掃討戦とその終わり
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──掃討戦とその終わり
ダイラス=リーン都市軍はサンクトゥス教会のテロリストたちをじわじわと追い込んでいった。ある程度軍用犬で位置を掴み、そこを包囲するようにして、部隊を進めていく。それによってサンクトゥス教会のテロリストたちは一部隊、また一部隊と全滅していっていた。
だが、サンクトゥス教会のテロリスト側の抵抗も激しく、魔槍式小銃のカートリッジが空になると、爆薬を巻きつけて都市軍の部隊に突入し自爆する人間まで出る状態だった。それによって都市軍にも少なくない死傷者が出ている。
都市軍も損害を腹立たしく思い始めたのか、かなり強硬な手段でサンクトゥス教会のテロリストの“殲滅”を図っていた。焼夷手榴弾や火炎瓶の使用、果ては火炎放射器を使って、地下や建物に潜むサンクトゥス教会のテロリストをあぶりだし、彼らが自爆する前に魔道式機関銃で掃射を加えて、殲滅している。
首魁である教区長は逮捕しろとの命令が出ていたが、夜間の戦闘ではまだ暗視装置を導入していない都市軍の装備では判別が難しかった。今のところ軍用の装備として暗視装置を導入しているのは、連邦の特殊作戦部隊だけである。
都市軍は照明弾を打ち上げて路地を照らしながら、魔道式タクティカルライトで前方を照らしながら、包囲網を狭めていく。
既にサンクトゥス教会のテロリストの武装蜂起から4日が過ぎている。市民の外出制限もそろそろ限界だ。早期に決着をつけなければならない。
軍用犬が吠えたて、銃声が響いた。
「交戦! 交戦!」
「撃て!」
交戦規定は発見し次第交戦せよである。今は出歩いている民間人はいない。外にいるのはダイラス=リーン都市軍かサンクトゥス教会のテロリストだけである。
魔道式小銃が火を噴き、銃火が飛び散る。
「手榴弾、投下!」
都市軍の兵士は重装備で身を固め、手榴弾も惜しげなく使っていた。
「クリア!」
「前進!」
前方の敵が排除されたのを確認してから、都市軍の兵士たちが着実に前進していく。これでまた包囲網は狭まった。
「中尉殿。この男は手配写真にあった……」
「教区長だな。間違いない。容疑者確保!」
手榴弾の爆発の衝撃で頭を打って気絶していた教区長はそのままダイラス=リーン都市軍によって拘束された。
それからダイラス=リーンの地下下水道で純潔の聖女派が手榴弾と爆薬を使って集団自決したのは1時間後のことだった。
ダイラス=リーン都市軍は教会関係者全員の死亡ないし確保が達成されたとして、市議会に報告し、市長が戒厳令を解いた。
銃痕が刻み込まれた街並みに再び住民たちが戻ってきたのだった。
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サンクトゥス教会の聖職者たちが違法な武器を密輸し、ダイラス=リーンで武装蜂起したニュースは世界中を駆け巡った。
まずは密輸を主導した純潔の聖女派が非難の矛先に上がった。だが、純潔の聖女派はすぐに蜂起の首魁が預言者の使徒派であったことを指摘する。
世界中がサンクトゥス教会に疑惑の視線を向けるが、サンクトゥス教会の影響力は一朝一夕で失われるものではない。今のサンクトゥス教会は孤児たちを育て、人に倫理を説き、そして陰で権力を巡るゲームを行っている。
現状、勝利が濃厚なのは信徒の7割を基盤とする預言者の使徒派だ。彼らはダイラス=リーン蜂起で首魁となっていた教区長を破門し、彼は純潔の聖女派に毒されていたと主張する構えに入った。
純潔の聖女派は自分たちは平和を愛するものたちだとして、関与を徹底して否定。全ての責任は自分たちを巻き込んだ預言者の使徒派に属する教区長にあると主張する方向で一貫している。
こうしてサンクトゥス教会は分裂の危機を迎えていた。
それはセレファイス──教皇庁のある土地──での騒ぎであり、他の地域ではサンクトゥス教会は変わらず愛されていたり、ダイラス=リーン蜂起の影響で白い目で見られ、捜査機関が教会内に武器を貯蔵し、ダイラス=リーンと同じことを企んでいないか調査しに来たりしていた。特に純潔の聖女派が多い地域では徹底していた。
教会の権力をかけたゲームが進む中、ダイラス=リーンでは拘束されたテロリストたちが処分を待っていた。
「この人物で間違いないか?」
「間違いない。教区長だ」
都市軍の憲兵少佐が尋ねるのに対して答えるのはコーディだった。
「教区長。あんたは4年前にも犯罪を犯したな?」
「な、なんのことだ? 私は知らないぞ」
「ローズ・マイレット。14歳の少女娼婦があんたが犯人だと証言している。テロリストとして軍事法廷で裁かれる前にこっちでも裁きを受けてもらうぞ。どのみち死刑になるにせよ、法律であんたは裁かれる」
「ま、待て! 違うんだ! 私は脅されていたんだ!」
テロリストたちは軍が戒厳令下で拘束したこともあって、通常の法廷ではなく、軍事法廷で裁かれることになっていた。内乱罪を中心とするダイラス=リーンの法で裁かれれば、結果は死刑だ。誰ひとりとして残すことなく処刑される。
「脅されていた? 誰にだ?」
「純潔の聖女派にだ! 奴らは4年前の事件を知っていて、私が犯人だと脅してきた! それでやむを得ず協力することになったんだ! 私は蜂起の首魁などではない! 首魁は純潔の聖女派だ!」
「なるほど。そういうことか」
コーディは顎を摩った。
どうして自分が蜂起の中で狙われたのか分かった。
それは純潔の聖女派が、教区長を脅すための材料を嗅ぎつけたからだ。
純潔の聖女派は蜂起の責任を教区長に被せようとしている。教区長にというよりも、預言者の使徒派の責任にしようとしている。
そんな純潔の聖女派にとって純潔の聖女派が教区長を脅していたという証拠が発覚するのは不味い展開だ。それに教区長の件を放置していれば、教会関係施設への強制家宅捜索も避けられなかった。
だから、サンクトゥス教会のテロリストはあの日に蜂起し、真っ先にコーディを狙ったのだ。コーディがこれ以上事実を突きとめることを阻止するために。
「だが、お前が4年前に殺人を、暴行殺人を犯したのは事実だし、テロリストに加わっていたのも事実だ。地獄に落ちろ、クソ野郎」
「待ってくれ! 私は無実だ! 無実なんだっ!」
教区長が叫ぶがその声は既にコーディに聞こえていなかった。
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「それじゃあ、お世話になりました!」
フィーネは戒厳令が解除されると、病院を退院し、お別れを告げにダイラス=リーン都市警察中央警察署を訪れていた。
「コーディはフィーネちゃんのおかげで助かったんだろう? 礼をいうのはこっちの方だよ!」
「そうそう。教区長の動機も突き止めたって言うし、本当にフィーネちゃんがダイラス=リーンに来てくれればいいのに!」
心霊捜査課の心霊捜査官たちはフィーネとの別れを惜しんでくれた。
「いやあ。まだウルタールとどちらで働くか決めてなくて……」
「来てくれたら歓迎するから!」
女性捜査官たちがフィーネをハグしていく。
「俺はウルタールの心霊捜査官だったんだが、まあウルタールも悪くない。だが、今のご時世を考えるとこっちに来ておいた方が無難……とも言えなくなったんだよな」
「サンクトゥス教会のテロリストたちが襲ってくるんなてね」
心霊捜査官たちはテロのターゲットになるとして、今後は軍用の魔道式小銃で武装した警察官とバディを組んで捜査に当たることになっている。このダイラス=リーンからサンクトゥス教会の関係者は一掃されたが、いつまた入り込んでくるか分からないのだ。
それと同時に世界科学アカデミーの警備も強化された。今回のテロでは標的にならなかったが、テロリストたちの事情聴取では世界科学アカデミーも攻撃対象であったことが分かっている。純潔の聖女派は本当に科学の発展を憎んでいるのだ。
「おっと。ここで英雄様のご帰還だ」
「待ったぞ、コーディ!」
苦笑いを浮かべて現れたのはコーディだった。
「フィーネ君。今日でお別れだな」
「また遊びに来ますよ。それからウルタールにも来てください。約束していたシーフードのお店、教えますから」
「楽しみにしていよう」
コーディはそう告げて微笑んだ。
「コーディ。ダイラス=リーン・トゥデイの記事は読んだ? あなたのことを純潔の聖女派の陰謀を暴き、14歳の少女の無念を晴らした英雄だって褒めたたえているわよ」
「それはフィーネ君の功績だ。彼女は見学者だったから名前はでなかったが、今から抗議してでも記事を書き換えさせるか?」
ダイラス=リーン・トゥデイの1面にはコーディの写真が掲載されていた。
「よした方がいい。正直なところ、新聞でこれだけ取り上げられたということは純潔の聖女派の目にも留まるということだ。最悪の場合、報復のターゲットにされるだろう。フィーネはまだ自分を守る力に乏しい。悪いが君が表に立ってはくれないか、コーディ・クロス捜査官」
「そういうことでしたら」
エリックは純潔の聖女派は間違いなく報復に出ると考えていた。
その時に軍用の魔道式小銃を持った警察官が護衛についており、本人自身も魔道式拳銃を取り扱えるコーディと、これといって身を守る手段を有していないフィーネでは、リスクに大きな差がある。
今のところ、エリックはフィーネを目立させるつもりはなかったし、フィーネ自身もコーディのお膳立てで行えた功績を誇るつもりはなかった。
「本当にお世話になりました。これで将来の夢がかなり確立されたと思います」
「心霊捜査官はきつい仕事でもあるが、やりがいはある。被害者の無念を晴らし、将来の犯罪を防止する重要な仕事だ。君がそれを理解してくれてよかったよ」
コーディはそう告げた。
「すみませーん。心霊捜査課ってここですか?」
「ん? 誰か何か頼んだのか?」
なにやら道具を抱えた青年が心霊捜査課を訪れた。
「私がカメラマンを頼んだの。記念写真の撮影のためにね」
「随分と大げさだな」
「フィーネちゃんが来てからいろいろあったでしょう? このことはちゃんと記憶に残しておかないといけないわ」
「それもそうだな。なら、全員で写真を撮ろううぜ。ドクター・エリック・ウェストも一緒に撮りましょう」
「ああ。失礼するよ」
カメラの前に心霊捜査課の捜査官たちとフィーネ、エリックが並ぶ。
「はい。皆さん、笑って」
カメラマンがカメラのレンズを向ける。
「撮りますよー」
そして、マグネシウムフラッシュが音を立てて撮影を知らせる。
「はい、撮れました。現像には1日ほどかかります」
「写真、できたらフィーネちゃんの家に送るから。住所は?」
女性捜査官が尋ねる。
「エリックさんの家の住所ってどうなってるんでしょう?」
「ウルタールの郵便局宛てにして『廃棄地域内エリック・ウェスト宅』としてくれれば届く。あそこには厳密な住所は存在しないからね」
廃棄地域は半独立地域なので国が住所を定めることなどもない。郵便物はウルタール郵便局が管理しており、そこでそれぞれの家の位置を記録しておく。郵便局内では暫定的な住所は定められているが、正式なものではない。
「それならそれでお願いします!」
「分かったわ。それで送るわね」
女性捜査官がメモを取る。
「それではそろそろ船の時間なので失礼します。今回はどうもありがとうございました。また機会があれば伺います!」
「歓迎するよ!」
こうしてフィーネはダイラス=リーン中央警察署を去ったのだった。
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