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惨劇のランチタイム

……………………


 ──惨劇のランチタイム



「やあ。待ったか、フィーネ君」


「いいえ。ちょっと外を回っていたら事件に巻き込まれちゃって」


「そりゃまた。何事もなかったのかい?」


「はい。昨日の連邦海軍の人が助けてくれました」


「ふうむ。そうか」


 コーディはスターリング大佐──ラムダのことをどこまで信用できるか考えあぐねていた。あれから武器を受け取ったグループのリストが手に入ったが、本当はもっと情報を握っているのではないだろうかと考えていた。


 国際的な対テロ組織があればいいのだが、あいにく今の状況でそれは望めない。


「ねえ。食事に行きましょう。早くいかないと混むわよ」


「そうだな。早いところ腹に飯を入れよう。今日は1日中忙しいだろうからな」


 今日は教区長を4年前の事件で逮捕し、同時にダイラス=リーンにおけるサンクトゥス教会の不動産の家宅捜索を行う。ラムダから渡された情報が正しければ、サンクトゥス教会の純潔の聖女派は密売された銃火器で武装している。強行捜査になるだろう。特殊戦術強襲班も動員しなければなるまい。


 だが、この街からサンクトゥス教会──というより、純潔の聖女派が消えることを喜ぶ市民が多いのは間違いないだろう。


 ここには多くの科学者がいる。科学の発展を嫌う純潔の聖女派──特に彼らには理論も何もなくヒステリックに科学を否定するのだ──と相性がいいはずもなく、広場でヒステリックな説教をしていた純潔の聖女派の司祭が逮捕されたことには誰もが喜んでいた。


 今回はサンクトゥス教会を根底から揺るがす行為になる。それこそ市民の喜びはひとしおだろう。ここには穏便なサンクトゥス教会の信徒もいるが、彼らとて純潔の聖女派のような過激派が出てきたことで肩身が狭い思いをしてきたのだから。


「何のお店に行くんです?」


「シーフードとパスタの店だ。ちょっとお高いが、今日は奢りだ。遠慮なく食ってくれ。何せ捜査が進展したのも全てはフィーネ君のおかげだからな」


「お役に立てていたならなによりです」


 コーディと同僚の心霊捜査官は広場を抜け、海沿いの通りに向かう。


「ウルタールにも美味しいシーフードのお店があるんですよ」


「へえ。ウルタールに出張することがあったらおしえてくれないか?」


「はい! 案内は任せて下さい!」


 フィーネは胸を張って請け負った。


「ああ。そこの店だ。まだ大丈夫だな。結構人気の店で、お昼になると人が多いから。観光客も最近では来るようになったし」


 一面ガラス張りの清潔感ある店が目的の店だった。


「3名で、テーブル席を」


「はい。こちらのお席にどうぞ」


 ウェイトレスがフィーネたちを窓際の席に案内する。


「おすすめのメニューってなんですか?」


「たらこパスタも美味いんだが、せっかくだからボンゴレとかどうだ?」


「じゃあ、私はボンゴレビアンコで」


「俺はシーフードペペロンチーノだ」


「私はペスカトーレ」


 フィーネたちが注文を決めていく。


「飲み物は?」


「私はミルクで」


「俺はコーヒーだな」


「コーヒーはもう十分。アイスティーにするわ」


 注文が決まり、コーディがウェイトレスを読んで注文を伝える。


「それで心霊捜査官について知りたいことは知れたか?」


「結構どんな仕事なのか分かってきました。けど、書類仕事、大変そうですね……」


「ああ。軍隊だろうと警察だろうと町役場だろうと書類が重要だ。社会は書類で回っているってな。だが、慣れてくればそこまで苦でもなくなる」


 コーディはそのように語った。


「それにしてはまだ課長に提出する昨日の捜査記録が提出されてないんだけどー?」


「今は他にしなければならないことがいろいろあるだろ? ちょっと遅れたぐらいで問題になるような書類じゃない」


「早くしないと連邦から情報提供を受けたことが問題になるわよ」


「畜生。帰ったら始めるよ」


 コーディは降参だというように両手を上げた。


「ところで、純潔の聖女派は確実にいけそうなの?」


「いや。教区長は預言者の使徒派だった。純潔の聖女派がどこまで叩けるかは分からん。だが、いずれにせよ武器が見つかればそれで連中はお終いだ。まして非合法な密売武器とあっては言い逃れできん。ダイラス=リーンからサンクトゥス教会にはお引き取り願える。まあ、この街の信徒がちょっとばかり困るかもしれないけれどな」


 コーディはそう告げて先に届いたコーヒーをすする。


「最近のサンクトゥス教会は受け入れがたいわ。心霊捜査官にすら嫌がらせをするのよ。私たちがどれだけ犯罪を解決しているか教えてやりたいわ」


「それももう少しの苦労だ。この街から純潔の聖女派はおさらばする。我々の勝利だ」


「勝利万歳」


「今回の捜査が無事に終わったら全員で飲みに行こうぜ。フィーネ君はあと何日ぐらいいるんだ?」


「ええっと。4日ぐらいです」


「うーむ。もう少し伸ばせないか? 事件が解決する瞬間にいてほしいんだ」


「いやあ。私も師匠のお金で寝泊まりしているので、延長は難しいです」


「どこに泊まっているんだ?」


「ええっと。ダイラス=リーン・セントラル・ホテルのスイートです」


「スイート? すげえな。だが、あのエリック・ウェストの弟子だと思えば不思議でもないか。あの人は資産家で凄い豪邸に住んでるって噂だぜ」


「豪邸、じゃないと思いますよ。それなりに広い家ですけれど、田舎の風景にマッチした素朴な家です。住み心地はとてもいいですね」


 フィーネはそのように語る。


 確かにエリックの自宅は豪邸と言われるほどのものではない。広い家だが、凝ったデザインがされているわけでもなく、民宿みたいなものだ。


「フィーネ君。エリック・ウェストの弟子になれる人間なんてのは稀だ。貴重な機会を無駄にしないような」


「はい! 張り切っていきます!」


 そこでフィーネは思い出した。


「私、王立リリス女学院を途中で追い出されてるんですけど、エリックさんへの師事って高等教育扱いになります?」


「ああ。なるよ。むしろ、今はそうしないと応募者が来ない。どこもここも教会の圧力に屈して黒魔術科を廃止しているから、高等教育をきちんと受けられた死霊術師ってのは稀なんだよ」


「ううむ。そうなるとますます迷いますね。ウルタールか、ダイラス=リーンか」


「好きな方にしたらいい。給料はこっちが高いけれど、ドクター・エリック・ウェストの家はウルタールの方が近いんだろう? もう何年か師事すると、家族みたいなものになるだろうし、離れずらくなるだろう」


「そうですよね。後数年……」


 フィーネは1年で王立リリス女学院を追い出されたために3年はエリックに師事しなければならない。それで高等学校卒業と同じ扱いと見做される。


 今でもエリックとは離れがたいのに3年もエリックに師事していたら依存症になってしまうのではないだろうかとフィーネは思った。


「ダイラス=リーンから快速船で1日。それでウルタールからエリックさんの家まで……。うーん、休日に気軽に寄るってのは難しそうですね」


「フィーネちゃんはエリックさんのこと、好きなんだ」


「ふえっ!? え、ええっと。それは……」


「だって、エリックさんのこと考えているフィーネちゃんってとってもときめいてるもの。これは間違いなく好きだなって分かっちゃう」


「ううー……」


 コーディの同僚の女性捜査官にそう言われてフィーネは顔を真っ赤にした。


「まあ、あれほどの功績ある人間なら惚れるのも無理ないか」


「いえ。私がエリックさんが好きなのは功績とかじゃなくて、普段から親切にしてくれるとか、紳士的だとか、さりげないそぶりが優しいというか、一番に私のことを考えてくれているというか……」


「マジで好きなんだな」


「ううー……!」


 もう言い訳のしようもないのにフィーネが顔をさらに赤くする。


「まあ、その年齢なら年上に恋するのも──」


 そこでコーディの動きが止まった。


「全員伏せろ! 伏せろ! 外に銃を持った人間が多数いる!」


 コーディがそう叫んだのと銃声が響いたのはほぼ同時だった。


 コーディが銃弾を浴びて血をまき散らしながら倒れ、それから同僚の女性がフィーネの腕を掴んで地面に伏せる。


 銃弾はカートリッジ1個分は丸々叩き込まれ、襲撃者たちはカートリッジを交換する。


「ち、畜生。やってくれるじゃねーか……」


「愚かな死霊術師め。死ぬがいい」


 サンクトゥス教会の祭服を纏った男が銃口をコーディに向け、コーディはよろめきながらも腰のホルスターから魔道式拳銃を抜いた。


「コーディさん!」


 そんな状況でフィーネがコーディを突き飛ばした。サンクトゥス教会の祭服を纏った男の放った銃弾がフィーネの肩を抉る。


 感じたことのないような激痛がフィーネに感じられるが、フィーネは耐えた。


「死んでしまえ!」


 フィーネはそう叫ぶと、この銃撃で死亡した人々の霊が実体化し、襲撃犯に襲い掛かる。男たちの腕はあらぬ方向によじ曲がり、男たちが悲鳴を上げる。


「聖水を被れ! 撤収だ!」


 男たちは頭から聖水を被ると、大急ぎで撤収を始めた。


「コーディさん! コーディさん! 大丈夫ですよね!?」


「ああ。大丈夫だ。何発かもらったがこんなもの大したことじゃ、ない……」


 コーディは苦痛に顔を歪める。


「フィーネちゃん! 手伝って! コーディを治療するわ!」


「治療……。ああ! 分かりました!」


 怪我人の治療も死霊術師の役割だ。


 フィーネは魔力を込めて、コーディの細胞を活性化させ、細胞分裂を促す。傷口を塞ぐように、エリックに教わった通りにコーディを治療していく。


「銃弾は幸い全部貫いていったみたい。傷口を塞ぐだけでいいわ」


「はい」


 フィーネは集中してコーディの治療を行った。ここまでお世話になった人を死なせるわけにはいかない。なんとしても助けなければ。


 そう考えている間にフィーネの意識は遠くなり、やがてぷつりと糸が途切れたように彼女は倒れてしまった。


……………………


……………………


 エリックがフィーネの身を案じて中央警察署にやってきたのは丁度、フィーネたちがお昼に出かけたときだった。完全なすれ違いである。


「コーディ・クロス捜査官ならお昼を食べに出かけられました。フィーネさんもご一緒していたようです」


「どこの店か分かるかね?」


「いえ。そこまでは……」


 何とも言えない焦燥感が感じられ、エリックはどうしようかと悩む。


 ラムダはこの教区のサンクトゥス教会が武装蜂起するとの情報をエリックに提供した。早くて明日。だが、決行が速まってもおかしくはない。


 見学は中止にして、安全な場所にいようと思ったのだが、フィーネは出掛けてしまった。どこにいるか分からない。この広大なダイラス=リーンの都市で。


 その時だった。中央警察署に動力馬車が突っ込んできたのは。


「な、何事だ!?」


「武器だ! 武器を持っているぞ! 伏せろ!」


 突っ込んできた動力馬車から魔道式小銃で武装した一団が下りてきて銃弾をばらまく。エリックはその魔道式小銃を見て、あれは海賊たちが使っていたものと同じ銃だなとすぐさま把握した。


 エリックは指を鳴らす。


 上空から風切り音がしてタクシャカが降下してくる。


「タクシャカ。つまみ出してくれ」


『任された!』


 タクシャカは実体化した腕と足で襲撃犯を掴むとそれを掴んで空高く持ち上げて地面に放り投げた。地面に落下した襲撃犯の手足があらぬ方向に曲がる。


「大丈夫ですか?」


「は、はい! 大丈夫です!」


「この署で一番偉い方──警視総監に会うことは可能かな?」


「け、警視総監ですか? ご用は?」


「テロに対する警告をするために」


 ラムダ。君の忠告は間に合っていなかったようだよとエリックは思った。


……………………

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