情報交換
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──情報交換
「お手柄ね、コーディ・クロス特別捜査官」
「嫌味ですか?」
「本音よ。連邦海軍に全部持っていかれるところを少しでも押さえて、彼らとの情報交換まで引き出したんだから。もし、市議会が連邦の圧力に完全に屈していれば、今頃はとても悔しい思いをしていたわ。そうならないようにしたのがあなたよ」
「俺は現場に同行しただけですよ」
「例の似顔絵。連邦がかなり興味を示してる」
「それならお礼はフィーネ君に言ってあげてください。あれは彼女の得たものだ」
「そうね。彼女がうちに来てくれるといいのだけれど」
「ウルタールに取られそうですよ」
コーディは中央警察署に帰り着くとピアース部長とそう会話した。
「彼女になるべくいい印象を与えておきなさい。あのグランドマスター・エリック・ウェストの弟子よ。いてくれたら百人力だわ」
「実際に彼女がやってのけたことを考えると否定はできませんね」
定期便では自己を失った怨霊を操って、海賊を武装解除した。普通なら得られないはずの死者の考えているイメージを正確に模写し似顔絵を作成した。
どれもそこらの死霊術師ができることではない。
「で、俺はこれでお役御免ですか?」
「まだよ。連邦海軍の大佐──例の現場にいた指揮官が、情報交換の相手としてあなたを指名してきたわ。あなたが似顔絵を持っていると思っているのね」
「俺は心霊捜査官ですよ? 警備部の対テロ課の連中が腹を立てますよ」
「彼らは何の成果もあげていない。今のところは。いいから、話してきなさい。それからフィーネちゃんはまだいるの?」
「心霊捜査課で話を聞いています」
「彼女に今回の事件で出た死体からも似顔絵が作成できないか尋ねてみて。できれば連邦との交渉材料になるわ」
「ただの見学者をこき使いますね」
「立ってるものは親でも使えよ」
ピアース部長はそう告げて立ち去っていった。
「やれやれ。ドラゴンレディーは健在か」
コーディはフィーネの傍では吸わなかった紙巻き煙草を休憩室で吸って一服すると、連邦海軍の大佐──モヒカンの男がいる部屋に向かった。
流石に犯罪者でも証人でもなく、外交的にデリケートな連邦の軍人を取調室に入れるわけにはいかず、会議室のひとつが割り当てられていた。
「やあ。大佐。なんて呼べばいい?」
「デイヴィッド・スターリング。スターリング大佐とでも呼んでくれ」
「偽名だな」
「どうだろうな」
まずはゆっくりと相手の動向を探る。
相手はプロの軍人だ。それも情報戦や秘密作戦に関わっているような。そんな人間から情報を得るというのは楽な仕事ではない。だが、コーディがしなければ、ダイラス=リーン都市警察は大損という結果になる。
「まず、こちらの提供できる情報は海賊に武器を売った人間の似顔絵だ。これからあんたたちが殺した海賊たちからも話を聞くが、取引に当たった人間は寸分たがわず同じだと証言している」
「その似顔絵は?」
「その前にそっちがどういう理由でダイラス=リーンの領土内で軍事作戦を行っていたのかについて話が聞きたい」
「それについては本国からダイラス=リーン都市警察にのみ情報を渡していいと言われている。この機密を君たちは守れるかね?」
「あまり都市警察を舐めない方がいいぞ」
「いいだろう。我々はメリダ・イニシアティブで4つの国家から流出した武器の回収及び、武器を流出させ、世界中で売り捌いている人間を追っている」
「例のひとりで全ての武器を買い占めた武器商人か?」
「コードネーム“ウルバン”。我々はウルバンを追跡するための作戦としてバシリカ作戦を発動した。連邦の全ての捜査機関、情報機関が奴の動向を追っている」
「ウルバンの目的は?」
「不明だ。金になるならば誰にでも売っているように思えるが、中でも気になるのは純潔の聖女派との取引だ。純潔の聖女派は否定しているが、うちの情報機関はかなりの確率で純潔の聖女派に流出した武器が流れていることを確認している」
「純潔の聖女派? 坊さんたちが武装するのか?」
「正直に言って純潔の聖女派はカルトだ。そして武装したカルトというのはテロリストの一歩前の段階だ。我々は既にメリダ・イニシアティブで流出した武器で多数のテロの発生と内戦の勃発を確認している。これに純潔の聖女派が加わってもおかしくはない」
それを聞いてコーディは少し驚いた。
連邦は敬虔なサンクトゥス教会の信徒たちの国だ。大統領は宣誓するときに聖典と国民に向けて宣誓する。その連邦の軍人がサンクトゥス教会のことをカルト呼ばわりしているのには、少しばかりぎょっとさせられた。
「最初から純潔の聖女派に武器を売るために武器の横流しを図った可能性は?」
「ウルバンは売る相手を選んでいない。分離独立主義者、共産主義者、麻薬カルテルに、海賊たち。どうして純潔の聖女派に売るために武器を横流ししたと?」
「その面子の中じゃ純潔の聖女派が異質だからだ。確かに民兵、テロリスト、犯罪者に武器を売っている。だが、純潔の聖女派は今やサンクトゥス教会の実権を握っている連中だと言っても過言ではない。非合法な武器を買うのはおかしい」
「確かに。面子としては違和感があるな。だが、カルトと考えればおかしくはない。純潔の聖女派どうも預言者の使徒派の弱みを握ったという情報を教会内の情報提供者から伝えられている。連中はこのままの勢いで、武装蜂起し、サンクトゥス教会を支配するつもりかもしれないし、連中が憎む黒魔術師や進歩的な学者へのテロにでるかもしれない」
「クーデターの可能性か」
「ああ。純潔の聖女派がいくら実権を握ったとしても、教皇は預言者の使徒派だ。それを不満に思った連中が武装蜂起して教会の権力構造を書き換えるかもしれない」
「正直にいって、成功する見込みは皆無だな」
「皆無でも精神論でことを起こすのがテロリストの性質の悪いところだ。勝機や犠牲を考えず、周囲を巻き込むだけ巻き込み、多数の犠牲者を出して鎮圧される。武器を持ったカルトは何をするのか見当もつかない」
スターリング大佐はそう告げてため息をついた。
「何にせよ、ウルバンを拘束すれば分かることだ。我々は何としてもウルバンを捕まえる。どこに隠れていようと、どこで取引を行っていようと連邦が拘束する。最悪、死体でも構わない。死体の方からも話は聞ける」
「また他国で軍事作戦を行うのか?」
「世界は今、テロとの戦争にある。全てのものは多国籍化され軍事化される。連邦が連邦捜査局の捜査官ではなく、我々連邦海軍の人間を送ったのもそういうことだ。これは戦争なのだ。全ての国が巻き込まれた戦争なのだ」
大佐はそう告げて一呼吸置いた。
「少なくとも国防総省の考えではそうだ。彼らは麻薬との戦争がテロとの戦争にシフトしたと考えている。全ては戦争なのだと」
「その考えに賛成しているのか?」
「軍人は政治について語るべきではない。我々は施政者の道具だ。道具が意志を持って勝手に動き始めるのは亡国の兆候だ」
「模範的な軍人だな」
軍隊に国家が付いているという帝国という国家は軍人があまりに政治的であったために、国は愚かな戦争に突入し、そして滅び、各国によって分割された。今やその帝国という国家は地上に存在していない。
軍人は民主的に選ばれた政治家の下で働く。シビリアンコントロールはこの世界でも基本的な概念になっている。一部の独裁政権や内戦地域を除けば。
「ウルバンの目星は付いているのか? 最初にあんたらは50万丁を回収できた。その時にウルバンと接触したんじゃないか?」
「あいにく、我々はウルバンとは全く接していない。我々が早期に50万丁を回収できたのはひとえに情報屋のタレコミがあったからだ。不思議かもしれないが、麻薬を巡る問題が警察から軍隊に移ってから、軍隊は警察のやり方を取り入れている。ヒューミント。人を介した情報収集によって、我々はかなりの情報を手に入れている。その時も腐敗した中東の軍人のひとりが武器を売り払おうとしているという情報を人から入手していた」
スターリング大佐はそう告げてコーディを見る。
「軍隊は警察任務と軍事作戦の両方を行わなければならなくなったことで、警察の手法を取り入れたということだ。こういうことはウルタールなどではさして珍しくないことなのだろうがね」
「確かにウルタールは軍隊が警察をしているな」
「警察と軍隊の根本的な違いは案外存在しないのかもしれない。軍隊は警察になりえるし、警察は軍隊になりえる。装備によって」
スターリング大佐はそこで腕を組む。
「コーディ・クロス特別捜査官。そろそろ雑談はいいだろう。我々は我々の持っている情報を提供した。連邦では流出した武器を追う作戦と、武器を売った人間──ウルバンを拘束する作戦と、流出した武器で起きるテロとの戦いを始めている。そろそろそちらの情報を提供してはもらえないだろうか?」
「分かった。だが、後日そちらで把握している武器を買い取った連中のリストが欲しい。ダイラス=リーンにとって脅威になる連中が混じっていないか確かめておきたい」
「本国の許可を取ることになるが許可されるだろう」
「オーケー。こちらのカードを見せよう」
コーディはファイルを探るとそこからフィーネの書いた似顔絵を見せた。
「こいつが海賊に武器を売った。見覚えは?」
「……ないな。初めての情報だ。これまでウルバンを見つけたという情報は腐るほど入ったが、どれも空振りだった。しかし、よくこれだけ精巧な似顔絵が作成できたな。我々はウルバンと取引した人間を生きている人間、死んでいる人間構わず尋問したが、ここまでの情報は引き出せなかった」
「そうだろうな。俺たちも危うく情報を取り逃すところだった」
「というと?」
「これを書いたのはうちの職員じゃない。見学に来ていた子だ。島で見ただろう。あの女の子が作成したものだ」
「それはまた」
スターリング大佐は呆れとも感心ともとれない表情をした。
「どうやら我々の安全保障は偶然で成り立っているらしい。本来ならばそのようなことはあってはならないことだが」
「そのようだ。そちらの心霊捜査官たちにはサンクトゥス教会の圧力はかかっていないのか? こっちはウルタールから逃げてきた連中が結構いるが」
「圧力を受けている。軍に所属している心霊分析官たちもサンクトゥス教会の嫌がらせを受けている。軍は彼らを保護する方針だが、警察の方はどこまで守り切れるか分からない。私もサンクトゥス教会の信徒だが、今の教会はカルトに乗っ取られている」
スターリング大佐は純潔の聖女派をカルトと呼んで憚らなかった。
「連邦の力でどうにかならなりませんかね?」
「連邦は宗教的主導権を持っていない。確かに信徒は多いし、それなりに発言力のある人間をセレファイスに送り込んでいるが、そこまでの影響力はない。それに今のサンクトゥス教会はまるで迷路だ。権力構造が複雑に構築され、ある部署ではこれまで通り預言者の使徒派が、ある部署では純潔の聖女派が、ある部署ではまた別の派閥がと。そして、より悪いことに連中は権力をかけたゲームをしている。教会の役割とは人々をあるべき道へと導くことではなかったのだろうか?」
「俺は長らく教会には行っていないし、これからも行くつもりはない。ただ、確かに教会のあるべき姿は醜い権力争いを繰り広げるものではなく、孤児を健全に育てたり、人生で迷った人間にアドバイスをするべき立場だとは思う」
「意見の一致を嬉しく思うよ、コーディ・クロス特別捜査官」
スターリング大佐はそう告げると立ち上がった。
「明日、こちらの持っているウルバンが取引をしたグループのリストと、そちらの似顔絵の写しを交換しよう。有意義な話ができてよかった」
「こちらこそ」
コーディはそう告げてスターリング大佐が出ていくのを見届けた。
「さて、我らが救世主は寝ちまったかな」
フィーネは時間が来たのでエリックとともにホテルに帰ったのをコーディが知ったのはこの後のことだった。
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