神の降臨
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──神の降臨
「畜生! ブラボー・リーダーよりアルファ・リーダー! こいつには鉛玉が効かない! これから赤魔術を試す!」
『アルファ・リーダーよびブラボー・リーダー。許可する。実行せよ』
「よし。やれ!」
ラムダの連邦海軍水陸両用コマンドは足止めを食らっていた。
突然現れた光球が進路に立ちふさがり、レーザーのような光の光線で攻撃を仕掛けてきたのだ。ラムダたちは部隊を分散させ、正面突破はラムダの部隊ともう1個小隊が担当することになった。
「────!」
ラムダとは違う小隊が赤魔術での攻撃を試みる。
「効果なし! 効果は認められず!」
「畜生! なんなんだあれは!」
これが人工天使だ。
人工の神を形成するのとは小規模の儀式で生成された存在。コントロールはされておらず、自分たちに敵意を向けてくるものたちを自動的に攻撃している。攻撃に使うレーザーは装甲動力馬車だろうと一撃で吹き飛ばす威力を有している。
『アルファ・リーダーよりブラボー・リーダー。交戦を継続せよ。ここで奴らを釘づけにしておけば別動隊が作戦に成功する可能性が高くなる』
「了解! 聞いたな! 連中を釘付けにするぞ!」
アルファ・リーダー──ラムダの部隊とブラボー小隊は光球に銃弾を放ち続えける。レーザーによる反撃で遮蔽物が吹き飛ぶが、遮蔽物を移動しながら、交戦を継続した。ひたすらに銃弾を叩き込み続け、敵を自分たちに引き寄せる。
その間にエリックたちは中央広場までもう少しの距離に来ていた。
「むう……。すまん、エリック。意識が……」
そこでチェスターが倒れれた。
「コヴェントリー辺境伯閣下、大丈夫ですか?」
「何が起きた?」
「毒ガスではないと思うが、何だろうか」
そこでエリックは見た。
「閣下の魂の色が薄くなっている」
「なんだと」
エリックの告げた言葉にエリザベートが目を見開いた。
「なるほど。そういうわけか。儀式ではこのアーカムにいる人間の魂を利用するらしい。魂を吸い取っていっているのだ」
「そ、それって元に戻るんですか?」
「元凶を倒せばどうにかなる。そして、元凶まではもう少しだ」
エリックたちの装甲動力馬車は前進を続け、中央広場に向かう。
そこでエリックは不自然な物体を確認した。
「全員、降りろ!」
エリックがフィーネとオメガを、エリザベートがチェスターを抱えた飛び降りた次の瞬間、目の前に現れた光球がレーザーを放ち、装甲動力馬車を木っ端みじんに破壊した。
「無事か!?」
「大丈夫でーす!」
「大丈夫です」
「平気だ」
「コヴェントリー辺境伯閣下にも異常はありません」
エリックの問いかけにフィーネ、オメガ、エリザベート、メアリーが答える。
「あれはなんだ……?」
「魂ですよ、エリックさん」
「魂? しかし、魂は……」
「私には感じます。あの光球の中にいる人々の魂の声が」
フィーネはそう告げると、立ち上がって、片腕を光球に向けた。
そして、動物霊にそうするように意識を集中する。
『怖い』
『怖い』
『怖い』
『誰も信じられない』
『死にたくなかった』
『誰か助けてくれ』
怨霊と同じようにそれは言葉を発していた。
「大丈夫です。あなたたちを縛る枷を外します。冥府に向かってください。安らかな眠りの中についてください。あなたたちは自由です」
フィーネがそう告げたと同時に光球は消え去った。
「あれはなんだったのだ?」
「複数の、恐らくは殺害された人の魂を利用して作られたものです。枷によって縛り上げられていたので、私が枷を外して解放しました。もう彼らは大丈夫なはずです」
エリザベートが尋ねるとフィーネがそう告げる。
「この調子で進みましょう! 中央広場まではもう少しなのでしょう?」
「ああ。もう少しだ」
中央広場は目と鼻の先だ。
「では、参りましょうか」
「気合が入っているね、メアリー」
「当然です」
メアリーは魔道式機関銃2丁に大容量カートリッジを装填し、準備を整えた。
「では、中央広場に突撃だ。アランから『ネクロノミコン』を奪おう」
「そうですね! って、あれ? 天気が……」
曇り空だったアーカムの天気が次第に晴れていく。
いや、違う。晴れていっているのではない。何かが上空で光っているのだ。
「あ、あれは……」
「人工の神、か」
虹色に発色するそれはいくつもの球体で構築され、その大きさを増しつつあった。狂ったような色彩に、狂ったような構造物が積み重ねられていく。全てが狂っている。何もかもが狂っている。球体は歪み、色彩が歪み、ありとあらゆるものが歪む。
これは人工の神。人でも、動物でも、植物でもなく、得体のしれない正気を損ねるような物体で構築されるそれが人工の神だった。
「まさに化け物だな……」
「醜い限りです」
エリザベートとメアリーがそう告げる。
「急ごう。このままではアーカムの全住民が犠牲になる」
あの異形の神が完成したときが、アーカムの全住民が死ぬ時だ。
そして、エリックたちが中央広場に飛び込む。
「敵だ!」
「撃て、撃て!」
広場に集まっていた純潔の聖女派の兵士たちがエリックたちに銃弾を浴びせる。
「よくもやってくれたものです」
メアリーは2丁機関銃を手にすると、銃弾をばら撒き始めた。
「ぎゃっ!」
「うわっ!」
メアリーの火力の前に純潔の聖女派の兵士たちが倒れていく。
「さあ、皆さん。弾切れになるまで踊りましょう」
メアリーはそう告げて魔道式機関銃で銃弾をばら撒き続ける。
「あらまあ。最後の抵抗ですか」
その様子を眺めていたのがロレッタだった。
「エリック。君なら邪魔をしに来ると思ったよ」
アランがそう告げてエリックを見る。
「ああ。邪魔させてもらう」
「だが、どうやって? 私を魔道式機関銃で撃ち殺すか? あいにくだが、今の私に鉛玉は効かない。神の加護を受けた私には」
「神だと? あの醜い存在を神と呼ぶのか?」
「実際の神だって美しいと決まっているわけではない。あのような姿なのかもしれない。我々には我々の声を聞き届けてくれる神が必要なのだ。我々の祈りや願いを無視し続ける神ではなく、我々とともにある神が必要なのだ」
「神は応えてくれる。我々が進み続けるならば」
「それまでに一体どれほどの時間がかかる? それまでにどれだけの祈りが、願いが、問いかけが無視される? 我々はもう十二分に待った。それで神が現れないというのであれば、我々が神を作るしかない」
アランはそう告げる。
「そのためにはアーカムの何百万の住民が犠牲になっていいというのか?」
「……罪は私が背負う。だが、誰かがやらなければならなかった。だから私がやる。人工の神によるユートピアを、楽園を実現する。ちゃんと答えてくれる神がいるということは人類にとって救いとなるはずだ」
「救世主願望に憑りつかれたか、アラン。君が人工の神を作っても、それに問いかけても、帰ってくるのはその呪われた『ネクロノミコン』に書かれた狂った答えだけだ。実際の神の答えを答えてくれるわけではない」
「だが、我々は神を得る。人工の神の答えが『ネクロノミコン』に書かれているものだったとしても、神は神として答えてくれる。それが重要なのだ」
「……もう何を言っても止まるつもりはないようだな」
「ああ。もう引き返せないところまでやってきた」
「ならば、力尽くで止める」
「不可能だよ、エリック」
エリックがタクシャカを実体化させようとしたとき、タクシャカが酷く薄くなってることに気づいた。
「タクシャカ! 無事かね!?」
『ああ。まだ、まだ大丈夫だ。だが、実体化するのは無理そうだ……』
タクシャカも人工の神に魂を吸い取られつつあった。
「エリック。君も諦めて人工の神を受け入れたまえよ。それこそが唯一の幸福への道だ。それしか方法は残されていないのだ」
「いいや。他に方法はある」
エリックが上空の人工の神に意識を集中する。
何百万ものアーカム市民の意識が流れ込んでくる。そして、それが枷によって縛り上げられているのを確認した。フィーネの言った通りだ。人工の神も先ほどの光球も人の魂を材料にして作られている。
「枷を……外す……!」
その中からタクシャカの魂を見つけ、その枷をエリックは外そうとする。
「やらせてはなりません。交戦を継続」
「了解!」
ロレッタの命令に純潔の聖女派の兵士たちがわらわらと現れ、エリックに向け銃弾を浴びせようとする。
「させるものですか」
メアリーは2丁機関銃で純潔の聖女派の兵士たちを薙ぎ払うが、カートリッジの魔力が尽きた。こうなっては魔道式機関銃はただのこん棒だ。
「エリック!」
そこで乱入者が現れた。
「ヴァージル」
「何が必要だ!?」
「純潔の聖女派の兵士たちを押さえ込んでくれ。それが必要だ」
「分かった! いくぞ、お前たち!」
ヴァージルの“紅の剣”はこのアーカムで唯一行動可能な部隊として動き始めた。
クライドが敵を狙撃し、アビゲイルが敵の陣形に突っ込み、リタが赤魔術を浴びせ、クライドが前線で暴れる。
「エリックさん」
「フィーネ」
「ご友人を殺すのは辛いと思います。ここは私に任せてください」
「しかし」
「私に任せてください」
フィーネがエリックの意識を別のものに向ける。
「やれるのだね?」
「やれます」
「では、やろう」
エリックとフィーネはある魂の枷をふたりして外しにかかる。次々に枷を飛ばしてくる人工の神を死霊術の技術で追い払い、ある魂を地上に引き戻そうとする。
「無駄だ」
そのころ、ヴァージルはアランに切りかかり、その攻撃をはじき返されていた。アランの周りには目に見えない障壁があり、それが攻撃を妨げているのだ。
「畜生。エリック! フィーネちゃん! どうにかなりそうか!?」
「どうにかなる。もう少しだ」
エリックたたちは最後の枷を外そうとする。
「ああ。リーダー。意識が……」
「ここまでか……」
クライドとアビゲイルが倒れる。
「もう少し、もう少しだけ!」
リタは最後の赤魔術を放ち純潔の聖女派の兵士を壊滅させた。
そして、リタも倒れる。
「任せたぞ、エリック……」
クライドも地面に倒れた。
「外れた」
「行って! 小春さん!」
フィーネとエリックが枷を外し、再びこの世に呼び戻したのは小春だった。
『はあああああ──っ!』
小春は実体化しつつ、アランに切りかかる。
「まさか、そんな」
アランが狼狽えるのを他所に小春はアランが『ネクロノミコン』を持っていた右腕を切り落とした。右腕が地面に落ち、ネクロノミコンが地面に落ちる。
「エリザベート! 今だ!」
「任された!」
霧になったエリザベートが素早く『ネクロノミコン』を拾い上げる。
「構文は『アル・アジフ』と同じ。呪われないといいのだが」
エリザベートは素早く魔導書に視線を走らせると目的の記述を見つけた。
「────!」
この世のものとは思えない発音の言葉が発され、それと同時に魔法陣が真っ赤に輝いた。そして人工の神が──。
「ああ。神が、我々の神が……!」
アランの嘆きの声とともに人工の神が魔法陣の中に吸い込まれて行く。
そして、これまで吸収してきた人々の魂を解き放ち、人工の神は自壊した。
「なんということを! 我々の神を葬るとは! これがラストチャンスだったというのに! これが最後の機会だったというのに!」
ロレッタは我を忘れて取り乱す。
「アランとあなたには法廷に出てもらう。そこで決着をつけよう」
「法廷ですと!? ごめんです! 私は次のチャンスに賭ける! ここで捕まるわけにはいかない! 人工の神はこの世の中に必須のものなのです!」
ロレッタはそう告げて逃げ出した。
「マスター。追いますか?」
「放っておいていい。連邦の包囲網から逃げられるとは思えない」
アーカムの周囲は連邦が包囲している。逃げられるはずだない。
「アラン。ここまでだ。法の裁きを受けて、その罪を償いたまえよ」
「法だと? クソ食らえだ。私たちはもっと素晴らしい世界を手に入れられたんだぞ」
「素晴らしい世界など存在しない。あるのは妥協の産物だ。人と人の間で妥協するか、人工の神という名の怪物の間で妥協するか。それだけでしかない。そして、人類の発展を目的とする私としては人と人の妥協の方を選ぶ」
「それでは何も変わらない」
「無理に変える必要はない。時にはあるがままの方がいいのだ」
エリックがそう告げたとき魔道式短機関銃にカートリッジを装填する音がした。
「オメガ。何をしている」
「父さんと母さんを傷つけようとした。こいつは生かしておいてはダメだ」
ヴァージルが落とした魔道式機関銃の銃口をアランに向けるのはオメガだった。
「エリックさん! オメガ君の魂の色が……!」
「灰色……。君も人工の神の影響をうけたというのか」
オメガの透明な魂は灰色になっていた。
「殺すならば殺せ。神のいない世界に希望などない」
「やめるんだ、オメガ。君は既に戦意を失ったものを殺そうとしている」
オメガは冷たい目でアランを見下ろし続けた。
「オメガ君!」
そこでフィーネがオメガに飛びかかった。
「ダメだよ。人を殺したりなんてしたら。連中と同類になっちゃう。ほら、私の魂の色を感じて。これがオメガ君に相応しい魂の色だよ。あんな灰色の魂の色じゃなくて」
フィーネはそう告げてオメガの手を自分の胸に当てる。
オメガはそこで目を見開き、次第に落ち着いていくのを感じた。
「オメガ。君の魂の色は変わるのだね」
オメガの魂の色は透明から灰色へ、灰色から明るい赤色に変化していた。
「すみません。ボクはどうかしていたようです」
「仕方ないよ。あんな魂に、淀んだ魂に一時的にとは言え、魂の一部を奪われていたんだから。オメガ君はいつものオメガ君。もう大丈夫」
「そうですね。もう大丈夫!」
オメガが元気よく笑った。
「連邦海軍だ!」
遅ればせながら、ラムダの連邦海軍水陸両用コマンドが到着した。
「彼を拘束してくれ。今回の事件の首魁だ」
「了解。やってくれましたね、父さん」
ラムダはエリックを見てにやりと笑った。
「これにて一件落着か」
自分のやるべきことは全て終わった。
エリックはその達成感に少しばかり酔いしれた。
それからアーカムの全住民が意識を取り戻し、また街は喧騒に満ちたのだった。
……………………
……………………
「逃げ切るのです……! 何としても!」
ロレッタはアーカムの市街地を逃亡していた。
彼女はまだ連邦軍がアーカムを包囲していることを知らない。
「やあ、お姉さん。急ぎの用事かい?」
そこに少女の声が響いた。
「あなたは……」
「ボクはラルヴァンダード。神の存在を知るものだ」
現れたのはラルヴァンダードだった。
「神の存在を知る……? あなたは神の存在を知っているのですか?」
「知っているとも。知りたいかい?」
「ええ。知りたいです」
「それはお願い?」
「お願いです」
ロレッタはラルヴァンダードにそう告げる。
「では、教えてあげよう。ボクたちは悪魔だ。邪悪なる存在と呼ばれるものたちだ。だが、何をもってして邪悪と呼ぶ? 何をもってしてボクたちを悪魔だと規定する?」
ラルヴァンダードが問いかける。
「それはね。この世に正しいことを定めた存在が存在するからだ。悪魔を悪魔だと規定する存在が存在するからだ。それこそが神だ。法がなければ犯罪が存在しないように、神がいなければボクたちは悪魔足りえない」
「神は存在するのですね! どうすれば神は応えてくれるのですか?」
「残念だけど、お姉さんの質問はそこまで。お願いに払える対価がなくなる」
ラルヴァンダードはそう告げて、ロレッタに手を伸ばした。
「お願いの代償に魂をいただくよ。世界の真実が知れたんだ。安いものだろう?」
「ま、待って……!」
ラルヴァンダードはロレッタの魂を抜き取ると、自分のポケットにしまった。
「世界の真実がしれてよかったね。これで全てお終い。世はこともなし」
ラルヴァンダードはそう告げると姿を消したのだった。
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