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悪女の消えた世界  作者: 三食うどん
外伝
16/22

とある兵士の雑記 前編

この話には囚人への差別や、女性を軽視する発言などの描写が含まれます。

台詞があまりに下品になったのでR15タグをつけ直しました。


 おれたち雑兵の仕事は膨大だ。

 城で働く兵士と言やあ聞こえはいいが、まあ単なる雑用係だな。兵舎の掃除や武器の手入れ、騎士様や上級兵士から個人的な仕事を言いつけられるなど日常茶飯事。朝から晩まで働いて、兵舎に帰る頃にはふらふらのくたくた。そんなんだから兵士のくせに剣の訓練などまともに出来ないし、やったとしてもたまに棒っきれや箒で素振りの真似事をするくらいだ。

 お偉さん方は例え雑兵だって実力次第では出世できるなんて言っちゃあいるが、そんなん土台無理な話で。

唯一おれたち雑兵が兵士として活躍出来るとしたら、新人の騎士様との練習試合でボロクソに叩きのめされることくらいだ。そんなら町で商家の用心棒している方がよっぽど楽で実入りもいいし、実際にある程度勤めて城内兵士だったという箔を付けた後、町に下りて再就職するってのがおれたちの常例となっている。

 おれもおれの二つ上の先輩も、この仕事の辞め時を探していた。


 よりよい条件で再就職するにはただ単に雑兵としての仕事をするだけでは駄目だ。積極的に騎士様や上級兵士の雑用をこなしてコネを作らなくちゃならない。実際に城勤めの騎士様と懇意(こんい)になって再就職先を斡旋(あっせん)してもらったなんて例もあるんだ。

 先輩なんかは要領がよくて、雑兵の仕事をおれや他の仲間に押し付けては嬉々として上からの雑用を引き受けていた。もちろん不満はあるが、先輩の焦りも多少は理解できる。

 この勤めが終わればおれは田舎に帰るつもりだし、先輩とはもうそれで会うこともないだろう。先輩のこの横暴な振る舞いもあと少しの付き合いだと見ないふりをしていた。おれたちが上から特別な辞令を受けたのはそんな時だった。


 もうすぐ城を去る予定の雑兵二人、絶対に内容を口外しないという誓いを立てさせられた後、とある犯罪者を収監する牢獄の牢番の役目を言いつかった。その犯罪者とは貴族の令嬢でありながら貴人の暗殺や国家転覆を企てた大犯罪者であると言う。

 雑兵でも、牢番の仕事を代行することはある。だがそれは大抵身分のない犯罪者相手の場合で、貴族を収監する牢の牢番はもっぱら貴族出身である騎士の役目だ。貴族のご令嬢なんてもう別世界の人間だし、国家転覆なんて(はか)る大犯罪者なんて聞いただけで恐ろしい。

 本音を言えば全力で拒否したいところだが、残念ながらおれたちに拒否権なんてない。おれは恐る恐るその犯罪者が収監されている地下牢に足を踏み入れた。


 地下牢は、じめっとしていて冷たく、どことなく陰気な空気が漂っていた。だがおれたちが知っている牢屋とは違って酷い臭いもなく、また粛然(しゅくぜん)としていた。静かな空間におれたちの足音だけが何倍にもなって響き渡るのが、まるで怪物に飲み込まれていくようでちょっぴり足がすくんだ。

 兵舎にあるおれの共同部屋よりも広い牢の中に、その(ひと)はいた。思ったほどの恐怖感はなく、それどころかこの(ひと)のどこが大犯罪者なのだと不思議に思えるほど、小さくか弱いように見えた。そして、少し薄汚れてはいるがそれでも隠し切れない気品というものがその(ひと)の立ち居振る舞いから伝わってきた。初めて見る元貴族令嬢は、なるほどこれが高貴なものなのだと犯罪者相手に本気で思ったほど、圧倒されるような美しい人だった。


 女は無口で、日がな一日横になっているかぼんやりと座っているだけだった。おれたちの仕事は朝から(よい)の口まで、牢の前に立って犯罪者の様子に異常がないか監視すること。また、朝晩と食事用の扉の鍵を開け、そこから食事を入れるだけだ。正直言ってかなり暇でしょうがない。だが一般的な雑兵と比べて楽な仕事なのは事実だ。それに先輩もおれと同様ずっと牢から離れられないので、無駄に雑用を押し付けられることがないのもよかった。おれは漠然(ばくぜん)と、今回の仕事が終わる時が自分の辞め時だなと感じていた。

 だが先輩の方はそうもいかない。いい条件で再就職をするためにはまだまだコネが必要だ。なのに日中誰とも会わずここにずっと立ってないといけないのだ。思うようにコネを築けない焦りからか、目に見えて苛立っていた。そしてその苛立ちが、ある日爆発することとなった。


 地下牢には一日に二回、囚人用の食事が配膳されることになっている。しかし囚人用と言っても貴族様の食事だ。おれたちが普段食べているものとは比べようもないほど豪華なものだった。しかしその食事はそのほとんどに手をつけることなく返されていた。

 おれだってそのことに何も思わなかったわけじゃないけど、何か言ったところでその食事がおれたちの口に入るわけでもない。何事もなかったように手つかずの食事を回収して、またいつも通り牢の前に立っているだけだ。だがその日の先輩は違った。


「いいご身分だな、おい」


 牢の中の女に向かって吐き捨てるように言った。


「囚人用の飯は口に合わないってか? 普段からどんな贅沢なもん食ってきたんだか知らねえが、これだっておれたち雑兵の飯と比べたら数倍は贅沢な飯だってのによ」

「ならばあなたが召し上がればいいのではないかしら。私は構わないわ」


 女は先輩に一瞥(いちべつ)を向けると静かに口を開いた。おれは女があまりにも無口なので、もしかしたら口が利けないのではないかとさえ思っていたので、その女が先輩の言葉に答えたのに少し驚いた。


「てめえ! 囚人の分際で俺を馬鹿にしてんのか!」


 突き放すような、高飛車な女の言葉に先輩は酷く憤ったようだった。罵声を浴びせ、牢の鉄扉をガンと蹴りつける。しかし女のほうは既に先輩に対して興味を失ったらしく、もうこちらを見ることもなかった。女が無反応なので、先輩は悪態をつきながら食器を下げるために地下牢から出ていった。

 夕刻の食事が終わると、囚人の食器を下げることを口実に夜間の担当者との交代時間まで先輩は戻ってこない。おれはそっと息を吐いて牢の中の女を盗み見た。その女は相変わらず死んだように身動き一つせず、寝台の上でただ静かに蹲っていた。


 翌日、上機嫌で地下牢へやってきた先輩は開口一番に牢の住人に向かって言った。


「なあ、アンタ。アンタ、王子サマに捨てられたんだってなあ。その腹いせに謀反を引き起こしたって? いや、女の執念ってのは怖いもんだねえ」

「な、なに言ってんですか先輩」


 囚人の詳細はおれたちには完全に秘匿されている。だからこそ、おれは先輩の言葉に面食らう。


「ああ? これは確かな情報筋だぜ? まあコネのねえお前には言っても分からねえだろうが。この女はな、元々王太子殿下の婚約者サマだったらしいぜ」


 先輩は顎をしゃくって牢の中の女を指し、得意気に言い放った。


「なあどんな気分だ? あ? 男に裏切られて捨てられた挙句、こんな牢屋に入れられて。あとは死ぬのを待つだけってのは」

「先輩ちょっと言いすぎっすよ。仮にも貴族令嬢様ですよ」


 おれたちに任された仕事は囚人の動向に注視しながら牢の前を守ることで、囚人を追い詰めることじゃない。しかしおれの苦言を異に介すことなく先輩は続ける。


「ああ? 何が貴族令嬢サマだよ。元ご令嬢サマだろ? なんで俺たち雑兵がここの牢番してるか分かるか? そりゃあこの女が実家からも見捨てられたからだよ。婚約者からも国からも家族からも見捨てられて、もうお貴族サマでも何でもない。ただの囚人。俺たち以下の存在なんだよ」

「だからって…」


 おれが口ごもると先輩は更に嬉々として、牢の中の女に言い募った。


「なあ教えてくれよ、元ご令嬢サマ。アンタもうすぐ観衆の目の前でその首切り落とされんだろ? それってどんな気持ちなんだ? ビビッて小便ちびりそうになってたりすんのかよ」

「知ってるか? 首って切られてもしばらく意識はあるらしいぜ? 切られた瞬間は痛いのかな? 呼吸ができないってどんな感じかな?」

「アンタが処刑される日は最前列で見ててやるよ。アンタの切られた首を最初に蹴るのは俺だ。最近は平民の間で、切り落とされた囚人の首使って蹴球すんのが流行ってんだよ。終わった後は見物だぜ? 本当に球みてーに丸くなってんだ。アンタのお綺麗な顔も見れたもんじゃなくなるだろうな」

「なあアンタ、お貴族のご令嬢サマってのは、結婚するまで純潔を守るって本当かい? だとしたらアンタ、女としての機能を誰にも使われずに死んでいくんだなあ。さすがに同情するぜ。なんなら俺が使ってやろうか? ほら、こっちにケツ突き出せよ。王子サマがいらねえと捨てたモンを俺が有効活用してやんだからよ。ありがたいだろうが」


 それ以上聞いていられなくて、俺は思わず先輩の肩を掴んだ。


「やめてください。おれたち牢番は囚人と必要以上に口を利いてはいけないことになってますよね。これ、職務規定違反ってやつっすよ。これ以上しゃべると上に報告します」

「はあ? 誰に報告するって? まともに上とのコネも作ってもない奴がよ」


 先輩が俺の胸倉を掴んで持ち上げる。悔しいことに、俺より遥かに体格のいい先輩に力では敵わない。


「…お前はいいよな。雑兵辞めたら田舎に帰るんだろ? 田舎に帰ってつまらねえ仕事して、つまらねえ女と所帯持って、つまらねえ人生を送るんだ。そんなことで満足できちまう、お前のつまらねえ頭の中が時々心底羨ましいよ」


 先輩は顔を歪め、尚も続ける。


「毎日毎日したくもねえ雑用引き受けて、下げたくもねえ頭下げて、ヘコヘコして機嫌取って。それでもなかなか認めてもらえねえ。こんなとこ早く辞めてやりたくても、騎士も上級兵士も誰もいないこんな地下牢にいたんじゃ満足に上との関係も築けねえ。俺がここでこうしてる間も他の奴らがどんどん条件のいい再就職先を斡旋してもらってるかもしれねえ。そんな俺の気持ちが! 焦りが! てめえに理解できんのかよ!!」


 呼吸が苦しくなって、おれは思わず先輩の手を掴んだ。すると、牢の中にいる女がこれまでの沈黙を破った。


「もうお止めなさい。いい加減見苦しくてよ」


 この場を支配するような凛とした声だった。涙目になりながら声の方に目線を送ると、いつもは囚人用のベッドに腰かけているか横になっているかのその女が、鉄格子の手前まで来ているのが見える。先輩はもう俺に興味を失ったらしく、掴んでいた手を緩めておれを床に落とした。そしてゲホゲホと咳き込むおれに構わず、吸い寄せられるように牢の前へ向かう。


「なあ、アンタ今俺を馬鹿にしたか?」

「…せんぱいっ」


 絞り出すようにして発した声は掠れて先輩には届かない。


「捨ておきなさい。この男が何を言おうと犬の無駄吠えにしか聞こえないわ」


 その女の視線は真っすぐおれに向かっていた。だが存在を無視された先輩は益々激昂(げっこう)することとなる。


「なあおい! てめえ俺を馬鹿にしたのかって聞いてんだよ! 薄汚ねえ囚人の分際で! ナメやがって」


 女が無言のままでいると、先輩は鉄格子を掴んで喚いた。


「貴族がそんなに偉いのかよ! 身分がそんなに尊いのかよ! どいつもこいつも人に命令するしかねえ能なしのくせしやがって。俺だって貴族の家にさえ生まれてりゃあもっといい人生送れたよ。騎士になって下の奴らこき使って、女にちやほやされて。平民じゃなけりゃ、こんなとこで雑兵なんてクソつまんねえ仕事して毎日惨めな気持ちになってねえんだよ! 何が雑兵の一番大事な仕事は見習い騎士たちの試し切りだよ。馬鹿にしやがってクソったれが!」


 先輩の吐き捨てるような悪態に女が答える。


「……無理よ」

「ああ?」

「確かに身分は個人の努力ではどうにもならない生まれ持ったものよ。貴族ともなると多くの特権が与えられる。けれど地位が高ければ高いほど、そこにはあらゆるしがらみや責任と言うものが附随(ふずい)する。あなたが思っているほど、いい人生とは言えないわ」


 淡々としゃべってはいるが、その言葉には心からの憂いが籠っていた。おれは、一体この(ひと)はどういう人生を辿ってきたのだろうと想像する。貴族女性としてあらゆるしがらみや責任に翻弄された結果、この暗く冷たい地下牢でただ死を待つ身となっているのだろうか。


「断言するわ。例えあなたが貴族であっても、騎士であっても、何も変わらない。結局あなたはただ、誰かを見下したいだけなのよ。自分もそうされたように、誰かを見下して優越感に浸りたいだけ。あなたが惨めなのは平民だからでも雑兵だからでもない。あなた自身が、自分を惨めだと思っているからよ。自分自身に誇りを持てないなら、例えどんな立場になったとしても同じことだわ」

「なんなんだよあんた。誰よりも惨めな立場のくせに。偉そうに説教たれてる場合かよ。無様に這いつくばって命乞いでもしてろよ。自分が死ぬとこを想像して泣き喚いて震えてろよ。もっと惨めったらしく死んでいけよ!」


 先輩はそう叫ぶと、そのまま地下牢から出ていった。去っていく先輩の背中を眺めながら、おれは嵐が過ぎ去ったようにほっと息を吐く。それにしても、と未だ牢の前に立っている女に視線を戻した。

 おれたちが牢番に赴任してからずっとベッドの上から動くことのなかった女が、先輩の暴言にもずっと無言に徹していた女が、わざわざ牢の前に出て先輩に言い返したのはやはりおれを助けてくれるためだったのだろうか。


「あの…ありがとう、ございました」

「別にあなたを助けたわけではないわ。ただ最後の時間くらい静かに過ごしたかっただけ」


 感謝を述べてもその(ひと)は素っ気なく背中を向けた。暗く冷たい地下牢に再び沈黙が戻る。


「なんで……謀反なんか起こしちゃったんですか?」


 牢番としてのおれの仕事はその仕事を終える日まで、ただ静かに牢の前に立っていることだ。今さっき先輩に囚人と必要以上の会話をしてはいけないと注意した舌の根も乾かないうちに、衝動的に疑問が口をついて出てしまった。はっとして口を噤む。

 その(ひと)は首だけを振り向かせると、暫くの沈黙の後、呆れたように息を吐いた。


「あなたは“口は災いの元”という言葉を知らないようね」

「す、すいません。やっぱ言えるわけないっすよね。でもどうしても不思議で…」


 この(ひと)は悪人じゃない。雑兵という仕事柄、おれは今までずっと色んな奴の悪意に曝されてきた。だからこそ直観的に感じるものがある。

 おれはこの(ひと)がしてきたことを知らない。この(ひと)の素性も知らないし、さっき先輩が言っていたことだって断片的にしか覚えていない。元貴族令嬢で、王太子様の元婚約者で、大罪を犯した犯罪者で、

あと数日したら処刑される身で、大人しく口数の少ない綺麗な女。おれが知っているこの女の情報と言えばそのくらいだ。だからこそなのか、それ故なのか、目の前の女と大犯罪者という部分がどうしても繋がらないのだ。

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