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ダイラス=リーン戒厳令

……………………


 ──ダイラス=リーン戒厳令



 ダイラス=リーン都市軍が通りに立っている。


 防弾チョッキにヘルメットを被り、完全武装の彼らが通りの角や路地に立っている。軍用犬を連れてパトロールを行っている部隊もおり、街は物々しい雰囲気に包まれていた。というのも当然。今、ダイラス=リーンには戒厳令が布かれているのだ。


 ダイラス=リーン教区のサンクトゥス教会は武装蜂起し、警察署と市議会、市長官邸、軍の宿舎を襲撃した。そのどれもが失敗した後になって彼らは逃げ、このダイラス=リーンに潜んだ。今も軍用魔道式小銃を持ったサンクトゥス教会のテロリストがいるので、ダイラス=リーンは戒厳令を布かざるを得なかった。


「俺たちも行かせてください!」


「コーディの仇を取らないと!」


 ダイラス=リーン都市警察では心霊捜査課を中心に警視総監に出動を求める声が上がっていた。彼らはあと一歩でサンクトゥス教会の尻尾を掴み、彼らが武装蜂起する前に武器を押さえられたかもしれないのだ。


「ダメよ。今は軍の仕事。私たちは特殊戦術強襲班でない限り、軍用の魔道式小銃を持った人間を相手にした訓練なんて受けていないでしょう」


 ピアース部長はそう告げて、彼らの出動を願う声を退けた。


「安心して。サンクトゥス教会のテロリストが全員捕まれば、捜査は報われるわ。連中を縛り首にしてやれる。コーディもそれを望んでるはずよ」


「都市軍は生け捕りにする気はあるんですか?」


「当り前よ。彼らだってだれかれ構わず撃ち殺すような人でなしではないわ」


「そうですよね。けど、コーディを襲った連中は同じ目に遭うべきだ」


 その言葉を聞いてピアース部長はため息をついた。


 警察官が情で動くようなことがあってはならないが、仲間がやられたときには警察官ほど団結する人間たちもいない。彼らは犯人を法律のギリギリまで追い込み、報復を行う。本来そんなことはあってはならないのだが。


「さあ、それぞれ今できる仕事に戻って。出動要請が出たらいつでも出動できるようにね。軍の心霊分析官より、うちの心霊捜査官の方が優れいるのは間違いないわ」


 ピアース部長はそう告げて意見陳述に集まった捜査官たちを部屋に帰らせた。


 いずれは心霊捜査課にも出動要請が出るだろう。軍の心霊分析官は練度で言えば都市警察の心霊捜査官に劣る。日頃から死体を相手にしている人間と、時たま死体を相手にする人間とでは練度が違うのは当然だ。


 都市軍と都市警察の仲が険悪だということもなく、むしろ良好であり、都市軍はプライドを気にせずに都市警察に協力を要請できる立場にある。


 だが、その程度の出動で彼らの気が晴れるだろうか?


「コーディ。全く、問題児だったわね」


 ピアース部長はそのように呟き、コーディが最後に渡したファイルに目を通した。


……………………


……………………


「う、うーん……」


 フィーネは何やら何かに酔ったような気分で目を覚ました。


「ここは……」


「起きたかい、フィーネ」


 真っ白なベッドと真っ白なカーテンが清潔感を感じさせる部屋のベッドの上で、フィーネは横になっていた。腕には点滴がつなげてあるのが分かる。そして、左肩に違和感を感じる。痛みやかゆみはないのだが、どうにも違和感がある気がしてならないのだ。


「エリックさん。ここは?」


「ダイラス=リーン中央病院だ。君は銃撃戦に巻き込まれてここに運ばれた」


「銃撃戦……。そうだ! コーディさんは!? コーディさんが撃たれて大変なんです! 早く助けないと」


「コーディ捜査官なら無事だ。先ほど体内に残っていた銃弾が摘出されて、無事に手術は終わった。今は死霊術で塞いだ傷口を慣らしているところだ。死霊術で再生した部位というのは、馴染むまでにしばらく時間がかかるからね」


「ああ。そうだったんですか。よかった……」


 コーディの同僚は銃弾は全て抜けていると思ったが、実際は1発だけ銃弾が体内に残っていたのだ。先ほど手術室での摘出が終わり、死霊術で傷口が塞がれている。


「ところで私はどうして病院に?」


「覚えていないのかい? コーディ捜査官の治療に魔力を使いすぎて、倒れたんだ。それに君は左肩を撃たれていた。貫通していなかったから君も手術を受けて摘出したのだよ。本当に何も覚えていないのかね?」


「何分必死だったもので……」


「そうか。だが、いいことをした。君が応急手当をしたおかげで、コーディ捜査官は助かった。何の処置も施されていなかったら、出血死していただろう。君は人の命をまたしても救ったんだ」


「私が人の命を……」


 フィーネには実感が湧かなかったが、言葉の意味は分かった。


 自分のおかげでコーディが助かった。コーディは死なずに済んだ。


 だが、一歩間違っていればコーディは死んでいたということだ。


「うう、うぐ……」


「傷が痛むのかね? 鎮痛剤を頼もうか?」


「いいえ。コーディさん、助かってよかったなって……」


 フィーネは感極まって泣き出してしまった。


「君はよくやったよ。万全を尽くした。後は都市軍がテロリストたちを捕まえるのを待つだけだ。テロリストは今は地下に潜伏している。都市軍が対テロ戦を開始して、テロリストたちを追い詰めている」


「私たちを襲ったのは何者なんですか?」


「……サンクトゥス教会のテロリストだ」


「純潔の聖女派の?」


「いや。指導者は預言者の使徒派だ。軍は教区長が首魁だと考えている」


「預言者の使徒派が……。でも、確か私たちを襲った人たちは死霊術師に恨みを持っているようでしたよ。きっと純潔の聖女派です!」


「教区長が毒されたか。いずれにせよ、まだテロリストは捕まっていない。この病院は軍が警備している。ここにいれば安全だ。傷が完治するまではここにいよう。歩けるようなら、コーディ捜査官のところに行ってもいい」


「行きます! お願いします!」


「分かった。本当に歩けるね?」


「足は撃たれてないはずですから」


「分かった。用心して立ち上がりたまえ。それから魔力補給用の点滴がはずれないように。君はまだ魔力が十分じゃないのだから」


「分かりました」


 フィーネはエリックの手を貸りて、ゆっくりと立ち上がった。


「それじゃあ、コーディ捜査官の病室に向かおう。もう集中治療室は出たはずだ」


 エリックは受付でコーディの病室を聞くと、フィーネととともにそこを訪れた。


 フィーネはコーディの病室をノックする。病室の前には都市警察から派遣された警察官が配置されていたが、フィーネが同僚の命を救ってくれたという事情を知っていたのか、笑顔で出迎えてくれた。


「コーディさん!」


「フィーネ君! 君の方は大丈夫なのか?」


「ええ。左肩を撃たれて、魔力が尽きただけですから」


「俺が撃たれたせいだろう? 申し訳ないことした」


「気にしないでください。私は人の役に立てたって嬉しいんです」


 そこでフィーネはしまったという顔をした。


「べ、別にコーディさんが負傷したのが嬉しいわけとかではないですよ? コーディさんを助けられて嬉しいというか、そんな感じで」


「ははは。分かってる。君は俺の命の恩人だな」


 コーディはそう告げて笑った。


「コーディさんは傷の方は大丈夫ですか?」


「まだかなり違和感がする。弾は腕に2発、足に3発、腹に2発食らっていた。現場でフィーネ君たちが応急手当をしてくれたおかげで失血死は防げたが、腹に入った銃弾を取り除く手術を受けてな。その後の死霊術による処置がどうにも気持ち悪い。これまで何人も死霊術で助けてきたが、助けられることはなかった。こうも違和感があるものだとは」


「私も左肩になんか違和感があります」


「うむ。白魔術は俺の場合使えなかったしな。そもそも今のダイラス=リーンで白魔術が使える人間はいないんじゃないか?」


「そうなんですか?」


「同僚の話じゃ、このダイラス=リーン教区の全てのサンクトゥス教会の聖職者はテロリストになったらしい。今は都市軍が掃討戦を続けているが、白魔術を使えるのはサンクトゥス教会の司祭ぐらいだから、医療現場でも死霊術による治療しか行えなくなっている。昔、まだサンクトゥス教会との関係が劣悪でなかったころには、病院にサンクトゥス教会の司祭がいたんだけどな」


「そうですよね。白魔術って聖職者の方しか使えないんですよね」


「その点、死霊術は医者でも使える。死霊術師の俺が死霊術で命を救われるとは」


「いいじゃないですか。死霊術も立派な魔術ですよ」


「それもそうだ」


 コーディはそう告げて笑うと咳き込んだ。


「コーディさん! お水飲みます?」


「水はまだ飲んだらダメなんだ。腹部に銃弾を食らって腸を抉られたから。氷を舐めるぐらいのことはしていいらしいが」


「じゃあ、アイスクリームはいいんですか?」


「医者はいい顔をしないだろうな」


 コーディは苦笑いを浮かべた。


「それじゃあ、コーディさん。頑張ってくださいね。リハビリもありますよ」


「そうだな。いち早い現場復帰を目指して頑張らないとな。しかし、フィーネ君には悪い結果になったになったな。せっかくウルタールから見学に来たのに、こういうことになってしまって。本当ならもっと日常業務なんかを見せたかったんだが」


「大丈夫です。心霊捜査官がどれくらい重要な仕事かは分かりましたから」


 フィーネはサムズアップしてそう告げた。


「そいつはよかった。じゃあ、また来てくれ。歓迎するぜ」


「はい!」


 フィーネの1週間のはずのダイラス=リーン滞在の予定は戒厳令でうやむやになってしまった。今の状況では心霊捜査官も見学者を受け入れるどころではないだろう。


「フィーネ。将来の夢はやはり心霊捜査官かね?」


「ええ。今はそうです。今回のことで心霊捜査官が必要とされている仕事なのが分かりました。ウルタールとダイラス=リーンのどちらで就職するかは分かりませんけれど、目指す目標としては悪くないものだと思います」


 そこでフィーネは少し考えた。


「けど、心霊捜査官は今日みたいに襲われる可能性もあるわけですよね。ある程度、覚悟がないとなっちゃだめですよね……」


「そうだね。警察官は犯罪から市民を守るのが仕事だ。時には危険な任務も与えられるだろう。それを乗り越えられる覚悟は必要かもしれない」


「今日みたいに撃たれたりするのは嫌ですね……」


「そうそう、今日のようなことは起きないよ」


 エリックはフィーネに伝えていない情報があった。


 街中で襲撃された一般市民はフィーネたちだけであるということ。


 その他は警察署や軍の宿舎、市議会、市議会議員の邸宅、市長官邸などを襲撃していたということ。レストランであのように襲われたのはフィーネたちだけだということ。


 恐らくコーディが何か純潔の聖女派にとって好ましくない情報を入手していたのだろう。それで彼らはコーディの口封じを図った。そう考えるのが自然である。


 だが、コーディは何の情報を手に入れたのだろうか?


 純潔の聖女派がわざわざ狙うぐらいだ。それなり以上の情報を手に入れていたに違いない。その情報はまだ使えるだろうか?


 都市軍は対ゲリラ戦の要領で武装蜂起したサンクトゥス教会のテロリストに対応している。逮捕は可能ならば、という具合であり、何人が法廷で裁かれるかは分からない。都市軍としても首魁を捕らえて、法廷で裁きを受けさせることを望むだろうが、サンクトゥス教会のテロリストは相手を道ずれにしてでも、目的を達成しようとしている。


 自爆覚悟で抵抗する人間を拘束することは難しいだろう。


 遠くで爆発音がする。まだ戦闘は継続中だ。


「エリックさん。ホテルに帰りますか?」


「いや。君がよくなるまで病院にいるよ」


「ありがとうございます!」


 フィーネも戦いの気配を感じて怯えている。ひとりにするべきではない。


 しかし、サンクトゥス教会はこれからいったいどうなってしまうのだろうか?


 精神のよりどころとしての教会はこれからも必要とされるだろう。そこからいかに政治と過激派を引きはがすかだ。政治的な宗教は、政治的な軍人並みに問題になる。宗教が政治に口出しすると大抵碌な結果にならない。


 上手く今の騒ぎが収まってくれるといいのだが、とエリックは思った。


……………………

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