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見つけたお宝

……………………


 ──見つけたお宝



 フィーネたちはティンダロス街を進む。


 ティンダロス街は店だらけだ。年代物の魔道具を扱っている品の隣で、古美術商が店を出している。その隣はよく分からない機械のパーツを売っていて、そのまた隣では絨毯を専門に扱っている店がある。


 とにかくいろいろな店がカオスな構造の街の通りに並んでいて、フィーネは目がくらくらするのを感じた。一度に目に入る情報量が多すぎて、どれが本物で、どれが偽物という以前にこのカオスな街並みに慣れなければいけなかった。


「大丈夫かね、フィーネ?」


「は、はい。なんとか」


「ふむ。心霊捜査官にもなると魂の指紋を見分ける術も必要だと思ったのだが、無理をする必要はないよ。これに合格、不合格はない。ただ、君がどこまでやれるかを確かめたいだけだからね」


「大丈夫です。任せてください」


 フィーネは深呼吸して周囲を見渡した。


「魂の指紋が残りやすいのは普段から身に着けているか、愛用しているもの。アクセサリーや道具。まずはそのお店を見つけなくちゃ」


 フィーネはエリックに続いてティンダロス街を進む。


「あった! 道具屋さん!」


 フィーネが見つけたのは『道具、何でも扱います!』と書かれた店だった。


「いらっしゃい! 何かお探しで?」


「ええっと。魂が宿っているものを」


「おたく、死霊術師さんかい?」


「は、はい。これはテストで……。冷やかしじゃないですよ!」


「ははっ! お嬢ちゃんみたいな冷やかしなら大歓迎だ。ゆっくり見ていってくれ」


 店主はそう告げただけで、何かを売りつけようとはしなかった。


「いろいろとあるなあ……」


 古びたミシンから包丁の類まで。本当にいろいろとある。アクセサリーもあった。


「交信するように触れて……」


 フィーネは慎重にミシンに触れてみるが何も感じない。


「ダメかー……。次、行ってみよう」


 それからフィーネは様々な道具やアクセサリーを試してみた。


「ダ、ダメだー……。見つからないー……」


「お嬢ちゃん。幽霊が付いている品を探してるのかい?」


「ええ。正確には魂の指紋が付いている品を」


 店主が見るに見かねて話しかけるのに、フィーネが正直にそう答える。


「そういう品は遺族が大事に取っておくからなかなか出回らないよ。このティンダロス街には霊がついていると謳っている品が1万以上あるけど、その中で本当に霊がついているのは、1割にも満たない数字だ。うちの店も骨董品マニアの店であって、霊がどうのってのは扱っていないからね」


「そうなんですか……」


 ようやくそれっぽい店を見つけたと思ったのにとんだ空振りだった。


「ところでそこにある木箱は?」


「ああ。昨日、西方から届いた荷物だ。なんでも300年前の西方の武器らしい。珍しいから仕入れたんだ。骨董品マニアにはいろいろなものを欲しがる人がいるからね」


「へえ」


 西方の武器ってどんなものなんだろうとフィーネは疑問に思った。


「何ならこれも試してみるかい?」


「いいんですか?」


「ああ。霊がついていると分かれば高値で売れるしね」


 そう告げて店主はバールで木箱をこじ開けた。


 中には緩衝材に包まれた一振りの刀があった。


 黒い鞘に収められ、台座がセットになっている。


「なんでも西方の内乱で主君を殺された女武芸者が使っていたとか。それで──」


 フィーネは店主がそう説明する中、その刀から“よくないもの”を感知した。


「待って! 触ってはダメです!」


 だが、遅かった。


 店主は柄を握った途端に痙攣を始め、トランス状態となり、やがてグルリと白目が反転して狂気じみた色の瞳がフィーネたちに向けられる。


『綱宗公の仇! いざ、参らん!』


「憑依状態!?」


 フィーネはエリックから教わっていたことを思い出した。


 悪霊は時として人間に憑りつき、自在にその人物を操るのだと。


「フィーネ! 下がりたまえ! メアリー!」


「世話の焼ける人です」


 メアリーがフィーネと憑依された店主の間に割り込み、フィーネを店の外に放り出す。そして、突進してきた店主と向かい合った。


 振り下ろされた刀をメアリーは防弾・防刃のエンチャントが施されたメイド服で受け止めた。受け止めたはずだが、メイド服は切り裂かれ、メアリーの腕が切断される。


「防刃のエンチャントを抜くとかどういう切れ味ですか」


 メアリーはお返しだとばかりに回し蹴りを店主に叩き込み、店主が商品の棚にぶつかる。がらがらと店の品が零れ落ちてくるが、店主は構わず立ち上がる。


『我が主君の仇……。今こそ復讐を果たさん!』


「やれやれ。相当な怨霊ですね」


 メアリーは呆れたようにそう告げる。


 彼女は無造作に切り落とされた右腕を拾い上げると、傷口にくっつける。それだけでメアリーの腕は機能を取り戻し、再びメアリーのものとなった。


「さて。まだやりますか? やりますね?」


『腕が引っ付くとは……。妖怪変化の類か……』


「よーかいへんげ? すみませんが、大陸共通言語でお願いします」


 メアリーはそう告げて腕を慣らすように肩をぐるぐると回す。


『だが、この私も復讐のために悪鬼羅刹となった身! 覚悟!』


「待ってください!」


 そこでフィーネが店内に戻ってきた。


『なんだ、娘。私の復讐を邪魔するならば貴様も斬る』


「落ち着いて聞いてください。あなたは何のために現世に囚われているのですか?」


『復讐のためだ。それ以外のことに興味などない』


「なら、あなたはその剣を手にしたとき、その剣は作られてからどれほどの年月が経っていましたか? 1年? それとも2年?」


『これは私のために主君が作ってくださった刀だ。できたものをそのままいただいた。何が言いたいのか知らぬが、邪魔立てするならば“羅城門”の錆にしてくれるぞ』


「そうですか。では、良く聞いてください。その刀はもう作られてから300年が過ぎています。あなたは亡くなられてから300年近く経っているのです」


『まさか。そんな……』


 怨霊が動揺する。


 エリックに習った通りだ。モーガン・メソッドの第一段階。対話によって怨霊を混乱させる。事実を突きつけ、動揺を誘う。


「私に触れてみてください。嘘ではないと分かります」


 モーガン・メソッドの第二段階。術者と触れ合うことにより、己が既に死んでいることを認識させる。そして、事実が事実であるという証拠を渡す。


 怨霊に憑りつかれた店主がフィーネの手に触れる。


「ね? 既にここは300年後の世界なんです。そして、あなたは無辜の人に憑りついている。あなたに良心があり、まだ温かな心が残っているならば、憑依を解いてください。そして、あなたの行くべき場所に向かってください。もう扉は見えているはずです」


 モーガン・メソッドの最終段階。怨霊に冥府の扉を示す。


『そうで、あったか。もう300年も……』


「ええ。300年。きっとあなたの復讐したかった人も死んでいます」


 怨霊が落ち着き始めた。


 もうちょっとだ。もうちょっとで解ける。


『すまなかった。巻き込んでしまった』


 そう告げて店主の体が痙攣すると地面に倒れた。


「女の方だったのですね」


『ああ。私は女武芸者。名を小春という』


「こはる?」


『大陸共通言語で小さな春という意味だ』


「可愛いお名前ですね」


『か、可愛いか……』


 店主から離れた霊は長髪に西方の甲冑を纏った女性だった。フィーネが同性の視点から見ても美人だと思うような人であった。


『迷惑をかけた、死霊術師殿。せめて償いをさせてくれないか?』


「償い?」


『私を貴殿の守護霊にしてほしい』


「守護霊!」


 そういえばフィーネはまだ守護霊を決めていなかった。


『我が名刀“羅城門”の魂も私とともにある。いざとなれば私が貴殿を守ろう』


 そう告げて小春は“羅城門”を振るった。


「刀が霊に!?」


「物質が使用者とともに霊体化したか。珍しいことではない。特に愛着を持った品が死者とともに魂の一部となって霊体化することがある。彼女はよほど、その刀剣に思い入れがあったのだろう。それであの刀剣に怨霊として憑りついていたわけだ」


 フィーネが驚くのに、エリックが丁寧に説明した。


「ええっと。どうしたらいいんでしょうか?」


「彼女は君を守ってくれると言っている。そして、死者は嘘をつかない。彼女は信頼できるよ。それにあの刀剣があるならば、本当に君の身を守ってくれるだろう」


 そこまで告げてエリックはフィーネの肩を叩いた。


「決めるのは君だ、フィーネ。断っても彼女は怨霊にはならない。君はモーガン・メソッドを完璧にこなし、怨霊に理性を与えた。後のことを決めるのは君自身だ」


「はい!」


 フィーネはずっとどんな生き物を守護霊にしようかと迷っていたが、まさか同じ人間の人を守護霊にするとは思ってもみなかった。だが、小春は頼りになりそうだし、同性ということで抵抗もない。それにヴァナルガンドやタクシャカのような幻獣はおいそれと出会えるものではないのだし、彼らはフィーネにはあまりにも強力すぎる。


 小春は同じ人間として相性がいいし、力もある。彼女はきっと頼りがいのある守護霊になってくれるはずだ。


「それでは私の守護霊になってください!」


『ああ。儀式を始めてくれ』


「はい!」


 フィーネは小春と自分の存在を結びつける。守護霊を宿すことも、宿させることも初めてだが、エリックがやったことは覚えていたし、エリックから借りた教科書でも勉強した。完璧にできるはずである。


「できました!」


『おお。流石は凄腕の死霊術師殿だな』


「す、凄腕なんて……。これぐらいは誰でもできますよ」


『そういうものなのか?』


「そういうものなのです」


 ゴホンとフィーネは咳払いした。


「自己紹介が遅れました。私はフィーネ・ファウスト。フィーネって呼んでください」


『分かった。これからよろしく頼む、フィーネ殿』


 小春はそう告げてフィーネの背後に立った。


「おめでとう、フィーネ。君は確実に成長していっているね」


「エリックさんのおかげですよ。エリックさんが私にいろいろと教えてくれたから、私も成長できたんです。ところで、守護霊の方は普段はどうしているのですか?」


「自由にさせてあげるといい。私のタクシャカはいつでも私の援護に来れる位置についている。小春さんにも同じようにすぐに駆け付けられる範囲で自由に行動してもらいなさい。あまり霊を縛り付けるのはよくない」


「了解です!」


 フィーネが小春の方を向く。


「というわけで、小春さん。自由にしてていいですよ。300年でいろいろと変わったこともあるでしょうし、興味ありますよね?」


「ないと言えば嘘になる。だが、主君を放ってうろつくのは刀を握るものとして……」


「すぐに来てくれる範囲なら気にしませんから。いろいろと見て回ってください」


「それではありがたくそうさせてもらう。すまない、フィーネ殿」


「いえいえ」


 そこでフィーネは骨董品店の店主が倒れたままなのに気づいた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「う、うーん……。いったい何があったんだ?」


「刀に怨霊が憑いてたんですよ。勝手だったかもしれませんが、祓わせていただきました。よろしかったでしょうか? 商品として価値がなくなったなら、買取も……」


「いやいや! お嬢ちゃんは命の恩人だ。悪夢を見ているような気分だった。まさに俺は死ぬかと思っていた。だが、嬢ちゃんのおかげで助かったようだ。ありがとう。この刀も持って行ってくれ。お代は結構だよ」


「い、いいんですか?」


「本当なら死霊術師や白魔術師を雇ってやらなければいけないことをお嬢ちゃんはただでやってくれたんだ。これはその礼だと思ってくれ」


「それならありがたく!」


 フィーネは笑顔で刀を受け取った。


『おお。我が“羅城門”が……』


「大事にしますから安心してください、小春さん」


『貴殿には感謝しても感謝し足りぬ! ありがとう!』


 フィーネは刀と台座を抱えて、再びエリックの下に向かう。


「それは重いだろう。私が持とう」


「すみません。刀の方は私が持ちますから」


 エリックは台座を受け取る。


「それではもうティンダロス街には用事はないな。メアリーの食器とエリザベートの部屋のカーテンを買ったら、エリザベートに声をかけてから帰るとしよう」


「はい!」


 フィーネは元気よく返事するとティンダロス街から出ていった。


 小春は物珍しそうに周囲を見渡しながらついてくる。


……………………

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[一言] 物理と心霊二刀流?!
[良い点] フィーネがよい子なので応援したくなる♪
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