最高司令官命令
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──最高司令官命令
「水陸両用コマンド、全隊気を付け!」
連邦のアーカムに近い基地で連邦の最精鋭部隊と呼ばれる水陸両用コマンドの隊員たちが、『ブリガンドMK17』魔道式小銃や魔道式機関銃を握って整列していた。全員が顔が分からないように目出し帽をしている。
「休め」
そして、水陸両用コマンドの司令官である連邦海軍少将が告げる。
「アーカムが純潔の聖女派によって占領された。連中はメリダ・イニシアティブから流れた武器で武装し、都市に立てこもっている。連邦の市民も多くが巻き込まれている。これは連邦にとって非常事態だ」
海軍少将が告げる。
「そして、確かな情報筋から純潔の聖女派が人工の神という名の怪物を作り出そうとしている情報が入っている。特AAA級魔導書『ネクロノミコン』が使用されているとのことだ。よってこれからアーカムで起きることはまるで想像もつかない」
ラムダは実働部隊の指揮官として列の最前に並んでいる。
「これより水陸両用コマンドはアーカム自由都市との相互防衛協定に基づき、アーカムから純潔の聖女派を一掃する! これは最高司令官である大統領命令である! 諸君の肩にアーカムにいる1万人以上の連邦市民と世界の命運がかかっている!」
海軍少将が力を込めて告げた。
「指揮はラムダ・ウェスト海軍大佐が執る。連邦はアーカムを見捨てはしない。この世界を見捨てはしない。なんとしてもアーカムを奪還する」
海軍少将はそう告げて一歩下がった。
「諸君! 大統領命令が発された。連邦海軍の威信にかけて、水陸両用コマンドの名誉にかけて、任務を達成する」
ラムダが隊員たちを見渡して告げる。
「これは世界の危機だ。人工の神などが現れれば、我々の社会は破壊されてしまうだろう。それは何としても防がなければならない。連邦市民を救出するとともに我々は人工の神にご退場願う」
ラムダが続ける。
「世界のために、連邦のために、市民のために。忠誠を誓った諸君ならば任務を必ずや成功に導いてくれると信じている。私からは以上だ」
ラムダが海軍少将の方を向く。
「それでは全部隊、出動! 目標アーカム! 純潔の聖女派を駆逐せよ!」
「サー、イエッサー!」
そしてこの大統領命令に基づいて水陸両用コマンドは出撃した。
今も純潔の聖女派の手の中にあるアーカムに向けて。
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「それで、作戦は?」
アーカムに向かう装甲動力馬車の中でヴァージルが尋ねる。
「人工の神の儀式が既に始まってしまっていたら、それを取り消すのに『ネクロノミコン』が必要になる。そして、恐らくこの中で『ネクロノミコン』を解読できるのはエリザベートだけだ。彼女が『ネクロノミコン』を手にできるように全力を尽くす」
「オーケー。『ネクロノミコン』のありそうな場所は?」
「儀式を行うならば中央広場のはずだ。何もない場所で儀式が行えるならば、わざわざアーカムを襲撃して占領する必要はない。アーカム住民の全てが見渡せるアーカム中央広場が儀式の場所になる。そして、恐らくアランが『ネクロノミコン』を持っている」
「アランというのは?」
「私の友だった男だ。これが写真だ」
エリックは自宅から持ち出してきたアランの写真を見せた。
「あ! この人、見たことあります!」
「どこでかね?」
「見たことがあるというか、海賊に武器を売ったのがこの人なんですよ」
「なるほど。メリダ・イニシアティブの失敗のころから、アランは動いていたわけか」
エリックがため息をつく。
「仲がいい人だったんですか?」
「少なくとも裏切られる筋合いはないはずだった。彼は熱心な神の智慧派の信徒で、神と対話できる日を楽しみにしていた。それがまさか純潔の聖女派と手を組んで神の智慧派を裏切り、人工の神などという化け物を生み出そうとしているなどとは」
「そうだったんですか……」
エリックも辛いだろう。信頼していた友人に裏切られたというのは。
「思えば彼は事件が起きる前から純潔の聖女派は怪しいと警告していた。あれは我々の注意を純潔の聖女派に向けるためのものだったのだろう。神の智慧派の一部の反乱者たちから視線を逸らすために」
エリックは裏切りが根深いことを感じた。
アランはかなり早い段階──神の智慧派の集会が最初の襲撃された段階で純潔の聖女派は危険だと告げていた。あの頃から既にアランはエリックを裏切っていたわけである。そして、その裏切りを企てたのはもっと早い段階だろう。
彼はいつから神の智慧派を、エリックを裏切ると決意していた? どうして熱心な神の智慧派の信徒だった彼が人工の神などというおぞましいものに憑りつかれていた? 彼は妹の死について神に問いただすつもりだったのではないのか?
「彼がどうして裏切ったかは恐らく永遠の謎だろう。私はアランを殺すことになる。彼の霊を呼び出して理由を問いただそうというつもりはない」
エリックは静かにそう告げた。
「大丈夫だ。裏切ったのはアランだけだろう? お前さんには俺たちがついている!」
チェスターがそう告げてエリックの肩を叩く。
「そうですね、辺境伯閣下。私にはあなた方がいる。そして、なによりフィーネがいる。彼女と結婚できてよかったですよ」
「えへへ。精一杯お手伝いしますね!」
エリックの言葉にフィーネが照れたように頷いた。
「だが、無茶はしないでくれ。ヴァージルたちも。君たちは私とエリザベートと違って不老不死の存在ではない。敵は恐らくあらゆる攻撃に備えているはずだ。そうでなければ、アーカム占領なんて大胆な真似はしなかったはずだ」
「そうだな。メリダ・イニシアティブから漏れた武器という点から考えても、かなりの重装備だろうし、なにより相手には人工の神がいるのかもしれないんだろう?」
「人工の神がどこまでのものなのかは分からない。だが、神を名乗るぐらいだ。それに『ネクロノミコン』の力も借りている。簡単に攻略できる相手ではないことは確かだ」
人工の神。ラルヴァンダードの言う人類の無知と傲慢の象徴。
神を名乗る以上は、そして純潔の聖女が切り札にする以上はそれなり以上の力があるとみて間違いない。だが、いったい何ができるのかはエリックにも分からなかった。そもそも実在する神のしたことですら分からないのだ。神は天地を創造したが、人工の神も何かを創造するのか? それとも圧倒的な力で支配するだけか?
「お父様。僕も頑張りますよ」
「オメガ? いつからそこにいた?」
いつの間にか馬車の中にオメガがいた。
「弾薬を運ぶ木箱の中に隠れていました。僕にもできることはあるはずです」
「しかし、危険だ」
「危険なのは百も承知です。ですが、お父様やフィーネお母様に何かあったときに、自分が何もしていなかったということの方が恐ろしです」
「君という子供は……。いいだろう。実地教育だ。死霊術について君に講義しよう」
「はい」
純潔の聖女派は完全に狂ってしまっている。
怨霊を祓うことすら忘れているだろう。その怨霊の使い方をオメガに教えてやろうとエリックは思った。怨霊で人を呪い殺す機会など、そうそうに訪れるものではない。
「正面突破はヴァナルガンドとタクシャカでいくかしら?」
「そうだね。我々の最高火力を叩きつけよう。タクシャカの火炎放射後にヴァナルガンドが突撃だ。それで門を確保したら私たちが突入する」
デルフィーヌはヴァナルガンドを連れている。ヴァナルガンドは装甲動力馬車の上で警戒に当たっており、さらにその上空をタクシャカが警戒している。
「俺たちの出番はないんじゃないか?」
「まさか。タクシャカは都市部に入れば火力が制限される。アーカムにはまだ生きている人々もいるはずだ。タクシャカの火炎放射を罪のない人々に当てるわけにはいかない。細かな救助は君たちの仕事だ」
「それからルアーナを救出することもな。あいつは純潔の聖女派だったが、いい純潔の聖女派だった。あいつも巻き込まれているはずだ。辛うじて電報が打てただけでも奇跡だ。俺たちに窮状を伝えてくれたのだからなんとしても助けないとな」
「ああ。そうしよう」
ルアーナはエリックに親切だったとは言えないが、今はヴァージルたちの仲間だ。それを助けずしてどうしようというのか。
「しかし、彼女の現在地は分かるのか?」
「恐らく冒険者ギルドだ。それか宿。あいつもこの非常事態にうろうろするようなことはしないだろう。しかし、アーカムが占領されたとなると、冒険者ギルドも制圧されたのだろうか……」
「冒険者たちは抵抗できる戦力になりうる。制圧された可能性が高い」
「畜生」
仲間たちが殺された可能性があるのにヴァージルが悪態をつく。
「まだ殺されたと決まったわけじゃない。武装解除されているだけかもしれない。軍用の魔道式小銃を手に突撃してこられたら、彼らも無謀な戦いをするよりも降伏することを選ぶはずだ。そして、わざわざアーカムという大都市を選んだ以上、儀式には多くの人間の何かが必要になるはずだ」
「多くの人間の死体でないことを祈るばかりだ」
人工の神の正体が分からなければ、どうやってそれを作り出すかも分からない。
何も分からないからこそ恐ろしい。
「きっとどうにかなりますよ。みんなで無事に帰れるはずです」
そんな中フィーネがそう告げる。
「そうだ、そうだ。悲観的に考えばかりではいかん。ここは楽観的に考えるべきだ。アーカムの住民は誰も傷ついていないし、人工の神って奴もまだ出来上がっていない。そう考えておかんと先に神経をやられるぞ」
チェスターもそう告げて、一時的に緊張がほぐれる。
「そろそろアーカムだ。準備はいいか?」
ヴァージルは装甲馬車の外を見てそう告げた。
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アーカムを制圧した純潔の聖女派は5000名。
奇襲を仕掛けてアーカム都市軍を無力化し、都市警察を制圧し、冒険者ギルドを制圧した。そして、城門に陣地を構えると、そのままアーカムを占領した。
そして、アーカム中央広場では豚の血を使って魔法陣が描かれつつあった。
見るものを発狂させそうな雰囲気を纏った魔法陣をアーカム中央広場に描くのは純潔の聖女派で、その指揮を執っているのは神の智慧派──アラン・モーアランドだった。
「上手くいきそうですか、アランさん」
「なんとしても上手くいかせなければならない。これが我々にとってのラストチャンスだ。これを逃せばもう永遠に機会は失われるだろう」
アランに話しかけるのはロレッタ・ルイス・レイヤード司祭枢機卿だった。
純潔の聖女派の最高幹部と神の智慧派の一員が話し合っていること自体が奇跡に近いのに、彼らはともに何かを成し遂げようとしているのだ。
何かとは? 人工の神の創造に他ならない。
「そうですね。この堕落したアーカムのような都市をそう何度も攻略できるほど、我々には戦力がありません。今頃、セレファイスでは責任逃れのために預言者の使徒派による純潔の聖女派の大粛清が吹き荒れているでしょう。まさにラストチャンスです」
「人工の神の創造にはアーカムのような人口密集地が必要だ。人工の神は人々の魂から作られる。魂を抜かれることになる数百万人の人々には申し訳ないが」
「それは実験で確認されたことですか」
「そうだ。実験で確認した。我々は人工の天使とでもいうべきもの生み出した。しかし、その結果、森が大暴走を引き起こし、スケジュールを引き上げなければならない事態に陥ったのだが」
ロレッタの問いにアランが答える。
「神の降臨を喜ばないとは野生の生き物たちに信心深さを期待しても無駄なようです」
「彼らにとって人工の神とは異物だ。それは抵抗を示して見せるだろう。だが、それも神が降臨するまでの話だ。神が降臨し、全てを支配するならば、森の暴走も止まる。もう、ドルイド教のように生贄を捧げずとも、冒険者を派遣せずとも、森は安全であり続ける。それが全人類にとっての幸せというものだろう」
「全てを支配する機械仕掛けの神。我々純潔の聖女派は神の教えに沿った生活を人々に促せる。ですがアランさん。あなたは何を求めているのでしょうか? あなたは他の神の智慧派のように単純な知的好奇心で参加したわけではないでしょう?」
ロレッタが描かれて行く魔法陣を眺めながらそう尋ねる。
「……本当に神が存在するならば、人は過ちを犯そうとはしないはずだ。容易に人の命を奪おうとはしないはずだ。実在する神がいるならば。だが、我々の信じている神は何もしてくれない。我々の疑問に答えようともしない。どうして人が人の命を奪うのですかという問いにも答えはしない。ならば、答えは自分で見出す」
アランは『ネクロノミコン』を手にそう告げた。
「人工の神を作り、人々を管理する。彼らが過ちを犯さないように。彼らが誰かの暴力にさらされることのないように。アーカムにおけるこの数百万の犠牲が最後の犠牲だ。それ以上、人は人を傷つけることはしない」
「あなたの目標は崇高です、アランさん。あなたの思い悩まれていることは神の智慧派ではなく、純潔の聖女派に任せるべきだったと思いますよ」
「そうしていたら、今こうして『ネクロノミコン』を解読できている人間はいなかっただろう?」
「それもそうですね」
ロレッタは真剣な表情で頷いた。
「では、我々のラストチャンスに」
「ああ。我々のラストチャンスに」
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