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悪女の消えた世界  作者: 三食うどん
外伝
17/22

とある兵士の雑記 後編

「あなたは何故、城勤めの兵士になろうと思ったの?」

「へ?」


 てっきりおれの質問なんか異に返さずまただんまりに戻ると思っていたのに、意外にもその(ひと)は話を続けてくれるようだった。逆に質問を返されてあっけに取られるおれを他所(よそ)に、また鉄格子の前まで戻ってきてそのまま床にふわりと座り込んだ。思わぬ至近距離で見るその(ひと)はやっぱり綺麗で、抗えずにどきりと胸が鳴る。


「あの男が、あなたは兵士を辞めて田舎に帰ると言っていたわね。あなたくらいの年ならばまだそう何年も勤めてはいないでしょう? 何故辞めることになったの? あの男も言っていたように、やはり雑兵の仕事とはそれほど過酷なものなのかしら」

「え?…あー…えっと……」


 貴族令嬢に何と言っていいか迷い、頭を抱える。


「おれは王都から幌馬車で二日間くらい掛かる田舎で細々と商いやってる家の出身なんですが、まあよくある田舎者が都会に憧れるってやつで…年に何回か親父の商売に付いて王都に来てまして。で、田舎者ってんで都会の奴らに馬鹿にされたりカモにされたり嫌がらせにあったり問題が絶えなかったんですが、その度に憲兵の人たちにお世話になってて、それで兵士って職業に憧れて自分も将来兵士になろうって決めたんです」


 「ほんと単純な理由なんすけど」そう締め括って頭を掻いた。その(ひと)は難しい顔をしながら尚も質問を重ねる。


「では何故城勤めの兵士に? あなたの話では、憧れていたのは王都の憲兵隊のようだけれど」

「あー、それについてはほんと、時機が悪かったというか。おれも憲兵隊に入ろうと思って、ようやく見習いになれる年になって意気揚々と憲兵隊の門を叩いたんですが、人員が足りてるからここ数年は見習いを募集しないって言われちゃって」


 その前の年までは確かに年に二回ほど見習いを募集していたんだけど、憲兵隊を(まと)める騎士様が代替わりした影響で怪我での離脱や離職による慢性的な人員不足が一気に改善したらしい。それで暫くは新しい人員を入れずに、今いる兵士の質を向上することに力を注ぐということだそうだ。仲良くなっていた憲兵の隊士に、申し訳なさそうに言われた。


「あ、でもそう悪いことばかりでもなかったんです。おれがあまりにがっくりきてるもんだから、隊士さんも同情して上司の騎士様に掛け合ってくれて。その騎士様もめちゃくちゃいい方で、ジークレス様って言うんすけど、憲兵隊に入れることは出来ないけれど代わりに城勤めの仕事を紹介しようって言ってくれて。そこで何年か兵士の基礎を学んだ後で、憲兵隊の見習い募集が出た際にまた挑戦してみてくれって…言って、くれて……」


 語尾が段々と小さくなる。胸がぐっと詰まって目の前の女の顔をまともに見れなくなった。顔を上げるとみっともなく泣いてしまいそうだったからだ。


「や、わかってますわかってます。言いたいことはわかります。それでなんでまた憲兵隊にも行かずに田舎に帰るつもりなんだってことですよね? ……ご令嬢もさっきのことでわかったと思いますが、おれ……めちゃくちゃ弱いんです」


 ジークレス様はおれに城勤めの兵士となって何年か兵士の基礎を学んでこいと言った。だけど、おれはここで兵士の基礎どころか素振りすら満足に出来ない生活を送っている。おれがまともに剣を持てるのは見習い騎士たちとの練習試合でだけ。それもコテンパンにやっつけられる為の要員でだ。


「こんな弱いおれが憲兵隊になんか入れるわけないじゃないっすか。行ったとしても迷惑かけるだけだし、何よりおれは…あの人たちに幻滅されたくない。せっかく紹介してくれたのになんの成果も出せずに、お前はこれまで何やってたんだって。お前が兵士になりたかった気持ちは、覚悟は、それまでだったのかって呆れられたくないんです。…だから、尻尾撒いて逃げるんすよ。…格好悪くてもなんでも、紹介なんかするんじゃなかったって、そう思われるのが一番辛い」

「そう…」


 こんな情けない姿を曝すつもりじゃなかったのに。今まで周りに何を言われたってへらへら笑って生きてきたのに。この(ひと)の前でみっともない本音を漏らすことを止められなかった。それはこの(ひと)がもうじき処刑される人間だからかもしれないし、この(ひと)の声が信徒に安らかな眠りを与えるアガイシスのような慈しみを持った声に聴こえたからかもしれない。

 ともかく、おれは聖堂で聖職者相手にアガイシスへの懺悔(ざんげ)を行うように、今まで内に溜め込んでいた後悔や愚痴を零しまくったのだった。


「すいません。おれ、なんでご令嬢にこんなことを…」


 ひとしきり喋り終わると途端に恥ずかしくなってくる。きっと呆れているだろうなと、ちらりと目線を上げると、その女は口元に手を当て何か考え込んでいるようだった。


「あの…」

「勿体ないわね」

「え?」


 聞き返すと、その女は視線を真っすぐにおれへと向ける。


「あなたがこのまま兵士を辞めるのはあまりにも惜しいと思ったのよ。恐らくあなたが憧れているという憲兵隊にとってもね」

「いや、でもおれは」

「そう、あなたは弱い。でもそれは雑務が多すぎて(ろく)に修練も出来なかったことと、兵士の基礎を学ぶための指導者が居なかった環境のせいでしょう?」

「や、まあそれはそうなんですが」

「なら今は?」

「え?」

「今は誰の目があるわけでもない地下室で、たった一人の囚人を見張っているだけ。ならば、自身の修練に充てる時間などいくらでも取れるのではないかしら?」


 勢いのある言葉につい圧されていると、その(ひと)はスッと立ち上がりおれを見下ろした。


「まだ未練があるのでしょう? 今の状況に納得しているならば、そのような表情にはならないわ」

「でも今更、何かやったって」

「一人ではどうにもならないでしょうね。あなたのような全くの素人が正しい基礎を身につけるには指導者が必要不可欠よ。…けれど幸い、ここには私がいる」

「えっと…それは――」

「私があなたに指導するわ。あなたは私の生家のことをよく知らないようだけれど、あなたに武人としての基礎を教えるくらいの知識ならば私も身につけていてよ」


 驚きすぎてその(ひと)の顔を無遠慮に見つめてしまった。こんな華奢でか弱い女性がおれを指導すると言う。もしかしてからかわれているのだろうか。おれがあからさまに不審な顔をしているにもかかわらず、その(ひと)は真面目な顔で続ける。


「私とて、軽率短慮にこの提案をしているのではないわ。あなたには素質があると思ったからよ。もちろんそれは強さということではないけれど」

「素質、ですか?」

「武人としてあるべき姿のことよ。あなたには、理不尽に立ち向かっていく勇気と行動力がある。それは平民だろうと貴族だろうと、誰にでも持てるものではないわ。武人に適した気質と後天的に備わった強さは比例するものではないの。残念ながら現在の身分を優先した階級制度では、質のいい騎士や兵士を育成できない。だからあなたのような人材は貴重なのよ」


 元ではあるが、仮にも貴族のご令嬢がこの国の貴族の在り方の根幹(こんかん)を揺るがすような発言をさらりと口にしたことに、おれは泡を食った。


「そんなに心配せずとも、あなたを(そそのか)して何か仕出かそうなんていう魂胆など皆無よ。そもそも私が何か企むとして、あなたのような表情と言動が一致しているような者を人選することなどあり得ないわ。そこまで落ちぶれていなくてよ」

「あ、そう…すか」


 そんなに顔に出ているだろうか、とおれは思わず自分の顔に手を這わせる。


「どうせ私はあと数日すれば処刑される身ですもの。命の残り少ない哀れな囚人の暇つぶしに付き合ってやっているとでも思ってくれていいわ。あなたとてこのまま田舎に帰ったところで未練が残るのはわかっているのでしょう? どうせ辞める気ならば、あなたがここの牢番でいられるこの数日間、私の訓練を受けてみるのもいいのではないかしら」


 確かにその通りだった。ここままではおれは一生『もしかしたら』『こうじゃなかったら』という幻想に振り回されることになる。

 忙しい合間に素振りや自己鍛錬をしていても、サボってばかりの先輩にすらまるで歯が立たない。自分だけで強くなろうとすることに限界を感じた時、環境を言い訳にしていなかったか。それに甘えていなかったか。もしかしたら自分は兵士としての才能が全く備わっていないんじゃないか。その事実を確認したくなくて、挑戦すらせずに逃げ出そうという気持ちがひとつもないのか。


「決意が固まったようね」


 おれが何も言わないうちからその(ひと)はおれの心の変化を感じ取ったようだった。やっぱりそれほど顔に出ているのだろうか。おれは気恥ずかしさを押し殺しながらその(ひと)を見上げた。

 正直、戦いとは全く無縁そうなこんな華奢な女性が本当に武術の指導が出来るのかは未だに信じられないでいる。だけど、おれがここの兵士でいるあと数日、この(ひと)の指導に全力で取り組んでみようと思った。自分が兵士としてやっていけるのか、それとも全く見込みがないのかをちゃんと知るために。これからの人生で言い訳も後悔もできないように。

 おれは立ち上がって、目の前の女に頭を下げた。


「ご令嬢、どうかご指導お願いします」

「…ご令嬢はやめて頂戴」

「じゃあ、…師匠?」

「私のことは『サラ』と。それより、私の指導は厳しくてよ。覚悟はよろしいかしら? 牢番さん」

「レナートです。レナート・プルッカ」


 そう言った後でふと先輩の事を思い出し、俺は「あ」、と声を上げた。


「そうだ先輩っ! あの人あんなんだけど結構顔が広いんです。上層部の兵士の知り合いも多いし、おれがあなたの指導を受けているって知られたらちょっとまずいことになるかもしれません」

「それなら心配はいらないわ。彼はもう二度と、この場所に戻ることはないでしょう」

「え?」

「ではレナート、早速だけれど、これから私が言う課題を一日三回必ずこなすこと。それから…」


 ご令嬢改め『サラ』は、なんでもないように告げると、次にこれからおれが成すべき課題を淡々と指示していった。正直に言って、サラから与えられた課題は自分が思っていた数倍はキツイものだった。まずは基礎体力の向上、筋力の向上。それに加えて帯剣時の基礎的な立ち居振る舞いや平衡感覚を徹底的に鍛え上げられた。また、必要な栄養を補うため、サラ用に用意されていた食事の大半をおれが食べることにもなった。

 最初に与えられた課題がこなせるようになると、また新たな課題が課せられた。だけど、おれが全身の疲労や筋肉の痛みで思うように動けない日は、負荷の強い課題は取りやめ別の課題に切り替えるなど柔軟な指導をしてくれた。サラ曰く短期で結果を出さなければならないため、より効率性を重視しているということらしい。

 その頃には、サラについて最初に抱いていた、大人しくて無口な囚人という印象をまるっきり改めることになっていた。サラの指導は明確で、的確で、時折見本として見せてくれる身のこなしは見惚れるほど美しく、この(ひと)は生まれながらにして武人なのだと憧憬すら抱いた。

 彼女の指導通りに鍛えれば確実に強くなれる。懐疑的だった心はいつしか確信に変わり、なんとか食らいつこうと必死に課題をこなした。


 彼女の指導に慣れ、剣を握る姿もなんとか様になってきた頃、悪女ベアトリーチェが処刑される日が発表された。おれは頭をガンと殴られたような気がした。決して忘れていたわけではなかったが、彼女は確かに国の大罪人で、大勢の眼前で斬首されるような身であったのだ。


「今日はやけに口数が少ないわね」


 おれが彼女の処刑日を知ったことで彼女の心を乱してはならない。そう思っていつも通りの態度でいようと心掛けたはずなのに、そんなおれの心の機微(きび)は鋭敏な彼女の前ではとんと形無しだったらしい。


「いつも通り課題をこなそうと努めてはいるけれど、気もそぞろ。意図的にこちらに視線を送ることを避けているし、いざ視線が合えば途端に同情的な表情になる。……大方、近々私が処刑されると聞いて動揺しているというところかしら」

「……おれの心の中丸見えなの、ほんと、さすがっすね」


 彼女の言葉には一つの動揺も感じられなかった。未熟な自分への恥ずかしさからか、突如突き付けられた彼女と過ごす時間が消えることの恐怖からか、ざわざわとした胸の疼きが喉までせり上がって息が詰まるような心地がしていた。全てを見透かすような彼女の視線から逃れようと、前髪を握りしめるように顔を隠した。


「何を今更動揺することがあるの。私が処刑を待つ身なのはあなたがここに配属された時からわかりきっていたことでしょう」

「いや、それはそうなんですけど…」


 わかっていたはずだった。いかにそうは見えなくともこの(ひと)は国を揺るがすような犯罪を先導した大罪人で、決して彼女の甘言に惑わされず、心を乱すことなく、与えられた職務を全うしようと配属された初日に決心していたはずだった。彼女の指導を受け入れた時も、どうせもうすぐ死んでいく人だから、おれが悔いのない人生を送るために彼女の知識をうまく利用できたらいいぐらいの気持ちで受け入れたはずなんだ。

 だけどおれは、もう彼女を犯罪者だとは、悪女だとは到底思えなくなっていた。

 本当に彼女が、皆から死を切望されるような犯罪を犯したんだろうか。だとしたらどれほどの切実な理由があったのだろうか。なんで彼女が。どうしてこんなに美しい人が名誉を傷つけられるような最後を迎えなければならないのだろうか。なんで、どうして……


 溜め込んでいたなにかが、とうとう(せき)を切って溢れだした。自身の名誉のためにも、決しておれは泣き虫ではないと声を大にして弁明したいのだが、二度も彼女の前で醜態を曝している身では説得力もなにもないだろう。


「私が処刑されることに涙するのはお止めなさい。この世から悪がひとつ無くなることを喜び、笑いなさい」

「すいません。……なんかおれ、なんて言っていいのかわからないけど、でもおれは、あなたが罪を犯したんだとしても、あなたが死ぬことを喜んだり、笑ったりなんて……とてもできそうにないです」


 情けなくも嗚咽を漏らすおれに、彼女は呆れたような困ったような顔をした。


「あなたには理解できないかもしれないけれど、この結末は私が望んで選択した結果なの。私はこの結末に満足しているし、これが私にとっては唯一の救いでもあるのよ」


 「だからあなたが気に病むことはない」そう言って彼女は綺麗に笑う。


 嘘だ。そんなの間違っている。

 死ぬことが救い? こんな死に方が?

 あまり頭の良くないおれにだってわかる。彼女は間違ってる。だけど問題は、彼女が心からそれを信じきっているということだ。

 誰かがそうさせたんだ。周囲の環境が、この国が、この世界が。

 「死ぬことが唯一の救いだ」と、こんなにも満ち足りた顔でこの女に言わせる世の中が、間違っているんだ。


 残念ながら彼女ほど頭が回らないおれは、彼女を説得するほどの言葉を持っていない。それに彼女の認識を変えたところで、きっと彼女の運命は変わらないだろう。それほどに、世間は悪女の死を望んでいた。

 おれは今まで、どんな理不尽な目にあったとしても、それを嘆きこそすれ抵抗したことはなかった。

 この世の大きな流れの中で、おれの存在はたった一つの小石みたいなものだ。社会の仕組み、権力、身分制度といった濁流に飲み込まれ翻弄される小石。最初こそ痛くとも、流される内に角が取れ、なんの抵抗もなくなっていく。一種の諦念(ていねん)でもあるし、処世術のようなものだった。それについて特に疑問も持っていなかったし、下位の身分の身では当然のことと受け止めていた。

 けれどもおれは、今初めて世界に疑問を持った。この世界に対して、明確な怒りが湧いたんだ。


「レナート。あなたと過ごす時間は存外に悪くなかったわ。私にもう一度夢を見せてくれてありがとう」


 彼女の最期の言葉に、また泣かされてしまった。これじゃあ、彼女におれが泣き虫だと思われても仕方ないだろうな。


 彼女の死から数日。結論から言うと、おれは憲兵隊には入れなかった。

 というか、最初から憲兵隊入団の試験を受けなかった。そして、あれほど辞めたかった雑兵の仕事を続けた。当然、彼女から教わった訓練は毎日欠かさずこなした。

 あの日に感じた怒りを原動力にして、ただただ我武者羅に毎日を過ごした。恒例行事となっている見習い騎士と雑兵の模擬戦では、見習い騎士たちを圧倒して勝利を得た。ついでに怒りに震えた見習い騎士たちの指導教官をも打ち負かしたのは今思い出しても痛快だ。彼女の素晴らしい才能と指導力を証明できた瞬間だった。


 そして今、おれはある人の下で見習い騎士をしている。

 驚くことにその人は彼女の兄に当たる方。コルラード・モラトリアス様改め、コルラード・ラスウィーク様だ。何かに抗いたくて、でもどう抗ったらいいのか分からずただ藻掻いていたおれを、コルラード様はご自身の見習い件雑用係にと推し、おれにこの国初の平民出身騎士となる新たな道を指し示してくれた。

 平民のおれを自身の見習いに推すことで周囲の風当たりが強くなることを懸念したけど、当人には「犯罪者の身内ということで、既に相当の風当たりを受けているので、今更お前の分が増えたところで大した違いはない」と淡々と言ってのけられたことは記憶に新しい。


 コルラード様は、髪の色や目の色などは彼女と似た色彩をしているが、血の繋がりを色濃く感じ取れるほど似ているわけではない。柔和な印象の彼女と比べて視線は鋭く、どちらかと言えば武官と言うよりは官僚を思わせる、神経質そうな、厳しそうな印象を受ける人だ。眉間には常に深い溝を刻み、口調も端的で一見して冷たくも感じる。だが決して冷徹ではない。見習いとして近くで見てきたおれはそれを身に染みて感じていた。

 本人に告げれば否定されてしまうのだけれど、たまに話し方や立ち姿の所々に、ふと彼女の面影を感じることがある。そうすると、彼女と過ごしたあの薄暗い地下牢での時間を思い出してしまうんだ。

 コルラード様は唯一、彼女のことを話せる相手でもあった。


 いつかコルラード様に言われたことがある。


 「アレはお前に、自身を投影していたのだ」と。


 おれの夢を叶えようとすることで、彼女が幼い頃に抱いていた夢をも叶えようとしていたのだと。おれは彼女の最期の言葉を噛みしめ、また胸がぐっと詰まった。


 次の昇任試験で認められれば、おれは貴族家になんの縁もない平民出身者初の騎士となる。そして、雑兵から騎士へ上り詰めた初めての事例となるんだ。

 正直、まだ身分による差別は無くなってないし。コルラード様に対する視線もおれへの圧力も厳しくなる一方だ。けれどもおれは、新たな目標に向かって突き進むこの歩みを、決して止めないと決めている。もう彼女におれの情けない姿を(さら)すのは懲り懲りだ。

 

 稀代の悪女、ベアトリーチェ・モラトリアスは死んだ。でもおれの中には、おれの最初の師匠だった『サラ』が生きている。彼女はおれが歩みを止めない限り、おれの命が終わるまでずっと生き続けるだろう。

 おれは今、二人分の人生を背負って生きているんだ。

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