ヨルンの森、再び
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──ヨルンの森、再び
「あのー……。よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
ヨルンの森に出発する前日にルアーナがヴァージルの下を訪れた。
「10分の1でいいので、報酬をいただけないでしょうか……? レイヤード司祭枢機卿猊下はああ言われましたが、私もいろいろと入用がありまして……」
「酒を買う金か?」
「う。そ、そうです。それから冒険者としての装備を整えるためにも!」
「はあ。分かった、分かった。ちゃんと働けば報酬はいつも通りに渡す。その代わりちゃんと働けよ? 俺たちはお前のせいでお荷物パーティ扱いされているんだ。他のパーティには流転の魂派と預言者の使徒派の司祭がいるが、そいつらとも喧嘩するな。いいな」
「分かりました。言われたとおりに働きますので、報酬の方はお願いします」
「それと酒を飲むのは自由だが、クエスト中には飲むなよ。頭をクリアにしておけ」
「はい!」
ルアーナもだいぶ扱いやすくなったなとヴァージルは思った。
あのダンジョンでのベースキャンプ設営クエストの後で、リタに教わって魔道式拳銃の取り扱いも学んでいたようだし、それなりに冒険者としての意識に目覚めたのだろう。とは言え、純潔の聖女派だ。エリックを追い出した連中である。甘い顔はできない。
「ああ。それから冒険者ギルドで1500ドゥカートで遠征用の装備がレンタルできるから借りておけ。ブーツ、リュックサック、飯盒、タクティカルベスト、サバイバルキットがセットになったものを貸してくれる。その靴じゃ、森の中を歩くのは辛いぞ」
「分かりました!」
ヴァージルたちはどのような場面でも、どのような季節でも活動できるような装備を整えてきたが、ルアーナは手袋と魔道式拳銃を購入したぐらいでまるで装備が整っていない。最近買ったものと言えば、ウィスキーや火竜酒を入れるスキットルぐらいだ。
いい加減、長期的にメンバーとして扱うなら装備も整えてもらわないとなとヴァージルは思った。毎回毎回冒険者ギルドからレンタルしていたら赤字だ。
「リーダー。携行食料買ってきましたよ」
「水、準備できた」
ヴァージルたちは明日のクエストに向けて手分けして準備に当たっていた。
クライドは食料品店で軍用の携行食料を購入。民間のファスト・トラベル・ミールより味を犠牲にしているが、その分栄養価は高く、1日に1度の食事でも活動することができるほどである。もっとも推奨されるのは1日2食だ。
リタは水の確保。携行式の水が自動的に補充される青魔術のかけられた水筒を5人分。青魔術には期限があり、大体1か月で機能しなくなる。だから、こればかりは毎度毎度遠征の度に揃えなければならない。だが、消耗品として大量販売されているので、価格は赤字になるほど高くはない。
「カートリッジだ。クライドの分が900発分。ヴァージルの分が800発分。リタの分が600発分、それからルアーナの分100発分だ」
「助かる。アビゲイル」
アビゲイルは魔道式銃のためのカートリッジの買い出し。相当な重さのあるそれを軽々と抱えて運んできたのは流石にオーディン崇拝をしているだけはあるという具合だ。
「ヨルンの森の調査は最低でも10日かかる仕事だ。魔物に遭遇したらもっと延びる。そうならないように慎重に行くぞ。他のパーティにも迷惑はかけられない」
「そうっすね。足手まといにならないといいですけど」
クライドはそう告げてルアーナの姿を探した。
「ルアーナなら冒険者ギルドに遠征用の装備をレンタルしにいった。今回はあいつも本気で働くらしい。ちゃんと働けば報酬は渡すと約束した」
「やっぱそうしないとやる気出してくれないですよね」
クライドは苦笑いを浮かべる。
「俺たちも腕が落ちていないことを示すために、いつもより気合を入れてかかれ。今回のクエストの結果が今度の査定に響くぞ。無事に全員で生き残って、全員で安定した生活に入れるようにしよう」
「おう!」
ヴァージルたちの夢は英雄になりたいわけではない。安定した生活が送りたいだけなのだ。危険な仕事からは離れて、農村や都市でゆったりと暮らす。
ヴァージルはこれまで貯めた金を投資に当て、自分は田舎で念願であった犬──大型犬を飼って、ゆったりと過ごすことが夢だった。
アーカムという都会で暮らしていたから暫くは不便を感じるかもしれないが、それでもこの喧騒とトラブルの街から離れるのは夢であった。
リタはウルタールに興味を示し、クライドは射撃場の教官を目指し、アビゲイルは東方に戻って民間軍事企業に入る。アビゲイルだけである。これからも戦い続けることを求めているのは。彼女のそれは信仰上の理由だから仕方ない。
「やりとげような」
ヴァージルは全員が揃ってヨルンの森から帰れることを祈った。
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出発日になった。
参加するパーティが全員冒険者ギルドに一旦集まる。
「“紅の剣”のリーダー、ヴァージルだ。よろしく頼む」
「“青銅の猟犬”のリーダ、エイベルだ。同じくよろしく頼む」
「“風の旅人”のリーダー、エッダよ。よろしくね」
「えっと。“太陽の遣い”のリーダー、ニコラです。森の調査は初めて受けるクエストなのでお世話になるかと思いますがよろしくお願いします」
それぞれのリーダーが顔合わせする。
18名の内訳は“紅の剣”が5名、“青銅の猟犬”が4名、“風の旅人”が5名、“太陽の遣い”が4名だ。
「“風の旅人”と“太陽の遣い”の白魔術師はタフな連中だって聞いてる。期待させてもらうぜ。今のご時世、まともな白魔術師は手に入らないからな」
「僕たちの白魔術は預言者の使徒派の女司祭ですけれど、元は修道騎士団志望なだけあって強いですよ。それにかなり時間が経った傷も治せますし」
エイベルが告げるとニコラが頷いた。
「私のパーティの白魔術師も流転の魂派だけどタフよ。後衛を担当してもらっているけれど、彼自身も身を守れるから心配しなくていいの」
「羨ましい限りだ」
エッダの言葉でヴァージルが頷いた。
「それでは作戦を立てよう」
ヴァージルがこの場でもっともランクの高い冒険者パーティのリーダーをして場を仕切ることになった。
「ヨルンの森の観測所は12か所。もっとも遠くて険しいヨルン山の上の観測所までは最低でも5日はかかる。俺たちは作戦期間を余裕を持って10日間と想定して準備している。観測所で魔力を計測する他に、ダンジョンの有無、魔物の種類などを調べていればそれぐらいの時間はかかるだろう。その点に異論はないか?」
ないというように全員が頷く。
「経路だが、時計回りに見て回ろうと思う。危険な魔物が出没しやすいのは森の西側だ。東側から回って、疲労困憊のところに危険な魔物とは遭遇したくない。どうだ?」
「確かにそれはあるが、西側から回って危険な魔物と遭遇し、それからずっとつけられるのは不味くないか? マンティコアなら大した嗅覚はないが、コカトリスやグリフォンとなるとそれなり以上に感覚器官が敏感だ」
「だが、そいつらは幸いなことに群れない。つけてくるような途中で迎え撃つ。1体、2体程度の魔物ならどうにかできるだけの実力者が集まっていると考えているが」
「それを言われたら言い返せないな」
エイベルが苦笑した。
「では、時計回りで異論はないな?」
「エルン山は丁度真ん中で巡ることになりますね。エルン山はワイバーンが出没したことがあると聞きましたが」
「昔の話だが、流れ者のワイバーンがいついたことがある。あそこそのものは魔力の濃度も薄く、魔物もダンジョンも発生しにくい。だが、確かに用心はするべきだろうな。ヨルンの森が活発化している今、また流れ者がいついていもおかしくはない」
「では、どうします?」
「ヨルン山の登頂ルートは決まっている。下手に道を外れると遭難する。そういうリスクは犯せない。つまり、登頂ルートに沿って登りながら、魔物には細心の警戒をする。それだけとしか言いようがない」
「下手な策は講じられないですか」
「ああ。ヨルン山は険しい山だ。急勾配で体力を容赦なく奪ってくる。その上、魔物と遭遇するとなると、用心するとしか言いようがなくなる。初めての森の調査なのに無理を言って申し訳ないが、これでいくしかない」
「分かりました」
ニコラが頷く。
「野営の位置は?」
「まずはヨルン山の麓を考えている。あそこは比較的魔力が薄い。魔物の発生している可能性も低いだろう。それから森の途中で3回の野営を予定している。全員、不眠剤は持っているよな? それを使って3日は眠らずに行動する。野営はリスクが高い。可能な限り数は減らしておきたい」
「ハードなスケジュールね。けど、そうでもしないと今のヨルンの森で野営なんてぞっとするから仕方ないわ」
「今のヨルンの森について何か情報があるのか?」
「オークを捕食しているグリフォンを見たとか、ダンジョンが10位箇所以上確認されているとか、ある学者がヘルヘイムの森事件の前兆に似た気配を感じ取ったとか」
「ヘルヘイムの森か。そいつはクソ不味いな……」
「あなたもヘルヘイムの森事件には参加した?」
「した。うちのパーティメンバーのひとりは森を焼き払っている」
「あそこは地獄だったわね」
ヘルヘイムの森事件は多数の死傷者を出し、多くの人間にトラウマを植え付けた。
「ヘルヘイムの森事件の前兆が感じられる」という言葉だけでヴァージルにとってはことが相当深刻であることを実感させていた。
「不味いことになったら即座に撤退する。査定には響くかもしれないが、冒険者ランクも命あってのものだ。死んでしまったら意味がない。全員、ひとりも欠けることなく、生きて帰るぞ。仲間を見捨てるな。いいな?」
「当り前だ。言われるまでもない」
エイベルたちが頷く。
「ニコラ。君たちは森の調査は初めてだそうだが、不安な点は?」
「えっと。具体的な調査方法ってのはどのようにやるんですか?」
「ヨルンの森はいくつかの区画に分割されている。その区画ごとにダンジョンや魔物について調査する。区画内全域を回る必要はない。ある程度見て回り、発見できただけの数と種類を報告する。冒険者ギルドはその情報を基に森全体の状況を分析する」
「なるほど。そうだったのですね」
「君たちはAランクに上がりたてだったな。だが、戦力としては期待させてもらうぞ。何せ、森の調査は大掛かりなクエストだからな。全員が連携しなければならん」
「はい!」
ニコラは元気よく返事を返した。
「何か他に質問は?」
「あんたと俺のパーティだが、純潔の聖女派の司祭は連れていくのか?」
そう尋ねるのはエイベルだった。
「連れていくしかないだろう。今はいないよりマシってレベルには育ってる。回復役がいないというのは辛いぞ」
「だが、今回はふたり有能な白魔術師がいるだろう。こっちは完全に足手まといだ。何をしでかすか分からん。正直なところ、クエストには参加させたくない」
「参加させる、させないはパーティの自由だ。口出しはしない。だが、森の調査には人間が必要になるということは覚えておいてくれ」
「分かっている。だが、世の中にはいない方がマシって奴もいるものだ」
エイベルはそう告げて肩をすくめた。
「そうだな。では、作戦は以上だ。無事の生還とクエスト達成を祈る」
少なくとも純潔の聖女派が崇めてる神とは違う神にそれぞれが祈りをささげた。
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