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森の調査

……………………


 ──森の調査



 一方そのころヴァージルたち“紅の剣”はと言えば、ダンジョンでのベースキャンプ設営の仕事を終えて、アーカムに戻ってきていた。ダンジョンは29階層あり、ダンジョンコアは無事にダンジョン外に運び出され、ダンジョンは崩壊した。


 ダンジョンのベースキャンプ設営の仕事でそれなりの収入を得たヴァージルたちだが、まだまだ冒険者稼業から足を洗えるほどの資金は手にできていなかった。


 よって、次のクエストに挑まなければならない。装備の維持費用や衣食住の費用を引いても収入がプラスとなるとなるクエストを。


「森の調査か……」


「え。リーダー、それ受けるって言いませんよね?」


「正直、仕事は選んでられんだろう」


 ついに冒険者ギルドはヨルンの森の調査クエストを掲示板に張り出した。


 依頼主はヨルンの森を管理する連邦。報酬は3600万ドゥカート。


 なぜここまで報酬が高額なのかと言うと、森の調査は危険だからだ。


 森の調査はただ森を見て回ればいいというものではない。定められた各観測地点での魔力量の測定と森の魔物の状態、ダンジョンの有無、魔物以外の動物の生態系の調査と幅広い調査を行わなければならない。


 そして、国が森の調査依頼を出す場合は決まって何かよからぬ事態が進行中である。


 魔力量が異常に多く、魔物やダンジョンがわんさか湧いている状態。そんな状態の中で、数日から数週間かけて森をくまなく調べるのだ。ダンジョンと違って安全地帯になるような場所もないし、一旦森から出るということもできない。調査期間内に調査を終えなければならないために外に出ているような余裕はないのだ。


 ヨルンの森も観測地点に到達するだけで5日かかるような場所がある。つまり、魔物がうじゃうじゃいる中で、野営をし、目的地に到達しなければならないのだ。


 かなり危険な仕事で冒険者ギルドもBランク以上の冒険者パーティに受注を限定してる。今回は他のパーティを支えてお小遣いをもらうのとはわけが違うのだ。


「やめときましょうぜ。今の俺たちじゃ無理ですよ」


「だが、そろそろ査定の時期だ。AAAランクから落ちたらもっと稼げなくなるぞ」


 クライドが告げるがヴァージルが渋い顔をして言い返した。


 冒険者ギルドのパーティランクは一度昇格すればそのまま固定されるのではなく、半年に1回実施される査定によって変動する。それはパーティメンバーの成長やあるいは離脱を考慮してのことであった。


 査定でランクが上がることもあれば下がることもある。


 ヴァージルたちは今でこそまだAAAランクだが、近ごろは下位のクエストしか受注していないので、査定にその点が引かかってAAAランクからAAランクに下がる可能性もあった。そうなれば受注できるクエストも減ってくるし、その分収入も減る。


 それは冒険者から足を洗って、もっと安定して、安全な暮らしをしたいと望むヴァージルたちにとっては望ましくないことであった。


「だからって森の調査は無理ですよ。死人が出ますよ。エリックの旦那がいたときならともかく、今の俺たちじゃ無理がありますって」


「他に仕事はない。薬草採取やベースキャンプの設営を続けてたらあっという間に冒険者ランクはBかCに転落する。そこからまた元のランクに這い上がるのは死ぬほど苦労するってのはお前もよく分かっているだろう?」


「そりゃそうですけど……」


 冒険者ギルドのランク評価はシビアだ。


 それは冒険者を守るためでもあるし、依頼主にちゃんと仕事を達成できるという安心感を与えるためでもある。本来ならばCランクの冒険者パーティがAランクのクエストに挑めば失敗するのは明らかだ。そうなれば冒険者は死ぬかもしれないし、依頼主は仕事が達成されずに冒険者ギルドに不満を持つ。


 そのため冒険者ギルドはランクを容赦なく落とすし、逆にランクはなかなか上げない。一度B、Cランク冒険者に落ちてしまえば、再び元のランクに戻るのには相当なクエストをこなさなければならない。それも稼ぎの少ないものを。


 それにAAAランクという冒険者ギルドの頂点に上り詰めた“紅の剣”が下位に転落することがあれば『あの冒険者パーティは信用できない』という噂が広がってしまう。クエストを受注したくとも冒険者ギルドの方から断られる可能性もある。


 故にヴァージルは今のランクを維持するために必要なことをしようとしていた。


「何かいいクエストはあったか?」


「森の調査を受けようと思う。ヨルンの森だ」


「本気か? あの足手まといを連れて、森の調査なんてできるのか?」


 様子を見に来たアビゲイルが冒険者ギルドの“純潔の聖女派クラブ”で飲んだくれているのを見てから、そう尋ねた。


 ルアーナは酒におぼれるようになった。最近では純潔の聖女派に許されたワインだけではなく、ウィスキーや火竜酒にまで手を出している感じであった。


 というのも、ルアーナはトラウマを負ってしまったのだ。


 これまで純潔の聖女派の女司祭という守られた立場だったものが、冒険者となりダンジョンでいつ死ぬかもおかしくない状態に遭遇し、その上仲間たち──少なくとも仲間になるはずだったものたちは、ルアーナの死を望んでいるという事実にルアーナは壊れた。


 ルアーナは酒に逃げ、クエスト中も酔っ払っている始末だった。いい加減にしろとヴァージルは何度も注意したのだが、ルアーナがそれに応じる様子はない。


「俺たちだけでもやれると思うか?」


「回復役がいないのは辛いぞ。他のパーティの足を引っ張りたくはない。あの飲んだくれ司祭がまともに仕事する保証がない限り、私としてはこのクエストを受けるのは少しばかり考えるだろうな」


 通常、危険性が高いため森の調査は複数のパーティは組んで行われる。最低でも12名というのが冒険者ギルドの意向だった。


 当然ながら、ヴァージルたちがこのクエストを受注するとなると他の冒険者と行動をともにすることになる。そのときパーティメンバーが飲んだくれていて役に立たないとなると、ヴァージルたちは足手まといだと思われても仕方ない。


 ただでさえ純潔の聖女派の司祭は使えないのだ。それが酒におぼれているなどとは!


「どうにかしてあいつを叩きだせませんかね? ダイラス=リーンじゃ純潔の聖女派がテロを起こしたって報じられたでしょう? これを契機に素性が定かでないとかいう文句をつけて冒険者ギルドから叩き出せません?」


「セレファイスは未だに責任論争が続いている。やれ預言者の使徒派の教区長が悪いだの、教区長は純潔の聖女派に脅迫されていただの。その上、テロを起こしたのはダイラス=リーンのサンクトゥス教会関係者だけで他は関係ないとまで抜かしてやがる」


 コーディが突き止めた証拠を以てしても情勢は膠着していた。


 預言者の使徒派が悪い。純潔の聖女派が悪い。問題は教会全体。問題はダイラス=リーンのみ。セレファイスの教皇庁は陰謀と策略が張り巡らされた魔境と化していた。


 誰もが権力を手にしようとして、生々しく、醜い争いを続けている。


 これでは人にあるべき道を説くなどと言っても鼻で笑われるだけだ。


「ここが冒険者ギルドですか」


 不意に女性の声が響いた。


「ロレッタ・ルイス・レイヤード司祭枢機卿猊下!?」


 純潔の聖女派クラブが驚きの声を上げる。


「誰だ?」


「純潔の聖女派のお偉いさんじゃなんですか?」


 ヴァージルたちの視線が冒険者ギルドの中に入ってきた白地に黒のラインが入った祭服の女性に向けられる。


「冒険者ギルドの皆さん。我々の信徒と司祭たちがお世話になっております。私は司祭枢機卿のロレッタ・ルイス・レイヤードと申します。この度は皆さんにご迷惑をおかけしていないかを確かめに参りました」


 その言葉に純潔の聖女派クラブがすくみ上る。


「どうやら、私の聞くところでは冒険者ギルドに派遣された純潔の聖女派に属する司祭の評判が悪いようなのです。そのようなことはないと思っていたのですが、どうやら確かに問題があるようですね」


 ロレッタと名乗った女性はそう告げて純潔の聖女派クラブににこりとした笑みを向けた。その笑みを前に純潔の聖女派クラブの面々が視線を逸らす。


「ワインは確かに預言者の血でありますが、真昼間から飲んでいいものではありませんよ? 純潔の聖女派たるもの労働で汗を額を流し、人々に感謝され、食膳の祈りの後に1杯のワインを嗜むものです」


 ロレッタはそう言いながら硬直しているルアーナの方に向かった。


「どうやらあなたはワイン以外にもお酒を飲んでいるようですね。これは火竜酒の臭いでしょうか。随分と冒険者としての生活を楽しまれているようですね」


 ロレッタの言葉にルアーナは何の返事もできない。


「世間では今、純潔の聖女派はテロリストだなどという風説を立てているものたちがいます。ですが、純潔の聖女派テロリストでもなければ、神の教えに背いたものたちでもありません。そのことをあなた方が自らの手で証明しなければならないのです」


 ロレッタが告げるのに純潔の聖女派の司祭たちは黙り込んでいる。


「そうですね。こうしましょう。これからあなた方はクエスト報酬をいただかないということに。無償で冒険者ギルドに奉仕するようにしてください」


「し、しかし、それでは……」


「信仰心があればできるはずです。それともあなたには信仰心がないのですか?」


 純潔の聖女派の司祭のひとりがその決定に抗議しようとするが、ロレッタにそう告げられて駄り込んでしまった。


「安心してください。衣食住は保証しましょう。教会に行きなさい。そうすれば施しが得られるでしょう。それを糧に労働に専念するのです。このような昼間から酒におぼれるのではなく、純潔の聖女派の司祭としての誇りを示しなさい」


 ロレッタの言葉に純潔の聖女派の司祭たちは完全に沈黙してした。


「では、そういうことです、皆さん。彼らに報酬は必要ありません。その代わり彼らを鍛え上げてあげてください。我々がテロリストなどとは思わないでください。我々は平和と人のあるべき道を望むものたちなのです」


 ロレッタは他の冒険者たちに一礼すると出ていった。


「あーあ。上司が来て、ああ言われたらどうしようもないですね」


「無賃金で働くボランティアほど当てにならんものはないというのに」


 これはフローレンス・ナイチンゲールも告げていることだが、自己犠牲による活動は長続きしないということである。


 冒険者たちが懸命に働くのは金のためだ。金のために危険な魔物と戦い、危険なダンジョンを攻略し、危険な森の調査に赴く。金のためという目的が下賤だと思う人物は、自分が金なしでどれだけ生活できるか試してみればいい。


 金を得るというモチベーション。金を得てやることができるというモチベーション。そういうものがあるから、冒険者たちは命を懸けて戦えるのだ。


 無償でやれと言われても、誰も危険な場所に赴いたりしまい。義務感から働くものたちもいるかもしれないが、長期に渡る組織的な活動は見込めない。何かしらの対価がなければ、誰が死の危険のある仕事を続けられるだろうか。


 そういう意味ではロレッタの決定は最悪だった。


 ロレッタは純潔の聖女派の司祭たちのモチベーションとなるだろうクエスト報酬を取り上げた。これでただでさえやる気のない純潔の聖女派の司祭たちがやる気を出すとは思えない。むしろ、悪化するだろう。


「クエストは決まった?」


 暫くしてロレッタと入れ違いになるようにリタが戻ってきた。


「森の調査に行こうかと思っている」


「……正気?」


「至って正気だ。悲しいことにな。それからルアーナはさらに使いものにならなくなるぞ。さっき純潔の聖女派のお偉いさんが来て、純潔の聖女派の司祭にはクエスト報酬を渡さなくていいと言っていった」


「そう。困ったことになる、かな」


「なるだろうな」


 ヴァージルはじっくりと森の調査の依頼書を眺める。


 クエスト報酬は美味しいし、査定でも評価されることは間違いない。エリックがいたならば間違いなく選択しただろう。だが、今いるのは飲んだくれでやる気のない純潔の聖女派の女司祭だ。


「とりあえず、尋ねてみる。他のパーティとも相談して、大丈夫なようなら受ける」


「分かった」


 ヴァージルの言葉にリタが頷いた。


 それからヴァージルは受付嬢に参加するパーティについて尋ねてみた。


 戦力として当てになる白魔術師がいるのは2パーティで参加人数は18名。


「“紅の剣”のヴァージルだ。森の調査についてなんだが」


 そして、参加を決めているパーティに声をかける。


「“青銅の猟犬”のエイベルだ。そっちの白魔術師は純潔の聖女派?」


「そうだ」


「畜生。うちもなんだよ。幸い他の2パーティは流転の魂派と預言者の使徒派で実力も折り紙つきなんだがな。向こうは面倒は見ると言ってくれている」


「俺たちが参加しても大丈夫か?」


「純潔の聖女派の司祭以外なら生かして返す自信はあるぞ」


 エイベルはそう告げてにやりと笑った。


「連中、報酬を受け取らないことになったんだってな。正直、やる気のない連中が本格的な足手まといになるわけだ。これ以上にクソッタレなことがあるか?」


「ないな。俺たちももっと白魔術師の知り合いを作っておくべきだった」


「俺は敬虔なサンクトゥス教会の信徒ではなかったから、教会関係者の知り合いはいなかった。連中はどこであんなタフな白魔術師を見つけてくるんだろうな。戦いもできる、サポートもできる。そんなタフな奴らがいてくれればよかったのに」


「お互い黒魔術師に頼りすぎていたな」


「全くだ。だが、俺たちのパーティの黒魔術師はいい奴だったよ。奴の代わりなんて考えられないほどに」


「俺もだ」


 そして、暫くの沈黙が流れる。


「参加するなら歓迎する。火力は多いほどいい」


「ありがとう。では、参加させてもらおう」


 こうしてヴァージルは森の調査という高難易度クエストを受注した。


 それが果たせるかどうかはヴァージルたちの努力次第である。


……………………

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[一言] 純潔の聖女派クラブ(笑)
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