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私の人生は挫折の連続であった。
私が生まれた時、私は王家の次男という立場であった。私は生まれつき心臓に欠陥があり、生まれて直ぐは泣き声ひとつ上げずしばらく生死の境を彷徨っていたという。奇跡的に回復した後も病弱なのは変わらず、風邪を引くたびに拗らせては危篤に陥っていた。いつも寝床に寝ていることが多いため発達も遅く、三つになるまで自分の足で歩くことすらできなかった。しかし文字が読めるようになると、植物が水を吸収しするすると枝葉を伸ばすかの如くに書物にのめり込み、その知識を吸収していった。満足に自身の体を動かせない私にとって、書物は、知識は、何よりの玩具であり生きる力の源でもあった。
医学、薬学、哲学、政治学、あらゆる書物を読みはしたが、とりわけ私の心を動かしたのはこの国の成り立ちや周辺国の史実を書いた歴史書だった。書物もそうだが、その頃既に王位を退いていた祖父の口から語られる生きた歴史はまた格別だった。歴代の王やその側近たちのように歴史を動かす人物になりたい。私は次第にそう考えるようになっていた。だが、何せ病弱故に体の自由が利かない。そんなままならない日々を送りながらも、いつか自身の考えた政策を推し進める未来を夢想していた。
私と五つ年の離れた兄のアレサンドロは、病弱で内に籠りがちな私と違い、活発かつ闊達な人物であった。次期王となるための教育で忙しい身のはずだが、その合間を縫ってよく私の寝床に訪れてくれていた。私がこのようなままならない体を持て余していながらも腐らず未来に希望を持てていたのは、兄のこの言葉があったからだ。
『父王は常々、王とは孤独な者だからその孤独に耐えられるような精神力を身につけなければならないとおっしゃっているが、私はそうは思わない。父王は孤独かもしれない。だが、私にはお前がいる。お前は頭がいいのだから、今のうちに沢山の書物を読み、将来はその知識で私を支えてくれ。何より信頼できるお前が共にあれば、私は孤独な王たり得ないのだから』
それからは、兄を支えるための知識を身につけることが私の目標となった。数々の書物、祖父の語る記憶、兄の言葉が病に幾度も挫けそうになる私を生かし続けたのだった。
そんな私が、病弱は相変わらずながらも人並みの生活を送れるようになった頃、城内を凶報が轟いた。
次期王であった兄、アレサンドロが落命したとの知らせだった。落馬事故だった。突然の兄の悲報に打ちひしがれる暇もなく、私は次期王の筆頭として担ぎだされ、王となるための教育を施されることとなったのである。
体が弱いことは難点ではあったが、元々兄を支えるべく知識を蓄えていた私にとって王となる教育はそれほど難しいものではなく、次第に次期王としての私の立場は盤石となっていた。しかし先代王である祖父の崩御、父王の病と、その頃の王族には凶事が続いていた。
私は数年代理王の経験を経て、慌ただしく王位を継承することとなった。齢18の時分であった。
それからの数年はとても筆舌に尽くしがたく、私にとっては屈辱にまみれたものだった。如何に知識を身につけようとも、所詮は経験の浅い若造が老獪な貴族たちに太刀打ちできるはずもなく、結局は貴族共に良いように操られる傀儡と化していた。
最初から次期王であったわけではなく、病弱ゆえに城に籠りきりだったことが災いして他の貴族家との関係も希薄である。更に王位を継承して間もなく父王をも亡くした私に圧倒的に足りなかったのが、力のある貴族家の後ろ盾であった。モラトリアス家はその頃から王家の忠臣として傍にあったが、モラトリアスの性質上彼らに政治的な発言力はない。早急に強力な後ろ盾を必要とした私は、まず最初にハイデンスク家の娘と婚姻を結んだ。
彼女は物腰の柔らかく、聡明で、王妃となるにふさわしい人物であった。しかし数年を経ても、彼女との間に子は恵まれなかった。サーニアス信仰の強いこの国では重婚は認められない。王族の義務として、疾く世継ぎをという周囲の声を遂には無視できなくなり、唯一心を通わせられた彼女とも別れざるを得なかったのである。
それからも、私には様々な家柄の姫君が宛がわれた。皆、数年して子が出来ないとみなされると、離縁してまた新たな姫が王妃の座に就いた。そうしているうち、次第に私の体に問題があるのではという噂が囁かれだした。ただでさえ幼い頃より寝床から起き上がれないほどの病弱ぶりであったのだ。度重なる危篤の末にとうとう子を宿す胤が正常に機能しなくなったのではないかというものだった。
そんな時、当時の王妃が初めて子を身ごもったのだ。デルスペル家出身の成人したばかりのまだ若い娘だった。彼女は難産の末に王子を産み落とすと、看護の甲斐なくそのまま亡くなった。私は唯一次代を継ぐ後継者を授けてくれた王妃をも失ったのだ。
気づけば私は父王と同じ、信頼できるものは誰もいない、孤独な王となり果てたのである。




