神の智慧派
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──神の智慧派
エリックが神の智慧派の集会に参加するのは久々のことだった。
誘いは前々から来ていたのだが、冒険者稼業をやっていたりすると時間が取れない。
だが、今回はどうあっても参加しておくべきだと考えていた。
今は信仰の危機なのだ。
エリックは神の智慧派の集会場に指定された多目的会館を訪れた。
「エリック師匠」
「ああ。ブラッドフォード。元気にしていたかい?」
「元気にしていたといいところですが、最近は眠れなくて」
現れたのはブラッドフォードだった。彼は疲れた顔をしている。
「純潔の聖女派のせいかね?」
「ええ。連中、あの手この手で圧力をかけてきていて。対応する側としては苦労の連続ですよ。魔術師に関するデマを流すし、スポンサードしてくれる企業に嫌がらせをするし、おまけに世界魔術アカデミー本部に乗り込んできて……」
「どうしたんだい?」
「いえ。なんでもないです。後で時間があればお話しします」
「そうか」
何か個人的なことなのだろうとエリックは思った。
「しかし、どこも状況は厳しいか」
「ええ。純潔の聖女派は黒魔術のみならず、赤魔術や青魔術に圧力をかけています。警察がテロリストとして連中全員を拘束してくれればいいのですが」
「そうはいかないだろう。純潔の聖女派も二度目のダイラス=リーンを引き起こさない限り、自分たちに手が及ばないことを理解している。ダイラス=リーンの一件もうやむやになってしまったしね」
「全く以て世界は発狂しようと覚悟したかのようです」
「まだまだそう思えている間は正気だよ」
全員が狂っていることを認識していない状況でことが進むのが狂った状態なのだ。
「さあ、入ろう。同志たちは集まっているはずだ」
エリックとブラッドフォードは多目的会館に上がる。
エリックは『神の智慧派集会』と書かれた看板の部屋に入った。
「おお。グランドマスター・エリック・ウェスト。ご無沙汰しております」
「こちらこそ」
顔ぶれはあまり変わっていない。しかし、何人か見えない顔がある。アランが言っていた襲撃された際に死傷した12名の男女だろうか。それからアラン自身の姿も見えなかった。彼がこの手の集会を休むのは珍しいなとエリックは思った。
「皆さん」
やがてサンクトゥス教会の白地に黒のラインが入った祭服を纏った人物が現れた。
「我々の信仰は危機にさらされています。純潔の聖女派の暴走のせいで、我々神の智慧派などの善良なサンクトゥス教会の信徒たちに疑いの眼差しが向けられているのです」
サンクトゥス教会の神の智慧派に属する司祭が語る。
「そして、我々神の智慧派の信仰そのものも純潔の聖女派によって危機にさらされています。彼らは信仰と科学、魔術が共存できるとは信じていないのです」
もっともなことを言うが、それは既にエリックも知っている情報だ。
もっと有意義な情報が欲しい。実際に何が起きているかを知るための情報が欲しい。教会内部の権力闘争はどうなっているのだ?
「皆さんなら納得されるように信仰の扉は常に開かれていなければなりません。この前の集会が襲撃された事件は記憶に新しいでしょう。あの真犯人が誰であれ、敵は我々の信仰を鉛玉で潰そうとしたのです! これは決して許されることではありません!」
もっともだ、とエリックは思う。信仰と勉学の扉は何人たりとて閉ざすことは許されないものなのである。
しかし、仲間たちが襲撃されたというのに集会場の反応は薄い。
暴力に慣れてしまったのか?
それともまだ疑惑の段階にあるのか?
「その通り。信仰の扉は開かれておくべきだ。誰に対してでも」
そう少女の声が響き演台に少女が上がってくる。
「ラルヴァンダード……」
集会場がざわめく。
ラルヴァンダードの正体を知っているのはエリック、エリザベート、そしてアランだけだ。エリックはブラッドフォードにすらその正体を教えていなかった。
だが、名前だけは神の智慧派では知られている。エリックが『約束をしてもいけないし、お願いをしてもいけないし、正体を探ってもならない』と警句を残している存在の名前と顔だけは神の智慧派のメンバーたちも知っていた。
「さて、ここでボクから重要なお知らせがあるよ。純潔の聖女派が何をしようとしているかについて。それに神の智慧派がどう関わっているかについて。ここでボクが披露しようじゃないか。それについてはまず先に起きた襲撃事件にさかのぼる」
ラルヴァンダードが自分から情報を出すのは釣り餌と同じだ。何かを釣り上げるために、状況をより大きなカオスに叩き込むため。彼女が善意から情報を提供することはあり得ない。それもこんな不特定多数を相手に契約もなく教えるなど。
「先の12名が襲撃された事件。あれの真犯人は神の智慧派だ。神の智慧派の司祭が自作自演で純潔の聖女派の仕業に見せかけて、集会を襲撃させた」
「そんな馬鹿な!?」
そう声を上げるのは先ほどまで説教をしていた神の智慧派の司祭だった。
「もちろん、君ではないよ。別の司祭だ。神の智慧派も少なくない規模の派閥だ。サンクトゥス教会での発言力はないようで、実際は大きな発言力を持っている。神の智慧派に所属する司祭も多い。そして、大きな組織というのは得てして、内部にさらに派閥を作るというものだ」
神の智慧派の分裂をラルヴァンダードは示唆した。
「あるものたちは自らの目的を達成するために同胞を襲撃させた。その目的とは? どうして彼らは同胞を襲撃する必要があったのか?」
ラルヴァンダードが告げる。
「彼らは純潔の聖女派の襲撃だと思わせたかった。純潔の聖女派がそこら中でトラブルを起こして回っていることの一環にしたかった。彼らにとって純潔の聖女派は共犯者であると同時にスケープゴートだった」
それはつまり純潔の聖女派に注目を浴びせておいて、その陰で神の智慧派が暗躍するということか? それならばエリックとエリザベートへの襲撃も納得がいく。あれは預言者の使徒派の陰謀でも、純潔の聖女派の陰謀でもなく、そのふたつの派閥に罪を覆いかぶせるための神の智慧派の陰謀だったのだ。
「今世界規模で純潔の聖女派注目を集めているし、教会内部でも激しい権力闘争を行っている。誰もが何かが起きれば純潔の聖女派を疑う。神の智慧派はノーマークだ。だからこそ、彼らはやりたいようにできる」
冒険者ギルドの黒魔術師の追放も、大図書館での焚書も全てはパフォーマンスか?
自分たちに注目を集めさせ、その裏で神の智慧派に何かを行わせるための。
だが、その何かとは何だ? そこまで大掛かりな陰謀で何をしようとしている?
「そこまでして彼らが作り上げたいものは人間の無知と傲慢の象徴──人工の神だ」
会場が一斉にざわめく。
確かに神の智慧派は神と同じ視線に立って、神と対話することで本来の教えを得ようとしている。だが、その中に人工の神を作るなどということは含まれていない。
「人工の神。そんなものが作れるのかって? もちろん、作れやしないとも。だから、彼らは無知なんだ。彼らが求めているのはこの世の全てを支配するオーバーロードを生み出すことであり、本物の神の足元にも及ばない化け物を作っているだけだ」
「どこでそのような技術を?」
そこでエリックがラルヴァンダードに質問した。
「魔導書。特AAA級魔導書『ネクロノミコン』に記されていた方法を彼らは試したのさ。もちろん、魔導書は親切丁寧にことを教えてくれるものではない。ある意味ではボクより意地悪だ。彼らは純潔の聖女派に権力を握らせ、教会内資産として保存されていた『ネクロノミコン』を手に入れ、さらには孤児院の子供たちを生贄に捧げ、人工の神を作ろうとしている。人工の、支配だけを目的とした、醜く、薄汚い化け物を作ろうとしている」
そうか。魔導書か。
魔導書には今の科学化される前の奇跡としての魔術が記されている。死者の完全蘇生や古代の支配者を復活させる方法まで様々なものが記されている。
その中には人工の神──人工に作られた強力な存在──オーバーロード──化け物──支配者を作る術も記されているのだろう。特に『ネクロノミコン』はエリザベートすら手に触れることすらなく、教会が接収したものだ。可能性はあり得る。
「さて、ここでボクから質問です。君たちから分かれた神の智慧派はここで君たちが事実を知るということを快く思うでしょうか?」
ラルヴァンダードはそう告げてにこりと笑った。
「伏せろ!」
エリックが即座に叫び、ブラッドフォードを押し倒して地面に伏せる。
魔道式小銃と魔道式機関級が掃射される音が聞こえてきたのはその直後だった。
「まあ、後は頑張って。ボクは伝えるべきことは伝えたよ。ボクとしても人工の支配者気取りの化け物なんてまっぴらごめんだからね」
ラルヴァンダードはそう告げると次に瞬間には消えていた。
「タクシャカ。私たちを襲撃しているものたちが見えるか?」
『見えるぞ。どうする? 焼くか? それとも毒にするか?』
「炎は巻き添えが出る。毒で頼む」
『任された!』
タクシャカが急降下する風切り音が響くと、魔道式小銃の銃声が一時的に止まった。
エリックが割れた窓から僅かに視線を向けると実体化したタクシャカの毒を浴びた人間がシチューのようにどろどろになっていた。
「少しやりすぎたか。まあ、死人から聞けることも多い」
それからまた銃声が響き渡る。
敵は集会場の左右から攻撃を仕掛けてきている。もう一方も片付けなければ。
「エーデルワイス。彼らを撃ち抜け」
地面に伏せた状態でブラッドフォードがそう命じる。
すると、軍服姿の女性が姿を見せ、一昔前の魔道式小銃で襲撃者たちを打ち倒していく。襲撃者たちは肩や手に銃弾を浴び、戦闘不能になった。
「一応生きた証人がいた方がいいでしょう?」
「そうだね。よくやってくれた、ブラッドフォード」
エリックがブラッドフォードの采配を褒める。
「エリック師匠。ラルヴァンダードの言葉は事実ですか?」
「彼女は契約した。私の前では嘘はつかないと」
「そうですか……」
神の智慧派は分裂した。
片方は陰謀屋となり、人工の神という名の化け物を生み出そうとしている。
片方はこの狂気をどうにかしたいと考えている。少なくともエリックはそうだ。
「以前、純潔の聖女派を名乗る女枢機卿が来て、話したのです。我々は魔術や科学がなくとも幸福になれると。それが意味していたものが人工の神なのでしょうか。我々はそんなもののおかげで幸せになれるのでしょうか?」
「なれない。断言するがそんな世界で人類は幸せになれなどしない。我々は自分たちを抑圧する存在を必要としない。空を目指すのに壁を作られては困る。我々は空を越え、宇宙に出て、星々を旅し、そして本当の神と接触するのだ」
エリックは力強くそう告げた。
「我々は探求を続ける。人工の神など願い下げだ。そんな薄気味悪いものは必要ない。神の智慧派だけではなく、世界にとってそんな存在は不要だ。このことをしかるべき法執行機関などに伝えて彼らの動きを阻止しなければならない」
エリックはそう告げて立ち上がった。
「しかし、これで完全に神の智慧派は分裂した。我々は仲間だと思っていたものたちに裏切られた。対応しなければならない。この中に裏切者はいないだろうが、この外がどうなっているかは分からない。今回、集会に出席しなかったというだけで裏切者扱いはできないだろう。調査が必要だ」
「それは私が」
そこで声を上げたのは間一髪生き残った神の智慧派の司祭だった。
「教会内にモグラを忍び込ませているのは私です。彼らもどこまで信用できるか分かりませんが、少なくとも矛盾する報告が届けば嘘は分かります。これから神の智慧派の裏切りものたちを、同志たちを傷つけたものたちを洗い出しましょう」
「任せます、司祭」
そして、エリックは思った。
「フィーネが危ない」
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