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悪女の消えた世界  作者: 三食うどん
末文
15/22

悪女の消えた世界


 アンネ・ローゼの手記の再刊行を皮切りに、世間では稀代の悪女ベアトリーチェが再び注目されることとなった。しかしこれまでと違うのは、世間があまり注視してこなかったベアトリーチェの人となりや心情がより一層掘り下げられるようになった点である。それはベアトリーチェを題材とした数々の舞台作品からも伺えるだろう。

 

 その代表的なものはベアトリーチェのエリオス二世への悲劇の愛を題材とした『悪女の悲劇』や『愛の病』である。これらは(いず)れもアンネ・ローゼの手記を軸として、婚約者であるエリオス二世に裏切られたベアトリーチェの悲しみと苦悩と、そして破滅に突き進むまでの心情を深く表現した悲劇である。

 ベアトリーチェを題材とした舞台で外してはならないのがトーマス・ラヴァスの『薔薇の中の乙女たち』だろう。トーマスはアンネ・ローゼの手記にも登場するファルカス・ラヴァスの直系子孫である。

 『薔薇の中の乙女たち』ではベアトリーチェの幼少期のエピソードやアンネ・ローゼとの出会いと友情が主軸となっている。トーマスは舞台の中で、女性の抑圧された環境を薔薇の棘によって表現した。薔薇のように美しいドレスを身に纏っていた彼女たちが、半面いかにその棘によって抑圧されていたのか。そしてその棘の中で、真の友情を育むという束の間の自由をどれほど享受していたのか。

 一面薔薇に囲まれた舞台の中心で手を取り合い無邪気に踊る少女たちの印象的なシーンは、観客の目に強烈に刻みつけられた。その影響は貴賤(きせん)問わずカンタレツィア中に轟き、今日(こんにち)まで女性の社会的地位向上への意識改革に大いに貢献することとなった。


 また、数々の歴史学者たちも、これまで実態のなかったベアトリーチェ・モラトリアスという人物について次々と紐解いていった。

 歴史学者ランドルフ・サモワ著、『悪女の真実』では、こう記されている。


 『全ての事件において、このような幼き少女一人による凶行とは(はなは)だ疑わしい。稀代の悪女、ベアトリーチェとは、カンタレツィアにおいて最も哀しく痛ましい生贄(いけにえ)の羊である』


 その根拠としては三つのことが挙げられた。

 一つはベアトリーチェの兄であるコルラード・ラスウィークの存在である。ベアトリーチェの死後、モラトリアス家は取り潰しとなった。しかし、コルラードは伯爵位を(たまわ)り性をラスウィークに変えた後エリオス二世の親衛隊に身を置いている。そしてその後エリオス二世の最側近の地位にまで上り詰めている。国を脅かした反逆者の家族の末路というには(いささ)か不自然である。


 もう一つはラスウィークの領地であったカルカスの地にある。カルカスは、ベアトリーチェやコルラードの父であるエイブラム・モラトリアス前侯爵が最期の時を過ごし、またその遺体が眠る地でもある。エイブラム・モラトリアス前侯爵の墓所は、数年前に観光地化され現在では多くの人々が訪れる名所となっているが、その墓標にはこう記されている。

 『エイブラム・モラトリアス そして最も偉大なラスウィーク・モラトリアス ここに眠る』

 カンタレツィア建国の祖の一人であるラスウィーク・モラトリアスの墓所は別の地にあるため、ここでいう最も偉大なラスウィーク・モラトリアスは別の人物である。著者はこれこそがベアトリーチェ・モラトリアスを指すのではないかと論じている。


 最後の根拠は、アンネ・ローゼの手記によればベアトリーチェが悪女に変貌する発端となったエリオス二世その人である。

 エリオス二世は『平和と平等の日』を設立した後、その日は執務の休養日とし、神への祈りのために自室に籠るようになったという。部屋の外には護衛を待機させてはいるが、室内には護衛ばかりか侍女や侍従でさえも決して立ち入らせなかった。

 また、エリオス二世が飲酒を苦手としていたのは有名な話ではあるが、毎年この日だけは飲酒をしていたという記録も残っている。それも決まってかつてのモラトリアスの領地で作られた酒であった。

 ベアトリーチェの命日にベアトリーチェの故郷の酒を飲む。これらの意味するものは何であろうか。かつての婚約者が処刑された日である『平和と平等の日』、その日エリオス二世は自室で一人、何を思っていたのだろうか。どんな祈りを捧げていたのだろうか。歴史学者や劇作家でない筆者でさえ、両者の関係に想像を膨らませざるを得ない。

 また、エリオス二世がカルカスの地へ蟄居(ちっきょ)していたエイブラム・モラトリアスに宛てたとされる手紙もいくつか現存していることからも、両者の間に単なる王族と反逆者の家族というだけでない関係性をも(うかが)い知ることができるだろう。


 そして、ベアトリーチェの没後200年の節目であるこの年、初めて民間の議員による議会が開かれ我が国カンタレツィアは益々民主主義に大きく舵を切った。エリオス二世の頃に始まった平和と平等の祭典は今尚、更なる盛り上がりを見せており、今や国民の一大行事となっている。

 また、平民の出でありながらその腕一本でこの国を代表するデザイナーの一人となったマリーゼ・ベルタや、貴族女性でありながら最高学士の資格を有するマリア・ガエターナ・ジェルマンを初めとする女性の社会進出が、近年目覚ましい進歩を見せていることも追記しておきたい。

 そして残念ながら騎士という職業は何年も前に廃れたが、軍部における女性兵士の活躍も忘れてはならない。

 アンネ・ローゼの手記において、ベアトリーチェが語っていた女性の地位を向上させるという夢物語が今、実現しつつあるのである。


 もちろん女性に対する暗黙の圧というものは未だ根強く残っているし、近代化が進む現代に至っても尚残存する身分格差の問題や民主主義化における貧富の差などの弊害(へいがい)と、まだまだこの国が抱える課題は多い。だが、本誌は社会誌や経済誌ではないためここでは割愛(かつあい)する。

 しかし間違いなく言えるのは、今もこの国はよりよい方向に進んでいるということである。それは誰かに強制された未来ではなく、我々一人一人が自身で道を切り開き、よりよい未来を創っていこうとする機運の高まりに起因する。

 そしてその真の立役者こそ、稀代の悪女ベアトリーチェなのではないか。筆者はそう思うのである。


 悪の権化、悪の象徴。長らくそう呼ばれてきた稀代の悪女ベアトリーチェは、ここにきてただ一人の人間として肉付けられてきた。一人の人間として生き、そして死んでいった彼女が何を思っていたのか、そして今のこの国に何を思うのか。彼女の生き様について知りたいという欲求は留まることを知らない。

 そして我々は益々、彼女の奥深さにのめり込むばかりである。


 ベアトリーチェ・デルリア・ラス・モラトリアスは間違いなく、世界で一番愛されている悪女である。



カスタム出版 世俗情報誌 担当記者

ニーナ・スキャット

これにて本編は終了です。最後までお読みいただきありがとうございました。

外伝を二話ほど不定期に投稿する予定です。外伝も読んでいただけたら嬉しいです。

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