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ムナール観光

……………………


 ──ムナール観光



「それでは私は神の智慧派の集会に参加してくる。君たちは自由にムナールを観光していてくれたまえ。私のおすすめはロング広場の大噴水とその傍にある喫茶店だ。犬のマークがついた看板だからすぐに分かる」


「あれ? 世界魔術アカデミー本部は見なくてもいいんですか?」


「そこでグランドマスターを勤めている私が言うのも何なのだが、あの建物のデザインは酷い。まるで子供が積み木で遊んだような建物だ。だが、許可が出れば名誉あるウィルマース・ホールを見学するのもありかもしれないね。あそこで多くの発表がなされてきた。私もあそこで発表したものだ」


 マリアもまたあそこで発表したのだ。


「ウィルマース・ホールですね。覚えておきます」


 フィーネはコクコクと頷いた。


「17時にはホテルに戻っておいてくれたまえ。夕食は一緒にしよう。後、これを渡しておく。遠慮なく使ってくれ」


 そう告げてエリックはフィーネに5万ドゥカートばかり手渡した。


「ありがとうございます、エリックさん。それでは行ってきます!」


「行ってきます、お父様」


 フィーネたちはそう告げて出発した。


「結局、フィーネさんはお父様と結婚することになったのですか?」


 そしてホテルを出るなり、オメガがストレートでフィーネの悩んでいる問題をぶつけてきた。フィーネは思わずむせそうになる。


「オ、オメガ君は私がお母さんだと嬉しい?」


「とても。フィーネお姉さんは優しいですし、教えるのが上手ですから。それにフィーネお姉さんはお父様のことが好きなんですよね?」


「う、うん。好きだよ」


 視線を泳がせるフィーネ。


「なら、結婚してもいいではないですか。好きな人同士が結ばれるのはいいことだと思います。僕もフィーネお姉さんがお母さんだと嬉しいです」


「オメガ君は早熟だね……」


 生まれてまだ数日しか経っていないはずなのにオメガは大人のようなことをいう。


「けどね、オメガ君。好きな人同士が結ばれるのにはプロセスが必要なんだよ。まずはお付き合いから始めて、それでお互いの相性を確かめて、それからようやく結婚ということになるの。いきなり結婚はしないんだよ?」


「そうなのですか?」


「そうなのです」


 だが、フィーネもこれに関しては一家言ある。


「フィーネさんはこれまでお父様とデートなどはしていないのですか?」


「う。してる、してないで言えばしてるかな……」


 ウルタールに買い物に行ったり、ダイラス=リーンに行ったり、森の調査に行ったり、デートと呼ぶには物騒なものも混じっているものの、フィーネはかれこれ1年近くエリックと同じように行動しているのだ。


「なら、結婚してもいいのでは?」


 オメガは訝しんだ。


「ま、まだ、早いよ。私がリッチーになってから! リッチーになってからね!」


「どうしてですか?」


「それはー……。やっぱりエリックさんを安心させてあげたいからかな」


「お父様が安心ですか?」


「そう。今の私はドジだし、寿命もあるし、老いていく。このままなら私はエリックさんと結婚しても先に死んじゃう。エリックさんのお弟子さんは何人もリッチー化を拒んできた。エリックさんを置いていってしまっている。私はそうじゃないってエリックさんに安心してもらいたいかなって」


「なるほど。やはりフィーネさんはお父様のことが大好きなのですね」


「う、うん。そうだよ」


 フィーネの顔は真っ赤だ。


「そういうことでしたら、待ちます。フィーネさんはリッチー化されることに異論はないのですよね?」


「ないよ。けど、一度家族に会ってからの方がいいかな……」


「ご家族は今どこに?」


「冥府に」


「……失礼しました」


「気にしないで。私も気にしてないから。死霊術師を目指したのはもう一度両親とおじいちゃんに会って、立派になったよって示したいからなんだ。だから立派になれるように努力してる。心霊捜査官にもなるつもりだし、リッチーにもなるつもり」


 フィーネは笑顔でそう告げた。


「オメガ君は将来の夢はもうできた?」


「難しいです。でも、死霊術にはとても興味があります。人の魂色と感情の関係。赤でも青でもない魂を持つ僕は一体、どんな性格になるのでしょうか?」


「うーん。私も分からないな。エリックさんは木の魂を参考にしていたっていうから、草食系男子とか? いや、植物は植物を食べないか」


「そこら辺の追及も踏まえて死霊術は楽しそうな分野です。興味が湧きます。僕も心霊捜査官になれるならなりたいとも思っています」


「そうなの!? なら、一緒の夢だね! 勉強大変だけど頑張ろう!」


「はい」


 そういえば、とフィーネは思う。


 エリックさんの23人──今は24人の子供たちは誰も死霊術の道には進まなかったはずだ。オメガ君が初めてエリックさんの跡を継ぐのかもしれない。エリックさんは喜ぶんじゃないだろうかとフィーネは思った。


「ところでさ、どこから見ていく? エリックさんはああ言っていたけれど、世界魔術アカデミーの建物には興味あるよね?」


「あります。お父様があそこまで言うとはどれだけ酷い建物なのか見てみたいです」


「よし。決まり! まずは世界魔術アカデミーから見ていこう!」


 魔術によって建設された──建材に強固な固定化のエンチャントがかけられている──高層建築が並ぶ中を、フィーネとオメガは進む。


 どの建物もお洒落だ。一面ガラス張りの建物まである。変わった構造の建物もある。


 ここまでお洒落な建物が並んでいるから、ちょっと古臭いだけの建物をちょっと大げさに言っているだけなのかもしれないとフィーネは思った。


 が、世界魔術アカデミーの建物は本当にひどかった。


「積み木って意味が分かった……」


「お洒落、ではないですね……」


 横に伸びた長方形の建物の上に子供が引っ付けたように縦に長い長方形の建物が載っている。珍妙というか、ダイラス=リーンで見た世界科学アカデミーの建物と比べると差は歴然であった。


「予想以上に酷かったけど、中は結構イケてるかもしれないよ!」


「そうでしょうか?」


 ウィルマース・ホールとやらが見学したいので、フィーネは世界科学アカデミーの中に入った。オメガもフィーネに続く。


「おお。中はゴージャス!」


 流石は歴史ある建物なので中は立派なものだった。


 広々とした正面ホールでは赤魔術師、青魔術師、そして黒魔術師のローブを纏った人々が行きかい、フィーネにはこの人たちが世界魔術アカデミーに認められた人々なのかと敬意を抱かせた。


「フィーネさん?」


「ああ。アルファさん!」


 赤魔術師のローブを纏った少年が声をかけてくるのに、フィーネが応じた。


「……その子は?」


「まだエリックさんから聞いてない? 彼は透明な魂の持ち主。24人目のエリックさんの子供。オメガ君だよ。オメガ君、こっちは君のお兄さんに当たるアルファさん」


「初めまして、オメガ君」


 アルファがオメガに握手を求める。


「初めまして、アルファお兄さん。話はお父様から聞いています。アプレンティスになられたとか。このまま上が目指せそうですか?」


「もちろん、目指すさ。今は各地の伝統音楽を精霊の制御に仕えないか試しているところだ。君は赤魔術師を目指すのかい?」


「僕は死霊術師を目指そうかと思っています」


「へえ。兄弟の中じゃ初めてかな。きっと父さんも喜ぶよ」


「はい。でも、お父様を喜ばせたいわけではないんです。純粋に死霊術に興味があるんです。肉体と魂。その関係性について」


「うんうん。それはいいことだ」


 アルファは満足したように頷いた。


「ところで、フィーネさんは認定発表に?」


「まさかまさか。そんな発表はまだできないです。ただ、ウィルマース・ホールってところを見学してみてはどうかってエリックさんに言われてて」


「そっか。じゃあ、僕が案内するよ。今は誰も使ってないから」


「ありがとうございます!」


 フィーネたちはアルファの案内でウィルマース・ホールを目指す。


「ここだよ。認定発表会や昇格発表会に使われる古い講堂。世界魔術アカデミーができた当初から存在するから相当な歴史があるね」


「おお……」


 フィーネはアルファの説明を聞きながら木製の机やテーブルを触る。固定化のエンチャントがかけられているためか新品同様だ。だが、歴史を感じさせてくれる落書きなどもある。同じく固定化のエンチャントがかけられただろうナイフで彫られた落書き。


 数式が記されていたり、化学式が記されていたりする。それ以前の四大元素時代のものと思われる落書きもある。


 そんなものを眺めながらフィーネは演台に立って講堂を見渡した。


 いつかフィーネもここで発表をして、世界魔術アカデミーの一員になろうと思った。エリックは言っていた心霊捜査官をやりながらでも研究は行えると。自分の発見した新しい捜査方法を認めてもらって、エリックと同じように神の智慧派に入りたい。


「ここでお父様も発表なさったのですか?」


 いつの間にかオメガがフィーネの隣に来てそう尋ねた。


「そのはずだよ。何せエリックさんはグランドマスターだからね!」


「ほうほう。そう考えるとここに立つのは感慨深いですね」


 オメガも講堂を見渡す。


「満足できました? 古い講堂のせいで冷房も暖房も満足に効かないから、認定発表で認められたかったら、春や秋を選べって言われてるんですよ」


「へえ。そんな弱点が」


 確かに全体的に古い建物だ。冷房や暖房の類は申し訳程度についてるいだけに過ぎない。冬や夏に寒い中や暑い中で発表しても集中して聞いてはもらえないだろう。


「ところで、アルファお兄さん。フィーネお姉さんのことはどう思われますか?」


 ウィルマース・ホールを出るとオメガがアルファにそう尋ねた。


「ん。いい人だと思うよ。何だい、生まれたばかりなのにもう初恋かな?」


「いいえ。お父様とフィーネさんが結婚されるならどう思うかと思いまして」


「え?」


 フィーネはオメガの背後でむせている。


「オメガ君! まだ早いって言ったよね!?」


「けど、ご両親に会われたら結婚するんですよね?」


「エリックさんの方の問題もあるし……」


 そうなのだ。


 いくらフィーネがいいとしても、エリックがいいと言わなければ結婚は成立しないのだ。そのエリックは『考えておく』と言っただけで、まだ了解はしていない。


「フィーネさんが義母になるのかあ。まあ、悪くはないかな?」


「ア、アルファ君まで……。また結婚は決まったことじゃないからね? 分かってる? エリックさんがイエスって言わなければ成立しないよ?」


「多分、父さんはイエスと言いますよ。フィーネさんは魅力的な女性ですし、それに父さんもフィーネさんのことが好きだと思いますから」


「どうして?」


「父さんの態度を見れば分かります。ああ見えて分かりやすい人ですから」


「私にはさっぱり分からないんだけど……」


 エリックがフィーネをどういう目で見ているのかフィーネにはさっぱりだった。


「それより父さんは?」


「神の智慧派の集会に向かわれたそうです」


「神の智慧派、か。ここ最近はサンクトゥス教会への締め付けが厳しいから何もないといいけれど。治安機関にしてはもう純潔の聖女派でも、預言者の使徒派でも、神の智慧派でもテロリスト予備軍だと思われているみたいで」


「ムナールはそうなのですか?」


「ここは純潔の聖女派がもっとも忌み嫌う科学的な魔術の本場だから。科学都市ダイラス=リーンが襲撃されてから警察は装備を更新したし、パトロールの数も増えている。純潔の聖女派が起こした騒動のせいでまともな人まで迷惑しています」


 憤然たる様子でアルファが告げた。


「それに彼らは赤魔術部の予算も削減しろって言ってきているしね。どうかしてるよ。これじゃあ本当に洞窟の中で闇に怯えながら過ごすことになりそうだ」


 やれやれという様子でアルファが告げる。


「どこもここも問題だらけですね……。ダイラス=リーンもあれからどうなったのか」


「もしかしてテロのときダイラス=リーンにいたのかい?」


「それはもう。思いっきり巻き込まれました」


「それは災難だったね……」


 アルファが同情する。


「ムナールはテロは事前に予防する構えで、既にサンクトゥス教会の関連施設にも家宅捜索が行われているから、少しは安心していいかな。けど、不審な行動は慎んでくださいね。警察官たちも神経質になっているから」


「了解です。ところで、このムナールで見ておくべき観光名所とかあります?」


「君が船に興味があるなら、川の方に記念艦になっているフリゲート艦バートリーが停泊していますよ。中にはムナール都市海軍の歴史についての展示品が置いてあるからよければ見学していってください。それからロング広場の大噴水はもう見ました?」


「エリックさんに見るように勧められています」


「それじゃあお昼ごろに行くといいですよ。その代わり傘は必須ですから。大噴水が一斉に噴き上げる様が見れるけど周囲に水をまき散らすので」


「了解です!」


「それじゃあ、ムナールを楽しんでいってください。僕は研究に戻ります」


「はい!」


 フィーネたちはアルファに別れを告げると世界魔術アカデミーの外に出た。


「お昼までもう少し時間があるから記念艦っていうのを見て来ようか?」


「そうしましょう」


……………………

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