ヨルンの森の調査結果
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──ヨルンの森の調査結果
「走れ、走れ、走れ! これ以上の交戦は危険だぞ!」
「畜生。弾切れだ」
ヨルンの森を調査していたヴァージルたちは最後の魔力観測所での観測を終え、撤収の準備に入っていた。
そこをワイバーンの大群に襲われたのだ。
ワイバーンは普通群れるものではない。縄張り意識が強く、他のワイバーンから距離を置くはずである。だが、目の前のワイバーンは群れを成している。
「────!」
リタと他の冒険者パーティの赤魔術師が何度目か分からないほどの魔術攻撃を放つ。既に彼女たちの声は枯れかけていて、満足に詠唱できないものも現れ始めた。リタだけはまだ辛うじて歌える。それもエリックの教えてくれた喉飴のおかげだ。
「どうなっちまってるんですかね! 世界がいかれちまったのか! 俺たちの方がいかれちまったのか!」
「みんな狂ってる! これ以上戦闘を続けると他の魔物が寄ってくる! 逃げられる人間は逃げろ! ルアーナ! お前も逃げろ!」
クライドは銃身をホローポイント弾からフルメタルジャケット弾のそれに交換しており、7.62ミリ弾は急所に命中すれば一撃でワイバーンでも仕留められた。だが、敵の数が多すぎるし、カートリッジの魔力は尽きかけている。
「わ、私も皆さんの役に……!」
「畜生。こういうときだけそういう献身的な態度をとりやがって」
ルアーナも魔道式拳銃で応戦している。
というのも、他のサンクトゥス教会の司祭たちが退かないためでもある。
ここでルアーナだけが逃げれば『純潔の聖女派は仲間を見捨てる』『預言者の使徒派の女司祭と流転の魂派は最後まで仲間とともにあったのに』と言われるだろう。
もう嫌だ。行く先々で純潔の聖女派だからという理由で蔑まれるのは嫌だ。自分は自分なりに神を信じているし、ここで死ぬことが運命ならばそれを受け入れる。もう純潔の聖女派はクズだとは言われたくない。
「ク、クライドさん! カートリッジです!」
「ありがとう、ルアーナちゃん! 使えるじゃん!」
ルアーナは背負っていたリュックサックからクライド用の予備のカートリッジ──クライド用といってもこの手のマガジンなどは中央世界的に規格は標準化されている──を取り出して渡す。
「今、治療しますね!」
そして、喉を傷めた赤魔術師たちの喉を治療する。
「けほっ。ありがとう、よくなったわ」
「が、頑張ってください!」
自分にできることはなんだろうとする。ルアーナはそう決めた。
傷ついた自尊心のためにも、純潔の聖女派のためにも、仲間たちのためにも。
アビゲイルは信じている神が違うし、流転の魂派は異端だと思う。だけれど、今は関係ない。今重要なのは生きてこの場から全員で逃げ出すことだ。
「ルアーナ! 危ない! 背後だ!」
「え?」
ルアーナが後ろを振り返るとずらりと並んだ牙が目に入った。
「ひっひいぃ!」
ルアーナは寸でのところで左腕を上げたがこれがいい判断となった。ワイバーンは狙っていたルアーナの首ではなく、腕に噛みついたからだ。
「この! この! この!」
ルアーナは至近距離でワイバーンの頭部に向けて9ミリ弾を叩き込む。そして、眼球に銃弾を受けたワイバーンがルアーナから離れて倒れた。
「ルアーナ!」
「無事ですかい!」
ヴァージルとクライドが各々の戦闘をこなしながらルアーナを気遣う。
「だ、大丈夫です! この程度!」
ルアーナは白魔術で傷を回復させた。
ワイバーンの噛み跡は肉が削げ落ち、痛々しい様子となっていたが、痛みをこらえて白魔術を行使する。白魔術によって傷口はみるみる塞がっていき、削げ落ちた肉も再現される。出血も止まった。
「よし! ルアーナが1体、仕留めた! 退路は!?」
「確保してある! 撤退を開始してくれ!」
ヴァージルが尋ねるのに“青銅の猟犬”のエイベルが叫ぶ。
彼らは周囲に弾幕を展開し、ワイバーンを近づけまいとしている。そして、その先には冒険者ギルドの装甲動力馬車があった。
「────!」
リタが再び赤魔術を放つ。
リタの放った赤魔術は地面を隆起させ、岩の壁を周囲に築いた。
ワイバーンの攻撃できるのは上空からのみになり、弾幕の集弾率が上がる。
「今だ! 急げ、急げ!」
クライドとヴァージルが殿を勤め、他のパーティや仲間の冒険者を撤退させる。
「大丈夫?」
「は、はい。なんとか」
「走れる?」
「大丈夫です!」
「なら、走ろう。もうかなり不味いかな、って」
ワイバーンは次々に群れてくるヴァージルとクライドは弾幕を張りながら徐々に撤退していく。そして彼らが走行動力馬車に乗り込んだ時点で装甲動力馬車の扉が閉められ、馬車は急発進した。
「はあ、死ぬかと思ったぜ……」
「かなり不味かったな」
ヴァージルが息をつくのに、アビゲイルがそう告げる。
「そういって、アビゲイル姉さん楽しんでたでしょ。東方の人は分かんないなあ」
クライドは息も絶え絶えにそう告げて笑う。
「ルアーナ」
「は、はい!」
「よくやってくれた。ようやく冒険者らしくなったな。今日は俺たちの奢りだ。思う存分飲み食いしてくれ。エールでも火竜酒でもいいぞ」
「ありがとうございます!」
ああ。仲間に認めてもらえるのがこんなに嬉しいことだなんてとルアーナは涙した。
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「乾杯!」
「乾杯!」
それから冒険者ギルドに戻り、併設された酒場でルアーナたちは酒盛りを楽しんでいた。ルアーナは最初から火竜酒を頼み、クライドにそれをからかわれていた。『純潔の聖女派ってワインしか飲んじゃダメなんじゃないの』と。それに対してルアーナは『これは天使のワインです』と言ってアルコール度数が40%近い火竜酒のショットグラスで一気に飲み干したのだった。
「ルアーナさん。パーティに馴染んだみたいですね」
「俺たちも先入観があったのかもな。純潔の聖女派もやるもんだ。今日は大活躍だったよ。少なくとも俺たちは誰ひとり脱落せずに、あの狂った戦場から逃げ出せた」
「ワイバーンが10体以上で群れていた、ですね。それにこの魔力値の異常。ヨルンの森を管理するのは連邦ですが、連邦は森を焼き払うかもしれません。またヘルヘイムの森事件のようなことが起きたら、被害の桁が違います。ヨルンの森はアーカムからもそう離れていないのですから」
「森を焼く、か。それしか方法はないのか?」
「他にあるなら教えてもらいたいですよ。ギルドとしても新人の養成場所だったヨルンの森が失われるのは痛いですし、アーカムとしても魔力炉の出力が下がることを懸念していますから」
魔力炉は周辺の森林の魔力を集めて、エネルギーにしている。こうしてアーカムが水を調達するのに苦労せず、眠らない街と言われるほどの照明を維持できているのも、結局は森の魔力を吸い上げて、エネルギーにしているからなのだ。
「魔力炉をヨルンの森の傍に設置して、余剰の魔力を吸い上げるってのは?」
「もう手遅れですよ。ワイバーン10体に襲われるような環境で魔力炉は組み立てられません。やはり森を焼くしかないのかもしれませんね。ダンジョンも相当生まれているでしょうし。それも40階層、50階層級のとてつもない奴が」
「ぞっとするな」
「ええ。ぞっとします」
40階層、50階層レベルのダンジョンになると、ただダンジョンが深くて補給が大変というだけではなく、出没する魔物も凶悪なものとなる。ケルベロスやヒュドラ、ギガント。そういう強力な魔物がダンジョンコアに近づくごとに増えていく。
それが複数もできていたら、ダンジョン同士で繋がっている可能性もある。そう、地下に構築されるダンジョンは多数出現すると地下で繋がることがあるのだ。そうなるとダンジョンはより複雑になり、ひとつの階層の広さも倍になる。
そして、それを攻略するためには倍以上の冒険者が必要になるわけである。
「今の冒険者ギルドは正直に言って脆弱です。ルアーナさんはパーティに馴染まれましたが、他の純潔の聖女派は相変わらずです。戦力が滅茶苦茶に落ちています。正直なところ、アーカムも連邦もそろそろ依頼を冒険者ギルドではなく、傭兵たちに任せるかもしれません。そうなっても不思議ではないのです」
受付嬢はそう告げてため息をついた。
「だが、今は冒険者ギルドに任されている、と。さっさと傭兵に頼んでもらった方がいいんじゃないか。もうこれは冒険者の仕事じゃない。これは森との戦争だ。戦争は傭兵たちの仕事だろう?」
「傭兵は治安の悪化を招く恐れがありますから。お行儀のいい傭兵なんて矛盾の代名詞でしょう。仕事が終わった後に彼らがやることを考えたら、魔物が野放しになるのと変わりませんよ。冒険者ギルドでできる間は冒険者ギルドでやります」
受付嬢は憤然とした様子でそう告げた。
「そのうち誰かが死ぬぞ」
「死人ならもう既に出ています。別の森の調査に向かったパーティがひとつのパーティを残して全滅しました。そのパーティ自身も深手を負っています。もう何もかもが狂っているのです。もう何もかもが」
受付嬢はそう告げて俯いた。
「悪かった」
「いいえ。気にしないでください。こういうことも覚悟の上でこの仕事をやっていますから。それでも堪えますけれど」
受付嬢が無理をして笑顔を作るが、ヴァージルは彼女が心配だった。
冒険者ギルドの受付嬢は様々なパーティの面倒を見ている。達成不可能だと思う仕事は回さないし、死人や怪我人がでそうならば警告する。そして、クエストが成功して、彼らが成長したときは一緒に喜ぶ。
そして、パーティが全滅したり、死人が出たときはひとりで悲しむ。
彼女たちはあまりにも冒険者たちの側に立っており、冒険者たちを仲間だと思っている。そうであるがために、冒険者の犠牲はとても辛いものなのだ。
「それはそうとクエスト達成お疲れさまでした! 今日は皆さんで楽しんでいってください! ルアーナさんも一緒にパーティーだなんてよかったじゃないですか」
「ああ。そうだな。あいつはあいつでやる気がある人間だったよ」
ヴァージルは受付嬢に手を振ると、酒盛りの場に向かった。
「18杯目!」
「16杯目!」
「21杯目!」
酒盛りの場ではショットグラスを手に、ルアーナたちが火竜酒を飲んでいた。
「何をしてるんだ?」
「飲み比べ、って。誰が一番お酒に強いか試してる。今のところルアーナさんが1位」
「へえ。面白そうなことをしているんだな」
顔を真っ赤にしてショットグラスを空にしていくルアーナたちは楽し気であった。
「だが、飲みすぎると明日苦労するぞ」
「へへへ。ちゃんと二日酔いに効く薬を準備してますから」
ルアーナはそう告げて22杯目の火竜酒を空にした。
「俺にもそれ分けてくださいよー」
「もちろんですよ。みんなで二日酔いは嫌ですからね」
以前ならば何かと文句を言っていたルアーナもすっかりパーティメンバーに落ち着いた。エリックほどではないが、他の純潔の聖女派に比べれば、ダントツだろう。
エリック。お前の言う通りルアーナはちゃんと仲間になってくれたぞとヴァージルは注文したエールをやりながら思う。
「23杯目!」
「19杯目!」
それからも酒盛りはにぎやかに続き、ヴァージルたちは千鳥足で、宿に帰ったのだった。今日は大切な仲間が増えた記念日だ。忘れずにおこうと誰もが思った。
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