。だからでしょうか。普段は自制している心の内がついに零れていきます。

 それは決して、彼に言ってはならない言葉でした。


「あなたは、私が……憎くないの?」


 私の言葉に、彼は片眉を上げます。


「憎いとは? 失礼ながら、妃殿下は私が仕える御方の奥方である。それ以外に妃殿下に対する個人的な感情は持ち合わせておりません」

「だって私は……私は、あなたの妹を…」


 殺したようなものでしょう?

 続く言葉は、とうとう口にできませんでした。ですが私が続きを言わずとも、彼は私が何を言いたかったのかわかってしまったようでした。


「先ほども申し上げた通り、私は妃殿下に対して個人的な感情を抱いてはおりません。妃殿下は私にどのような言葉をお望みなのでしょうか。あなたを(そし)り、罪を糾弾せよとおっしゃるのですか? それとも、あなたのせいではないという慰めの言葉がお望みですか?」


 彼の言葉は真実、的を得ていました。私は彼女の家族に断罪を、あるいは赦しを得ることで、自分の中のどうしようもない罪悪感を打ち消そうとしていたのです。

 私は赤面するのを止められませんでした。心から恥じ入ったのです。


「恐れながら申し上げると、今の妃殿下にはどちらも相応しくないよう見受けられます。私は妃殿下の謝罪を受ける立場にはございません。ですが、忠心として申し上げることを許していただけるなら――」

「構いません、話してください」


 居住まいを正して彼のヘーゼルの瞳を真っすぐに見つめました。もう、厳しさを宿した彼の視線にさらされることがあってもそれを恐れることはありません。


「貴方は何を為すため、この座にいらっしゃるのですか?」


 何を、為すため……。

 心の中で彼の言葉を反芻(はんすう)します。

 私が王妃となったのは全て陛下のためです。陛下が願う国を創るために、私の存在が必要だったからです。だから、だからこそ、誰よりも完璧にならなければいけない。陛下の足枷とならないよう、誰も私の存在を疑問視できないよう、誰よりも……彼女以上に完璧な。

 でなければ私は――


「ただ、陛下のために。陛下だけのために私はあるのです。陛下の想いを遂げるため、そのために私はこの役割を完璧に(こな)さなくてはならないのです」


 私はなんとか言葉を絞り出します。


「妃殿下は、陛下の付属物となることをお望みですか」


 彼の鋭い言葉が胸を刺しました。(うつむ)きかけていた視線をはっと彼に戻します。


「妃殿下は誤解をされているようですが、妃殿下がなにを思い、どういう行動を取ったにせよ、全ての選択権は我が愚妹にあったのです。愚妹は己の為したいことを為した。そこに周りへの配慮などは皆無だったでしょう」


 そこで彼は初めて表情を崩しました。常に無機質な機械めいた彼の双眸(そうぼう)が途端に人間味を帯びて見えました。


「妃殿下のお言葉は、臣下の立場としては正しいのでしょう。少なくとも我が家系はそうでした。盲目的な、言わば呪いとも言えるまでの滅私の忠誠が、我が家系には当然のこととしてありました。ですが残念ながらというべきか、幸いというべきか、私にはラスウィーク・モラトリアスの魂は受け継がれませんでした。ですから私は、私の為したいことのために、陛下に忠誠を誓いました」


 彼は再び表情を戻します。


「今一度問います。貴方はなぜ、この場所に足を踏み入れたのですか。妃殿下が真に陛下の付属物であるならば、貴方の思考や感情は一切必要ありません。それが真実、確固たる信念であるならば、周りの言葉や亡霊の陰に振り回されるはずもないのです」

「私は……」


 私はなぜ、あんなにも陛下に惹かれたのでしょうか。なぜ、これほどに陛下の役に立ちたいと願ってしまうのでしょうか。禁忌の子として蔑まれていた私を、初めて人として扱ってくれた方。それが陛下だったからでしょうか。

 陛下を愛しいと、傍にいたいと、心から思います。けれども同時に、恐れているのです。役に立たなければ捨てられるかもしれないと。王妃の立場を奪われ、また禁忌の子に戻ってしまうのではないかと。

 私は陛下のことも、自分自身でさえも、信じていない。

 ああそうか、と気づきました。苦しい心の内が涙となってはらはら零れていきます。

 私にも、私にだって、どうしても成し遂げたい想いがあったのです。


「……私は……禁忌の子、なんかじゃない。…神に許されざる子、でもない」


 私は絞り出すように言葉を続けました。けれど本当は叫びだしたかった。なんで、なんでと泣き喚きたかった。

 教義を犯したのは私じゃない! 孤児院での私は教義に(のっと)り極めて模範的に生きてきた! 神を否定せず、神の教えを守った! なのになぜ神は私を認めてくださらない! なぜ親の罪を背負わなければならない! 教義を犯したはずのあいつらはなにも変わらず、のうのうと生きているというのに。なぜ私が! 私たちが! (いと)われ! (さげす)まれ! 生き地獄を味合わなければならないのか!

 私は、……私は。


「……生まれてきてもいいんだって、生きていてもいいんだって、陛下だけじゃなく、全ての人に認めてほしい。私も、自分自身を許してあげたい。生まれてきてよかったって、生きていてよかったって……そう、心から思えるようになりたい……」


 言葉遣いが滅茶苦茶でしたが、彼はそれを指摘することもなく静かに聞いていました。


「私は……」


 私はようやく、自分が心の底から渇望していることに気づきました。陛下に初めてお会いしたあの日、陛下がおっしゃっていたことがふいに脳裏に蘇ります。

 私はこれまで己に与えられるものに全て従順に生きてきました。それが痛みだとしても。決して望まず、逆らわず。それが私のような境遇の者の処世術でもありました。本心を心の奥底に閉じ込めて、見えないふりをして。

 そうしているうちに、本当に見えなくなっていたのです。


「私は、婚外子の置かれる立場を改善したい。サーニアス教会にその存在を認めさせ、婚外子への迫害を無くしたい。そのために…私は王妃となったのです」

「ならば雑事に惑わされず、為すべきことを為してください。陛下の掲げる理想とて、余所見しながら掴めるほど(やさ)しい道程(みちのり)ではない。王妃陛下が目指す場所もそれと同じはずです」


 私はなんとか王妃の振る舞いを取り戻し、そして決意を新たにします。

 彼の表情が少しだけ柔らかくなったように感じました。けれどすぐに厳しい言葉が返ってきます。それは厳しさと気高さを併せ持った彼にこそ相応しい振る舞いのように思えました。


「コルラード・ラスウィーク。心よりの忠言をありがとう。あなたのような臣下があること、カンタレツィアの妃として、そして『シス』の名を持つ者として(ほま)れに思います。陛下もさぞあなたを頼りにしていることでしょう」

「恐悦至極に存じます」


 コルラードが一礼して退出しました。それと引き換えに侍女が戻ってきてお茶の用意を始めました。

 彼女に対する罪の意識は、今後も消えることはないでしょう。けれど、懺悔するにはまだ早いのです。

 気づけばもう、幻聴は聴こえませんでした。


 ゲルナ歴1298年、カンタレツィア王国歴543年。平和と平等の日。

 私は積年の悲願とも言える日を迎えました。

 国内で随一の規模を誇るサンジェルマン大聖堂には、貴族、平民問わず、聖堂に入りきらないほどの人々が集まっています。

 大理石で覆われたひんやりと透き通るような礼拝堂の床。漆喰で随所に模様を彩られた白い壁。石膏で出来た重厚な柱の合間には、ガラス細工の用法で作られた豪華なシャンデリアが下がっています。天井にはサーニアスとアガイシスの邂逅(かいこう)の場面を表した見事な宗教画。そして正面には、この大聖堂の表象とも言える、一際目を引くほどに大きなステンドグラスがはめ込まれています。

 向かって右からサーニアスの象徴である太陽と王笏(おうしゃく)を、そして左にはアガイシスの象徴である月と天秤を、真ん中には手を取り合うサーニアスとアガイシスがそれぞれ見事なまでの技法で表現されています。

 そのステンドグラスから漏れる光の筋が大理石の床に落ち、思わず(かしず)きたくなるような厳粛で神聖な雰囲気を演出していました。

 礼拝堂の講壇に、この国のサーニアス教最高位の指導者である司教長が立ちました。我が国カンタレツィアにおいて、王族の他に唯一『サー』の名を与えられた人物です。

 司教長はひとつ咳払いを落とすと、音吐朗々(おんとろうろう)に語り始めました。


「主、(いわ)く 我、創造を司つかさどるものなり。我、大地に降臨し、地に住まう全ての生命を創造せり。あまねく大地に住まう生命は全て我の手ずから創りし我が子に違わず。我は子を慈しみ恩恵を(もたら)すものなり。主、(いわ)く 我、終息を(もたら)すものなり。全ての生命に死と安寧を与えり。また、教義を犯すものあれば裁きをもってこれを(あが)うものなり」


 こんなにも大勢の人々が詰めかけているのに、後ろに控える護衛騎士たちの息遣いさえ聴こえるほど、大聖堂の中はしんと静まり返っています。

 司教長は聖書の冒頭を読み終えると、一呼吸置いてからまた話し始めました。


「サーニアス教の信徒であれば、誰もがこの文言を知ることでしょう。我々はこの世に生まれ落ちたその日から今日(こんにち)まで、サーニアスの教えを守りそれに殉じてまいりました。そしてこの記念すべき日に、ヨハエル・サー・マニュスは『サー』の名において誓います。全ての生命はサーニアスの創り(たま)いし神の子であると。全ての生命はアガイシスの裁きから逃れることはないと。我々生ける者は神の御前(みまえ)で皆平等であり、如何なる理由をもってしてもこれを迫害し卑しめてはならないと。たとえ罪から生まれた子であっても、この世に生まれた以上は神が創り(たも)うた神の子であると」


 司教長は層一層声を張り上げます。


「我が国カンタレツィア王国サーニアス教会は、今一度こここに宣言致します! 我々は人から生まれ()づるのではない! 神から生まれたのである! 神の意思によってこの世に生を受け、死するときもまた、神の御許(みもと)へ還っていくのであると!」


 どっと歓声が沸き上がりました。皆が皆、割れんばかりの拍手を送っています。その押し寄せるような轟音が、うねりとなって空高く神の御許(みもと)まで昇って行くように感じました。

 私はたった今、神の子となったのです。

 落涙していた私の袖を引くものがあります。この度10歳を迎えたばかりの王太子、エリオス陛下と私の息子です。その隣にはもうじき成人を迎える私たちの娘が、心配そうな顔で私を見ていました。


「母上、いかがされたのですか?」

「いいえ、なんでもありません。今この場に居られることが、私はとても、喜ばしいのです」


 頬を伝う涙に構わず泣き笑いを浮かべる私に、娘や息子は疑問符を浮かべます。

 彼らは私の出生を知りません。いえ、実質伯爵家の養女となった時点で、私は禁忌の子ではなくなっていました。ですが生まれ持って貼り付けられた『禁忌の子、許されざる子』という意識は、それが無くなっても尚私の内から消え去ることはありませんでした。

 ですがこれからは違うのです。

 私は今、胸を張って神に祈ることができます。胸を張って懺悔を行うことができるのです。

 アガイシスに裁かれる身になったということ。それは私にとって、こんなにも希望に満ち溢れた喜ばしい気持ちになるものだったのです。

 きっとこの感情は理解し難いでしょう。これは私と同じ、許されざる子であった者にしか真実理解し得ない想いでしょうから。

 ですが、これはまだ第一歩に過ぎません。

 禁忌の子、許されざる子などこの世に存在しない。全ての人は皆神の前で平等であり、どのような者も迫害してはならない。

 そのようなことを意識せずとも当たり前と思えること。私が生涯に亘って成し遂げたい目標とは、そのような世界なのですから。

 いつの日か私が神の御許(みもと)に招かれるその日まで。為すべきことを為すため、私は邁進(まいしん)し続けるのです。

これで『悪女の消えた世界』全て完結とします。

一話から一貫して重苦しい話となってしまいましたが、最後まで目を通していただき本当に嬉しいです。ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ