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4年前の真犯人

……………………


 ──4年前の真犯人



「こんにちは! 今日もお世話になります!」


 朝9時にフィーネはホテルを出てダイラス=リーン都市警察刑事部心霊捜査課にやってきていた。今日も将来の夢のひとつである心霊捜査官の仕事ぶりを見学するのだ。


「いやいや。お世話になるのは俺たちの方だよ」


「そうそう。私もこの仕事長かったんだけど自信なくしそう」


 心霊捜査課は何やら忙しそうであった。


「……? 何かあったんですか?」


「フィーネちゃんのお手柄よ。例の似顔絵が取引材料になって例の武器商人が武器を売り捌いたグループのリストが手に入ったの。それによれば、なんとこのダイラス=リーンのサンクトゥス教会が購入しているのよ」


「サンクトゥス教会が武器を!?」


 フィーネが驚きの余り叫んで心霊捜査課の全捜査官がしーっと口を押さえる。


「今は警備部対テロ課と共同で調べているから。流石に連邦からの情報提供だけで教会には踏み込めないの。刑事部もサンクトゥス教会の司祭たちが何かしらの法律違反をしていないか調べて、何かひとつでも見つかれば教会への家宅捜索の許可を裁判所から取るわ。そうなればこっちのものよ」


「ふむふむ。いろいろと手続きがあるんですね」


「そうよ。実際に霊に触れあっている時間より書類仕事や、交渉の時間の方が長いぐらい。でも、フィーネちゃんほどの天才なら実務オンリーでも許されるかもね」


「いやいや。私だって普通に書類仕事できますよ」


「タイプライター、使ったことある?」


「……ないです」


「練習が必要ね」


 タイプライターにはアルファベットが並んでいるがどういう基準で並べたのか分からないようにバラバラに配置されていた。


「ふうむ。やっぱり扱い方を覚えるの、苦労します?」


「最初はね。けど、使っているうちに慣れるわよ」


「それはよかったです。できないことがあると困りますから」


 フィーネはちょっと安堵した。


「それからフィーネちゃんはダイラス=リーンとウルタールのどっちで就職しようと思っているのか教えてくれない?」


「ええっと。地理的にはウルタールなんですけど」


「こっちの方がお給料がいいわよ」


「……本当ですか?」


「本当、本当。ウルタール都市軍から移ってきた捜査官に聞いてみて。給料が高くなったって答えるから」


「うー……。けど、ダイラス=リーンには知り合いがひとりしかいないんですよ」


「私たちが知り合いになるわよ。今日のお昼、一緒にしない? コーディも一緒に。まだまだ心霊捜査官について知りたいことあるでしょ? 殺人事件が起きたときに刑事とどうやって連携するのかとか」


「興味あります。今日のお昼ですね」


「うん。なんでも聞いて。ダイラス=リーンはフィーネちゃんを歓迎するわよ」


「うう。でも、ウルタールからも誘われてて……」


「ウルタールでも何か凄いことをしたの?」


「凄いことと言えるかどうかは微妙ですが、ウルタールの猫の霊と交信して、彼らのネットワークを利用させてもらいました。丁度、銃撃戦が起きているときで、どこに敵がいるのかを調べるのに彼らの力を借りたんです」


「動物霊のネットワークを……? ウルタールの猫は特別だとは聞いていたけれど、それが特別なのか、それともフィーネちゃんが凄いのか……。けど、動物霊をそこまで使いこなせるなら捜査でも頼りになるわね」


「そうですか?」


「犬はそうでもないけれど、猫とかカラスは浮遊霊になりやすいから。犯人が逃亡したときにとっさにカラスの視界を借りれば、犯人を追いかけられるわ」


「なるほど! それは便利ですね!」


 動物霊にはそういう使い方もあるのかとフィーネは感心した後で、そういえばエリックからもウルタールの猫の霊を使って敵がいないが探るように教わったことを思い出した。その時の技術を生かして、フィーネは猫の霊のネットワークから情報を得たのだ。


 ちゃんと教わったことを実践している。フィーネは少し自信を持った。


「よう、フィーネ君。接待合戦を受けてるな」


「コーディさん。接待合戦って?」


「ピアース部長がどうしてもフィーネちゃんをダイラス=リーン都市警察に入れたいから、いいところをアピールするようにって言われてるんだよ。もちろん、ダイラス=リーン都市警察はそんなことをせずともいい場所だって分かってもらえるだろうけどな」


「あはは。そうだったんですか」


 コーディの同僚たちはネタ晴らしをしちゃってとコーディを睨んだ。


「ウルバン──例の武器商人についてはまだ情報がない。今はサンクトゥス教会の武器売買の件だ。連中が違法な武器を所持しているなら、ようやくあのうるさい純潔の聖女派の司祭を留置所に叩き込める」


 コーディはやる気満々でそう告げた。


「けど、何か純潔の聖女派が法律違反をしている証拠がないと家宅捜索はできないんですよね? 見つかったんです?」


「殺人だ。調べてほしいことがある。力を貸してくれ、フィーネ君」


「もちろんです」


 フィーネは殺人と聞いて気を引き締めた。


 フィーネたちは地下の死体安置室を通り過ぎて、証拠保管室に移る。


「4年前、14歳の娼婦が暴行された上に殺された」


「14歳の娼婦……」


「ああ。思っていることは分かる。『どうしてそんなものが存在するのか?』と。だが、貧困と格差の問題はダイラス=リーンでも解決できていない。優雅に高級レストランで食事する紳士淑女がいれば、路地裏で体を売っている女の子がいる」


 そう語るコーディの表情は悲痛だった。


「一時は教会が保護するはずだったんだが、教会は予算不足に拒否した。民間の慈善団体がせめて彼女たちが避妊できるようにとコンドームを配る始末だ。この子を含めて、誰も少女売春婦など気にしてもいない」


「解決できない問題なんですか……?」


「解決は難しいだろう。需要があって供給がある。クソッタレな資本主義だ」


 コーディはそう告げながら証拠保管室からひとつの金属の箱を運んできた。


「ローズ・マイレット。4年前の殺人被害者だ。当初捜査線上に上がったのは犯罪組織だった。こういう少女売春婦の元締めをしている連中で、それが上がりの取り立ての際に揉めて犯行に繋がったと考えられていた。だが、裁判所で降霊されたローズに霊は犯罪組織のどの人間も犯人ではないと告げた。犯人は優男で、荒くれ事は無縁そうな人物だったと証言したんだ」


 そこでコーディは当時作られた似顔絵を見せる。


「最初は誰なのか分からなかった。だが、ようやく分かってきた。こいつはこのダイラス=リーン大聖堂を預かっている教区長だと思われる」


「教会の司祭が14歳の女の子を殺したんですか」


「奴が神を信じているならば裁きの日に地獄に落ちるだろう。だが、正確な証拠が欲しい。奴を引っ張ってくるためにも。そこでフィーネ君に似顔絵を作成してほしいんだ」


「分かりました。やってみます」


 フィーネは僅か14歳の少女が犠牲になったと聞いてやらなければという意識が強くなった。


「では、頼む。遺品はこれだけしかなかったが、どれかが使えるはずだ」


「多分、これですね。ブローチ。大切にされています」


 魂の指紋はその人がもっとも大切にしていたものに宿る。


 自分の両親は何を大事にしたのだろう?


 フィーネは祖父が亡くなったときに遺品として両親の遺品も受け取った。ほとんどが処理されてしまっていて、僅かな品しか残っていなかった。いくつかの小箱に入る程度の安物のアクセサリーと手紙。それだけだ。


 いや、今はローズさんの霊を降霊することに集中しなければ。


「『冥府の番人よ。我が呼びかけに応じ、その扉を開きたまえ。暫しの間、現世に死者を呼び戻すことを許されたし』」


 フィーネはいつも通りの詠唱を行う。


 すると、痩せぎすな体型をした少女が姿を見せた。年齢は言われていた14歳より幼く見える。体をぎゅっと丸め、胎児のような体型で彼女は現れた。


『……誰?』


「フィーネ・ファウストと言います。理由があって今日はあなたに来てもらいました」


『捜査は終わったんじゃないの?』


「終わっていません。真犯人が分かるかもしれないんです」


『そう……』


 ローズの霊は興味なさそうだった。


 諦めているというのとは違う。まるで関心がないのだ。


「ローズさんは真犯人に捕まってほしくはないのですか?」


『今さら真犯人を捕まえてどうするの? そんなことをされたって私の人生は終わったまま。私は生き返りはしない。私の人生はもう終わったの』


 ローズにそう告げられてフィーネは胸を抉られるような気分を味わった。


 もう何をしても無駄。手遅れ。間に合わなかった。


 確かに事件を解決したとしても、真犯人が処罰されることがあっても、それで利益を得るのはフィーネたちの生きている社会だ。ローズのような犠牲者ではない。ローズは助けるにはもう手遅れだった。彼女は4年前に死んでいるのだ。


「フィーネ君。しっかりしろ」


 ローズの言葉でショックを受けていたフィーネにコーディが告げる。


『あら。あなたは4年前の……』


「覚えていてくれたか? コーディだ。4年前に君の事件を担当した。今度こそ真犯人を見つけて見せる。君にとってそれが何の意味を持たなくとも、君と同じような被害に遭う子はいなくなる。君は同じような境遇にある子供たちを救うんだ」


『そんなこと……』


「4年前に、法廷に出廷する前の君はそうではなかったはずだ」


『……』


「あれは全て俺のミスだった。すまない。だが、今回はやり遂げて見せる。だから、機嫌を直して、この子に協力してやってくれ、ローズ」


『……分かった』


 ローズはひらりとフィーネの隣に降りてきた。


『協力するわ。何が必要なのか言って』


「似顔絵を作ります。犯人の顔を思い浮かべてください。私がそれを基に似顔絵を作りますから」


『似顔絵なら前にも作ったわ。意味はなかったけれど』


「私の作る似顔絵は凄いですよ。まさにそのままのものを作成しますから」


『そう、じゃあ私は犯人の顔を思い浮かべるだけでいいのね?』


「はい。後は私がやりますから」


 フィーネはコーディから紙と鉛筆を受け取った。


「では、始めましょう。いいですか?」


『ええ』


 フィーネはローズの霊体に触れ、鉛筆を紙に走らせる。


 輪郭がまずは描かれ、髪が描かれ、それから目鼻口耳眉毛というディティールが描かれてゆく。フィーネはすらすらと筆を走らせ、男の顔を描いていく。


『う……』


「どうしました、ローズさん!? 大丈夫ですか!?」


『大丈夫。続けて。お願いだから』


「わ、分かりました」


 ローズが頭を押さえるのにフィーネが狼狽えたが、ローズは似顔絵の作成を急かす。


 フィーネは筆を慎重に運び、ディティールを詰めていく。少しずつ似顔絵が完成していき、その様子をローズが見ている。


「この人で間違いないですか?」


 そして、フィーネが似顔絵をローズに見せた。


『……間違いないわ。私を殺したのはこいつよ』


「ありがとうございます」


 それからフィーネは似顔絵をコーディに見せる。


「……教区長だ。間違いない。この野郎はローズが殺された日に彼女のような少女娼婦の犠牲者を追悼する式典を開いてやがったんだ。よくもぬけぬけと。だが、今回は逃がさない。純潔の聖女派もろとも始末してやる」


 コーディは静かな怒りを燃やし、そう宣言した。


「お疲れ様でした、ローズさん」


『約束して。もう私みたいな子が出ないようにするって』


 フィーネはそう言われて戸惑った。


 フィーネはダイラス=リーン都市警察の捜査官ではない。そんなことは保証できない。彼女の表向きの立場はただの見学者に過ぎないのだ。


「約束する。もう君のような犠牲者は出させない」


 そう告げたのはフィーネの手を握ったコーディだった。


『ありがとう。もう疲れたわ。眠らせて』


「はい。『冥府の番人よ。我が願いを聞き届けてくださったことに感謝を。その扉を閉ざされたし』」


 ローズの姿はすうっと消え去った。


「自分を暴行して殺した人間の顔を思い出すなんて、酷いことをさせちまったな」


「ああ……。そうですね……」


 いくら霊魂が純粋で肉体から解放されているとしても、自分が殺されたときの恐怖は覚えているだろう。ローズがよろめいたのはそういうことだったのだろう。


「だが、これで証拠は手に入った。裁判所に家宅捜索の令状と教区長の逮捕令状を取ってくる。すまんが午前中はここまでだ。残りは書類仕事になる。見学しても面白くないだろうし、部外者には見せられない情報もある」


「分かりました。お昼、一緒に食べるんですよね? どこで待ち合わせします?」


「11時30分にロビーで待っていてくれ。いい店に案内する。今日は勝利の日だ」


 コーディはそう告げるとフィーネはロビーまで送っていって、それから心霊捜査課に戻っていった。彼はこれから裁判所に令状を請求する手続きに入る。


 時刻はまだ10時30分。1時間は暇だ。


「ちょっと外を見て回ろうっと」


 フィーネはそう告げると散歩に出かけた。


……………………

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